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ライセンス! ~裏世界で生きる少年は、今日も許可証をもって生きていく~  作者: ともはっと
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第305話:壊れ壊れて生まれ変わる 18


「……一人、逃しました」

『上出来ですよ、冬』


 地下施設。

 その一室で『別天津』の二人と戦い、撃退した冬と枢機卿が、その場に残っていた。


 片方は跡形もなく冬の『総曲輪』により消え。

 片方はその隙を見てこの場から逃げ去った。


「……どちらも、強敵でした」

『ええ、格上との戦いに、よく喰らいつきましたね』


 枢機卿が、型式を撃ったまま腕をぶらりと下げ息を荒くして酸素を必死に求めている冬の頭を優しく撫でる。

 その感触に、顔を上げて枢機卿を見た冬は、やっと戦いが終わったのだと安心した。名も知らない殺し屋三人と、知り合いであった『別天津ことあまつ』二人という格上と戦い続けた緊迫感と、枢機卿と姫がいなければこの戦いは負けていたと身に染みて感じて、ふらりと、冬の体が揺れる。


 ふと気づけば。

 ほんの数日前まで、ファミレスで共に働き下の名前で呼んでいたはずの後輩を、今は敵としか見ていないことに、人の思いや関係というものは、あっさりと行動によって簡単に変わってしまうものだと思えて自虐的な笑みを冬は浮かべてしまう。

 だけども、この思いさえも。

 もしかしたら彼女――逃亡した刃月美菜という存在が作り出した幻覚だったのかもしれないと思うと、少し心がすっきりした気がした。


『少し、休みますか?』


 そんな冬の体を枢機卿は優しく抱き止めた。休ませようと負担なくゆっくりと冬を床に寝かせようとする枢機卿に、冬はふるふると首を振った。


「……いえ、皆さんに合流しないと」


 裏世界という地下世界でも時間によって景色が移り変わる仕組みがある。

 ここで戦っている時間がどれほどだったのか、その景色を見るだけで分かるものだが、その仕組みも、廃墟に作られた地下の隠し部屋――冬達のいるこの場所には、窓もなく地下なのだから機能していない。

 時計などがあればとも思ったが、戦いの中でばらばらに壊れてしまってどこにもないので分からない。不明なことが多すぎて、焦りが生まれた。


 先にこの場所から避難したファミレス勢が心配な冬は、誰もが使うことのなかった複数型式を別のものに付与して操作する――裏世界初であろう多重型式を使った反動で荒くなった息を整えながら、彼女達の身を案じる。


 殺し屋達に薬を打たれて苦しむ和美と未保もいるし、やっと助け出すことのできたスズもいる。裏世界に関係しているとはいえ、戦う術を持ち合わせていない香月店長と、元情報屋の白紋綸子しろもん りんこ白羽二重しらばね ふたえ正絹梅まさぎぬ うめ雛菊牡丹ひなぎく ぼたんがいる。

 ほぼ一般人と変わらない彼女達と、薬を打たれて動けない二人を連れて裏世界を隠れ進むのも、何十人と許可証所持者がいたとしても、数が多いからこそ逆に難しく立ち往生していないかと心配だった。


 他にも、まだ別の場所で『絶機』と戦っている可能性もある姫も無事なのか心配である。


 まだまだやるべきことは多くあり、まだまだ分からないことも多い。

 今は休んでいる時間はないはずだと冬は意識をしっかり保つために首を再度振った。


『少し、休みますか?』

「え。いえ、皆さんに合流しないと……?」

『少し、休みますか?

     →はい

      はい 』

「……え?」


 そんな心配に、冬は枢機卿にすぐにここから出ることを提案したつもりだったのだがなぜか同じ質問をされてしまう。その同じ質問が抑揚もなくただの質問にしては選択肢が「はい」しかなかったような気がして、冬は思わず聞き返したのだが、ぐいっと、機械兵器の力を発揮して冬の身動きを封じるかのように床へと圧し付ける枢機卿に驚きを隠せなかった。


「え、え?」

『休みますよね?』


 枢機卿がなぜ同じことを繰り返したのかも分からないままに、冬はしぶしぶと床に体を横たえた。

 頭を軽く持ち上げられると、ゆっくりと下ろされるその後頭部に、枢機卿の太ももの感触が感じられた。枢機卿の体は機械なのだから硬いのかと思っていた冬ではあったが、人間と同じような肌の柔らかさと温かさを持っていて少し恥ずかしかった。


「いえ、あの、すう姉?」

『休む気になりましたか?』

「いえ、そうではなく。なぜ膝枕……?」


 なぜ今この状況で膝枕をされているのかが分からず。起き上がろうとしても、押さえつけられた力に負けて動けもせず、ただただ困惑してしまう。


『疲れているでしょう』

「確かに疲れてますけど、皆と合流して早く表世界に戻らないと」

『疲れているなら今は休みなさい』

「すう姉? 話、聞いてます?」


 額に、手がかざされた。そのまま額を優しく撫でられると、そのほんのりと温かい人肌のような体温に、眠気が誘われる。


『疲れたあなたが合流しても、ただ邪魔になるだけですよ。例え戦いがなくても、誰もが心配します』

「あ……そう、ですね……」


 疲れている。

 B級昇格のはずが剥奪され、そのまま逃亡。逃亡中は姫がなぜかお姫様抱っこしていたから疲れることはなかったが――女性にお姫様抱っこされているというのも精神的には疲れはするのだが、もう有無を言えずに何度もされたので悟ったようだ――この地下室へと辿り着いてからは戦いの連続だった。

 いずれも冬にとっての格上。複数人との戦いに、型式を使っての戦闘。更にはその戦いで使われた型式は、前代未聞の多重型式である。

 疲れないわけがない。


「……少し、休ませてください」

『ええ、ゆっくりと』


 目の前で柔らかな笑顔を見せる綺麗な枢機卿に、強敵と戦い続けて勝てたのだと改めて実感が湧いてきては、冬は目を閉じるとすぐに眠りに入った。


『しばらくしたら、起こしてあげますからね』


 枢機卿は、ふふっと笑いながら優しく冬の額を撫でる。


『姫さんに後で自慢しましょう。膝枕という高等技術、お姫様抱っこより羨ましいでしょう。あ、そうだ。写真写真。ちゃんと内部保管して大切にしておかないとですね』


 かしゃかしゃと。

 小さくシャッター音が鳴るは、彼女の瞳から。

 ただ、枢機卿が膝枕をしたかっただけという呟きがなければ、ただ弟を慈しむ姉のようで、よかったのだが。

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