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第28話:不可視の技術


「俺はさぁ……お前……今はお前等、か。まあ、同業者だと思ってたわけだわ」


 辺りに漂う焼ける匂い。

 玄関ホールに火の手は上がっていない。


「だから、ちょっと手加減して殺そうかと思ってたんだけどな」


 だが、火の手は上がっているのだけは確かである。


「……ん? あ~……どちらにしても、殺してる、か」

「な……なんや? あれ」

「……手が燃えて……」


 焼けているのは、絆の手だ。

 まさに、火の手である。


「でもなぁ……同業者なら、傷めずその場で殺して放置とか考えたんだけどな~……」


 絆に灯るその手は勢いよく。

 まるでマジックのように現れた火に、最初はいきなり何をしたのかと冬は驚いた。

 先程自身を陥れた殺気のように、相手が放つ気配に押されて幻覚でも見ているのかとも思った。


「お前等、殺人許可証所持者か。じゃぁだ~めだぁ」


 先程ぱちんっと指を鳴らして手から火がでたのは幻覚ではない。


「糸のあんちゃん」

「何ですか」

「あれ、なんかしっとるか」


 今、確かに、絆の手の周りは火から炎へと。燃え盛る炎となって、辺りを天井から灯る光ではない光で照らしだす。


「不変絆さんという方らしいですよ。ランクはB、とも」

「……はっ。そりゃ強いわけやな」


 その言葉に、この少年が何かを知っていることに気づいて少年の顔を見た。


「ランクB……。高天原が定めた殺し屋の脅威度ランクや……」


 脅威度ランク……?

 その内容に理解が追い付かない。


 以前知り合った瑠璃という少年が、「調べていないのか」と聞いてきたことを冬は突然思いだし、調べておけばよかったと今更ながらに後悔する。


「だから、消すわ。跡形もなく、な」


 先程まで軽口を叩くような話し方ががらりと変わり、その焔を纏った手を二人に向ける。


「来るで。じゅんび――? な、なんや?」


 少年が迎え撃つ準備をしようと構えた時、違和感に気づく。


「う……うご……」


 冬も体が思うように動かない。

 自分が絆というこの男にまだ恐怖しているのかと思っていたが違う。


 末端の指はほんの少し動いてくれるが、体全体の動きが阻害されているように動いてくれなかった。


「『ばく』の型」


 絆が呟くように、二人を見ながら言った。


 その『縛』の型というものが一体何を指しているのか。

 この自分達の動きを止めている何か、そして、『型』ということからそれが一種の技術ではないかと、冬は瞬時に考える。


 だが、考えた所で、体が動くわけではない。

 トリックであれば何か逃げ場があったかもしれないが、トリックではない。


「『ほむら』の型」


 冬達に向けられた手の炎が、絆が放った言葉通り、焔となって一気に膨れ上がる。

 弾け上がった焔は、絆の腕の動きに合わせて動く。

 振り上げられた腕の延長上に伸びる焔。

 それは玄関ホールの天井を焼け焦がしだしたことから、幻覚ではなく、確かに炎はそこにあると感じさせた。


 冬はまだ幻覚と思いたかった。


 同じく、少年も。

 ぎりぎりと、まるで体全体にかかる重力が何倍にも膨れ上がったかのような重圧感に、動きが阻害されるどころか、まったく動けないこの状況に。目の前で燃え盛る焔に。これから起きる今のこの体の動けない状況に、焦りを感じだした。


 これが、『焔』の型。

 

 冬からみれば未知の技術。



 体を押さえつけられ、この炎で焼き切られる。

 そんな未来が、脳裏をよぎる。




 まず最初に狙われたのは、



「まずはそこのそばかすだ」



 冬ではなく、少年だ。



 ゆらりと、焔が揺れ。

 焔が振り下ろされた。




「ぅおおあああーーーっ!」



 少年の体に向かって振り下ろされる焔は先ほどまで少年のいた床を焼き、炎柱で包み込む。


「糸のあんちゃん! 助かった!」


 冬は確かに動けない。

 でも、冬の糸は動く。指だけでも動けば糸の操作は容易い。

 糸を少年の体に巻き付け、壁へと引き寄せさせ、その焔から回避させた。


「ありゃ、避けられたわ。やっぱまだ苦手だなぁ、『縛』の型は」


 その代わり、少年の隣にいた冬は消えかけていた焔の残滓をよけきれず。

 切り裂くように振られた焔が冬を襲い、残滓の衝撃に吹き飛ばされた。


 少年とは違って壁に叩きつけられた冬は、痛みに呻きながらも、自身の体が動くことに気づいた。

 少年も同じく、体が動くことに気づきすぐに行動に移る。


「ぉああああっ!」


 少年が咆哮をあげながら絆の背後に現れ、腕から飛び出した刃を絆へと振り下ろす。


「甘いなー」


 絆の姿が二つに割れた。いや、正しくはあまりの速さに割れたように見えただけで、絆からしてみると、ただその攻撃をよけただけだ。


「叫びながらとか、場所特定させてるもんだぜ~?」


 少年の目の前で割れた絆の姿は、斬りかかった少年の背後に。

 軍用ナイフを手に持ち、振り下ろそうとしていた。


「あぶないっ!」


 叩きつけられた壁から、冬が二本の糸をナイフに絡み付ける。

 引き寄せ、更に絆の体全体に残った八本の糸を巻き付けて動きを封じ込めた。


「動けば、切れますよ」

「はぁ? そういう時は何も言わずに切り裂くんだーよ」


 にやにやと、絆の体から先ほどと同じように炎が現れ、その炎に、冬の糸は容易く焼き切れていく。


「お前さー。どれだけ糸もってんだぁ? 全部なくなるまで俺と戦う気かぁ?」


 冬の糸はいくらでもあるわけではない。

 今回用意した糸は、暗殺という試験内容から最小限にしか持参してきていない。

 冬の糸は、手の甲につけられた円盤型の装置と、それを繋ぐ指輪の中に内蔵されている。


 切れればすぐにそこから補充はできるが、限界はある。

 まだまだ余裕はあるが、巻き付けても切れる様子もなく、先ほどのように焼き切られるのであれば、自分の武器はまったく効果がないのだろうと感じた。


「殺し損ねたわ」


 絆が目の前から退避した少年を見て笑うと、今度は冬の目の前に残像を残して現れた。


 そのいきなりの登場に冬は反応できず。


 パチンッと、掌と拳がぶつかる乾いた音が鳴ると、冬の腹部に肘撃ちが入った。

 ただぶつけられただけの衝撃とは違った痛みが冬の腹部を駆け抜けていく。


 直後、背中がいつの間にか地面に叩きつけられていた。

 起き上がろうとする冬の腹部に、絆の膝が追い撃ちする。

 肘撃ちと同じように腹部に響くような一撃に腹部から熱いものが駆け上がってきて、冬の口からそれが噴き出た。


 血。

 それは、赤い霧となって辺りを舞い散る。


「てやぁっ!」


 少年が援護のために、絆に向かって刃を振り下ろす。


「さっきもいったろぅ? ああ、今回は別に死角からでもねぇから見えてたけどさー」


 少年の刃は空を斬り、絆の掌底が少年の腹部に触れた。

 そこからどんっと体を揺らす衝撃が駆け抜け、堪らず少年がバランスを崩す。


 少年へと意識が向かった瞬間、冬が冬の腹部に埋まったままの絆の膝に糸を巻きつけ、膝を切り落とそうと、巻き付くと同時に糸を引いた。


 その糸は何も巻きつくことはなく、ただ、丸い円が複数できるだけだった。

 その代わりに、腹部の重量が消えた。

 危険を察知して絆が冬から離れたからだ。


 まだ、冬の糸を絆が警戒している。逃げたことから冬はそう判断した。

 捕まえることができれば、あの炎に焼かれる前に切り裂くことができれば、まだ冬にも戦えるのかもしれない。


「ぐあぁぁっ!」


 今度は少年の叫び声があがった。


 冬の上ではなく、少年の上にマウントポジションをとるように。

 少年の首を絞めながら、ナイフを振り下ろそうとしている。


 冬はすぐさま糸をすべて使って絆へと。


「あ~……厄介な糸。邪魔くせぇ」


 その糸に気づいた絆がすぐに少年から離れた。

 その絆を、すぐに立ち上がった少年が切りつける。


 そこに合わせて、冬が糸を突き刺すように飛ばした。


「お前等……息ぴったりだな!」


 多面攻撃ともいえる攻撃を防ぐことができなかった絆の頬に少年の刃が掠り、冬の糸が首元を掠り、鮮血を飛び散らせる。


 お互いが、初めて絆に傷を与えた瞬間だった。


 ――のだが。



「めんどくせ」


 そんな言葉が聞こえ。




 辺りに響く、激しい轟音がすべてをかき消した。




「まー。力もねぇのによくやったもんだよ」



 音に心奪われ。

 気づけば、冬は大理石の床に叩きつけられ、自然と鼻や口から大量の血が噴き出し、動けなくなっていた。


 上から圧殺されるような重力で床に叩きつけられた?

 先程の技術?


 あの技術はなに?

 先程この男の使っていた、技術と同じものを叩きつけられたのか。

 なぜ自分は血を出して倒れ込んでいるのか。



 それさえも分からず。

 冬と少年は地面に叩きつけられ、身動きが取れなくなったという事実のみが残る。


 先ほどまで何とか動いていた体も、内部から湧き上がる蝕むような痺れに、動くことさえ拒否していた。



 力の差。

 殺し屋組織。

 ランクBという脅威度。



 裏世界が作り出した、殺し屋という職につくこの男に、冬と少年は手も足も出ないまま、倒れ伏す。


「あ~……お前等、本当に殺人許可証所持者かぁ? こんなよえぇのが、所持者なら、これからは俺達殺し屋組織の時代だなぁ。裏世界も安泰だわ」


 再度、手に炎が灯る。

 絆が両手に炎を纏わせ、それぞれを冬と少年に向けた。

 その炎は先ほどと同じように、大きく膨れ上がり、解放の時を待つ。



――勝てない。

負ける。

死ぬ。


冬と少年を絶望が襲う。


「んじゃ、後は美味しく頂いておくわー。なんだかんだで金もたんまり入りそうだし。『焔』の――」

「――残念だが、こいつらはまだ仮免許中だ。お前の標的にはならんよ」


 冬と絆の間に、黒い影が現れる。

 それは少しずつ実体を伴い、ゆっくりと形を作っていく。


「……はぁ? お前……『シグマ』か」

「ああ、そうだよ。お前は『血祭り(カーニバル)』の絆か。黒帳簿ブラックリストに乗る殺し屋組織の構成員がここにいるとは驚きだが」


 黒装束を纏い、ポケットに両手を突っ込んだまま立ちはだかるように、男が姿を現した。


「試験官……今、まで……何を……」

「ん? ああ、すまんな」


 ふあっと、眠そうな欠伸をしながら、試験官――シグマは答える。


「寝てた」


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