第301話:壊れ壊れて生まれ変わる 14
きぃんっと、金属音の音が辺りに鳴り響く。
それは、
『ふむ。型式で創られた武器であっても金属質なのですね』
枢機卿の持つ、黒い棍と、
「……はっ! そこらへんにいる雑魚だったら、受け止められないんだけどなっ」
その棍によって攻撃を妨げられた、『別天津』の音無の、互いの武器がぶつかり合った、音である。
『答えにはなっていませんが。……そうですね、自画自賛するわけではありませんが――』
そして、もう一つ。
きらきらと、枢機卿の持つ棍に細い煌きが絡みつく。
枢機卿から少し離れた安全地帯へと戻った音無を見て、枢機卿は棍をくるりと回すことで、煌き放つそれを逆に絡め取り、ぷちりと音を立てて棍から外した。
『これがなければ、追撃ができたのですがね』
「はぁ~……? なにその馬鹿力」
『あなたも十分に馬鹿力でしょうね。私と拮抗してたわけですから。……そう、ば・か・ぢから』
「……かよわい美菜が、あんたみたいな機械人形とまともに競り合うわけないでしょ。いろんなとこに括りつけて力場を分散させてやっとなんだけどっ」
その絡め取られた煌きは、『別天津』の美菜が枢機卿の動きを封じ込めるために放った、型式で創った糸だ。
『ああ。そういう分散の仕方とかは分かるのですね。馬鹿みたいなフリしてるわけですか』
「……この機械人形、ムカツクー!」
「まあ、実力は本物だから仕方ないだろ」
擬音が出ていそうなほどに怒りを露にする美菜の肩に手を置いて、音無は枢機卿を睨みつけた。
「普通はさ、俺の武器を受けたらそのまますぱっと武器ごと斬られて死ぬんだわ」
先程の質問に、律儀に答える音無。
『ああ、なるほど。だからそこまで小細工もなしに勢いよく斬りつけてきたわけですか』
美菜の指が、ぴくりと小刻みに動いていることから、次に戦いの接触をするための時間稼ぎをしたいのだろうと枢機卿は理解した。
だが、その時間稼ぎにあえて乗ってやろうとも思い、そのまま会話を続ける。
枢機卿も、まだまだ時間が欲しいのである。
「そゆこと。業物をコピーして、コピーするよりもより強靭なものに仕立て上げるってのが――」
それは、後ろにいる冬は、いまだぶつぶつと必死に戦うための力を蓄えているからでもあるが、自分が力だけで戦うだけでは限界があるとわかっているからだった。
それほどまでに、以前、人類を滅ぼせるという機械兵器の力をもってして、ただ力任せに戦い、負けたことが身に染みていたからでもある。
「――それが、俺の型式『良業物』ってやつだからな」
目の前の敵は、人類から見れば上位の強さを持つ強敵であり、
『なるほど。……それは、人をコピーすることもできるのですか?』
その強さが型式という想像と創造の力によって出来る人類の無限の可能性を秘めた力に抗うためのヒントになりうるからだ。
「そんなの無理に決まってんだろう。出来るならとっくに永遠名をコピーして愛でてるよ。妹ともシェアするしないで揉めねぇだろ。俺が出来るのは、あくまで、名前の通り、良いものをつくりだせるってことだわ」
ひゅんっと音がして、音無の両手に握られていた緑色の武器が消えては現れを繰り返す。
その武器は短剣のように短いものもあれば長い刀のようなものと様々だった。
「そだよ。それが出来たら本物のお兄ちゃんを美菜だけが愛せるのに。あ、でも。それができたら美菜の『人形遊び』で美菜好みのお兄ちゃんいっぱい作れるね」
そして、まったく別のスタイルで戦う複数の強敵を相手にすることで、自身の戦闘スタイルの確立と技量の経験値とパターンを確認できるから。
それは、この不規則な糸の使い手と、ナイフでの接近戦を主体とする二人を相手にすることで、より理解していく。
『『疾の主』になりきっていたのは、その『良業物』という力ではないということですか』
「あぁ? そりゃそうだろ。ああ、でも、皮だけ剥いでそれをモノとして扱えばいい皮にはなるだろうけど。……それ、何の意味あるって話だろ。皮剥いで着てるのは確かだけどな。あの皮は自由に動くには都合がいいんだわ」
『意味ならあるのでは? 防御力を高めることができると思いますよ』
「その分常に型式使い続けてなきゃだろ。全身皮かむりして、おまけに武器創って戦うとか、どんだけ疲れるのかって話だ」
『疲れるということが理解できない機械なのでよくわかりませんね』
「……そりゃまた、羨ましい。……ん? 羨ましいか?」
情報を仕入れる。
この情報によって、枢機卿の内部の人工知能は、より型式というものを理解していく。
「あにぃ、いつまでそこの機械人形と話してるの」
「ん~? 妹さんよ、俺はお前の準備のために時間稼ぎを」
「どうせ、見た目だけはいいからいつも女の人引っ掛ける時みたいに話してただけでしょ」
「あー……まあ。見た目だけはいいからな……」
辺りに散らばる煌きに、枢機卿は美菜の準備が整ったのだと知る。
より高度な、本人達の本気の実力と戦うことを選択した枢機卿は、その部屋の至るところで煌く糸が作り出した幻想的な光景に、更に経験が稼げると、にやりと妖艶な笑みを浮かべた。
の、だが――
「なあ、あんた」
そこに、妙な目つきの音無が、声をかける。
『なんですか』
「あー……その、お前さ」
『……』
「そういうこと、できるわけ?」
『……は?』
「いや、ほら。機械人形ってさっきから妹が言うから、ダッチでワイフ的な何かの機能も備えてるのかなぁと。それだったらちょっと興味が出てくるから話は別なんだけど」
『何の話が別なのですか。……そもそもそれを知ったところでどうにでもならないでしょう』
敵として相対する男が、自分の体を舐め回すように見てきたことで、枢機卿は初めて背中にぞわっと怖気が走るという気分を味わった。
機械なのにそのようなことを思うとうのもまた不思議ではあったが、姫がどうしてこの男を見て嫌な顔をしていたのか、自分の体で感じて分かる。
「……確かめてみるってのもアリだな」
「えー……あにぃ……」
「なんだよ」
「下品だね♪」
「下品で結構。初体験、いやもしかしたら人類初なんじゃないか?」
そう言うと、音無は歪みにやけたその表情をより濃く浮かべて枢機卿を見つめる。
全身を隈なく見ては、ちろりと舌を出して唇を舐めては
「俄然やる気出てきた。お前、俺のコレクションに加えるわ。手伝えよ、妹」
「美菜にも時々貸してくれるならいいよ。ぼっこぼこにしたり弄ってばらばらにしたりして遊びたいし」
「全然構わないぞ。腕とかもぎ取っておいたほうが無抵抗楽しめるし。機械だから死なないってのもいいな」
「うんうん。たのしそー☆」
「ああ、どんどん興味出てきた。ほら、俺のちょろインのときにも言ったけど」
「「二人でシェアするのもいいね」」
こつんっと、互いが拳を合わせてにやりと笑う。
『……冬。どうやら私も貞操の危機のようなのですが』
呆れるような声を出しながら、ちらりと背後の冬を見つめる。
「……すう姉。なんとか、できそうです」
『ならよろしい』
背後で、瞳に戦う意志を見せる冬が、両手から煌きを放つ。
『二人揃って、貞操守りましょうね』
「はい!……――って、え? なんの話ですか?」
今までの話にまったくついていけていない冬に、枢機卿はくすりと笑うと、棍を構えなおす。
「ああ、その顔、いいな」
「えー、お兄ちゃんの不思議そうな顔のほうがいいよー♪ 可愛いっ☆」
「それは別腹だろ。とにかく……」
枢機卿が武器を構えたことで、時間稼ぎも終わりと判断し、
「前座であの顔歪ませてから、俺のちょろインを楽しむとするか」
音無が、ナックルガード付きのナイフを『良業物』で生成し、部屋内を駆け巡る。




