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第27話:不変絆


「なんだぁ?」


 不変絆と名乗った男は、ロングのチェスターコートを軽くはためかせながら、冬へと近づいた時に疑問のような声を出して動きを止めた。


 冬へ切っ先を向けていたナイフの先端が、細い何かに触れる感覚を自身の手に伝えてきたからだ。


「蜘蛛の糸みてぇなほっそぉ~い糸があんなぁ」


 絆がランドールタイプの軍用ナイフをくいっと持ち上げると、ぷつんっと張り詰められた糸が切れる音を微かに感じた。


「……ふぅ~ん。お前、何も持ってないように見えたけど、奇妙なもんを武器にしてんだな」



 一瞬で見破られたことに冬は焦りを感じた。

 体も殺気を叩きつけられた衝撃でがくがくと力なく揺れるだけ。


 二人の間には、冬が展開した糸が残り九本だけ存在しているが、先程の動きからして、目の前の男に有効な手段ではないと冬は感じる。


 相性が悪いという話でもない。

 単に実力の違いがありすぎるだけだ。




 このままでは、先程見せられたように、死ぬ。


 焦りは焦りを生むが、座り込んだ体は動いてくれない。


 ずりずりと後ろへ後ろへ。

 少しでも生き延びる為に、少しずつ。震える体が今出せる力を使って下がり続けていく。


「なんだ~? 逃げるなよー」


 そんな冬を嘲笑うかのように、絆は進みながらナイフを振るう。


 振るう度に、一本。

 合わせて冬の腕が動く。


「おーい、ちょっとは立ち上がって戦うくらいの気概をみせてみろよー」


 更に一本。


「おいおい、お前、そこの女の子達に近づきたかっただけかぁ?」


 こつんっと。

 冬の背中に何かが当たった。

 その言葉に、背中に当たったそれに気づく。


 先ほどまで守ろうとしていた少女達。

 試験を無視して助けたいと思った少女達。


 それが知り合いのついでに助けることになったとしても、それでも助けたいと思った少女達が――


 冬の背後で、恐怖に震え、気絶さえも許されず、泣きながら。

 不変絆という恐怖の男から助けてくれるであろう、小さな希望に追いすがるように。


 ――冬の背後に、座り込んでいた。



「僕は……」


 そしてまた、一本。

 ぷちんっと音をたてる。


 振り向けないまま。立ち上がれないまま。









 ……このまま、ここで終わるなんてことは、できません。








 また一本。

 そしてまた一本。




 自分の力は、後ろの少女達が束になっても適わないほどの力は持ち合わせている。


 残り四本の糸は、ほんの少しだけの時間を稼いでくれている。



 そして一本。

 また消えた。




 彼は怖い。怖いし、強い。間違いなく殺される。

 だけど、それでも。




 それでも。彼女達よりは、僕は戦える。


 まだ、姉さんだって見つけられてもいないし、裏世界にも入れてもいないのに。




 ……このまま、彼女達と一緒に、死ぬなんて、ごめんです。




 冬はその場でぐっと足に力を篭めた。

 がくがくと揺れる膝は、必死に冬の体を支えだす。




 ぷちん。




 残り、二本。



「お~いついた」


 震えながらも、辛うじて片膝つきながら中腰まで体を持ち上げた冬の目の前に、ナイフを高々と上げる男がいた。


「動いて。動いて……」

「お~? 動けるのかぁ?」


 にやにやと笑う絆に、冬は手のひらを向ける。


 絆が持つランドールの射程距離に冬が入った。



「ざ~んねん」

「動けぇぇぇぇええーーっ!」



 ランドールが振り下ろされ、冬の顔面にランドールが襲いかかる。


「おっ? まだ残ってたかぁ」


 そのナイフは冬に突き刺さる前に静止し、ぷるぷると小刻みに震え出す。


 ナイフの刃に、煌めく銀糸。

 冬の糸が、幾重にも絡み付く。


 冬の糸は、冬の手から伸び、ナイフに絡み付き、絆の遥か後方――屋敷の入り口の扉に絡み付き。


 切られた七本の糸も、その一本の糸を補強するかのように絡み合い、玄関ホールの地面や天井――様々な場所に突き刺さる。



「よぉーく、堪えろよー」

「くぅ……」


 切り下ろすように振り下ろされた絆のランドールが、今度は突き刺す動きに前後に動く。


 きりきりと、絡み付く糸が悲鳴をあげる。

 ギリギリと、互いの力がナイフを押し合う。


「かってぇ糸だなぁ、これ」


 小刻みに揺らすのはわざとだ。

 その揺れに、糸は少しずつ傷つき、拘束はほどけ。


 少しずつ冬へと。

 ゆっくりと鼻先へと近づいていく。


「んじゃまあ。終わりだーな」


 そう。


 絆は、片手だ。

 片手に持った軍用ナイフ、ランドールで冬を押し込んでいる。

 絆は、両手に同一形のランドールを持っていた。


 つまりは、もう片手が、自由である。


「はー。こっちにも一本。巻いてたのか」


 冬も忘れていたわけではない。

 最後の一本《糸》は、すでに使用されていた。





「ま、無駄だけどなー」






 その一本は無情にも。


 ぷつんっと。


「あ……」


 簡単に切れて、辺りに散らばった。


「じゃ。今度こそ。さよならだぁ」


 冬に、そのナイフを捌ける余力も、武器もなかった。


 冬の首元目掛けてナイフが迫る。




 死ぬ。……死ぬ。死ぬっ!


「まだ、死ねな――」







 かつんっと。



 迫りくるナイフは、冬の目の前を通りすぎ、くるくると宙を舞いながら床に。


 冬ではなく、床に突き刺さった。



 冬の隣に。

 冬の傍に黒い人影があった。

 全身真っ黒な――学生服を捲りあげ、手首辺りから長い刀身を生やし。


「なーんや。苦戦してんがな。手伝ったろか?」


 そばかすの似合う、屈託のない笑顔を向けた、どこの方言か分からない言葉を紡ぐ同年代の少年が。


 その武器で、ナイフを斬りつけ弾き、斬り上げた残身姿で絆の首筋に刃を添えて、そこに、いた。



「なんだぁ? もう一人いたのかー?」



 首に添えられた刃に笑いながら、自身の武器を引き、少年から絆は離れていく。


「なんやおっさん。糸使うあんちゃんがここまで追い詰められるとか、すげぇんやな」


 少年も警戒してか、深追いはせず。

 構えを解いて冬の隣に立ちながら絆に声をかけ、冬の肩を掴んで無理やり立ち上がらせる。


「きちぃかもしれへんから、ちょいと一緒に戦わへん?」

「……それは、僕からも是非お願いしたいことですよ」

「よかたよかた! 許可証取るまでわいも死なれへんからなー」


 なぜか嬉しそうに冬の肩をばんばんと叩く少年に、勇気づけられた。


「……そう、ですね」


 二人なら、何とかなるかもしれない。

 僕が撹乱し、近距離で彼が狙う。



「僕も、許可証を取って、目的を果たすまで。……死ねません」


 にやりと、二人は笑みを見せ合い、改めて絆を見た。


 生き残れる希望が湧いた。


 冬は辺りに糸をばら蒔き、少年は刀身を固定化させる。



「あー?……今、なんつった?」


 絆が、コートの中から、先程弾かれたナイフと同型のナイフを取り出した。


「いま、許可証……っつったか?」


 二人は、《《それ》》が絆に聞かれてはいけないことだったことに。



 数秒後。

 身をもって知る。

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