第294話:壊れ壊れて生まれ変わる 7
ふよふよと浮かぶ『布』を忌々しげに見つめる美菜。
一歩近づこうとすると『布』が警戒し、ぴくりと美菜が動きを止める。
自動迎撃システム『布』。
そろそろこの布に名前があるのだろうかと思うほどには、冬はこの布に助けられてきた。
今世とも言えるやり直し後では、初めてとも言える布の自動迎撃ではあるが、前世であるやり直し前においては、即死であろう落下の際にも助けてもらっていれば、圧倒的な力を持つ敵との戦いにおいても、実姉を守るためにも役立っている。先ほども、戦いとは違うところで、杯波和美と暁未保の二人を治癒の布で包んで緩和に役立ってくれてもいた。
冬が敵と思った敵に敵意を見せて共に戦う仲間。
物理的なものでもなく、今、冬が精神を蝕んでいる時にも同様に、冬の身を守るために危機を感知して動いたのだ。
「お兄ちゃん、それ引っ込めてよー。近づけない」
「近づかれても困りますよ」
冬に向ける笑顔はいつもと変わらず。動くたびに同じく向きを変えて警戒する布へは憎しみの篭った表情を浮かべ。
美菜は冬のもつ武器に警戒せざるを得なかった。
「なんなの……それ……」
冬のことを愛してやまない美菜である。
冬がどういったことを好み、何をしているのか逐一知りたい美菜である。
身辺の状況確認を行うのは必然であり、だからこそ、<情報組合>とも交流があるのだ。
冬の裏世界での行動も、戦果も経歴も、すべて<情報組合>からリークしてもらって知っている。
冬の裏世界で使う武器は、『糸』。そして、『針』。
この二つだと情報として知り、戦い方も把握していた。
何より、それは彼女を歓喜させた。
美菜の主装が『人形遊び』で操るための『糸』であり、糸を貼り付けるための『針』であるからだ。
偶然にも愛する男と同じ武器を扱う。
それは彼女にとって、運命さえ感じさせることでもあった。
なぜなら。
そのような武器で戦うなんて裏世界ではありえないからだ。
主武装は今やカタールである。刃物であり、隠し持てて、すぐに相手を殺傷できる武器。裏世界での武器はまさにそれである。中には隠し持たずに堂々と持ち歩く輩もいるが、それもまた自由である。
糸で鋼という面を防げるのか。針でその鋼の切れ味と相対できるのか。
そのような矮小な武器ともいえないもので敵を倒せるのか。
実現してきたが、それでもやはり裏世界でその糸と針で戦うのは少数――いや、たった一人であったのだ。
「知らないお兄ちゃんがいる……」
美菜が知らない冬が、そこにいる。
当たり前である。
美菜が目にしている彼は、やり直しをしている彼なのだから。
「……まだまだ、知らないお兄ちゃんがいる……」
それは、<情報組合>の力をもってしても知りえないことが彼にはあるということ。
「不思議なお兄ちゃん……」
それは、まだまだ自分の知らない冬を知ることができるということ。
「いぃ……いいっ!」
知ることで、更に冬を愛することが出来るということ。考えるだけで美菜は愉悦が止まらない。
その場で何もかもを忘れ、冬という存在の愛おしさに高笑いをし始めた。
『……狂ってますね』
ばきんっと、最後の死体が枢機卿の棍によって叩き折られ、姫と枢機卿の二人が冬の隣へ並び立つ。
「冬、あなた自身はどう思っているのですか?」
さりげなく当たり前のように頭を撫でてくる姫に、『あっ』と枢機卿が声をあげる。
「どう、と言いますと」
「あれを、どう思っているのかってことですよ」
「……なにも」
冬にとって、美菜はファミレスでのバイト仲間という関係なだけである。その中で、よく懐いて話しかけてくれたのは冬にとっても楽しい時間であったとは思っていた。
そんな考えが変わったのは、やり直し前に、彼女が裏世界の人間であったことが分かった時。
裏世界の人間だから嫌いになったというわけでもない。ただ、裏世界の人間としてその通りに自分の周りに危害を与えたということから、敵として考えるようになっただけである。
「……僕が手心を加えると思っているなら、それはないですよ」
それが、変わることは、冬の中ではもうなかった。
この今の状況を知る限り、より強い敵意となっただけである。
改めて、先ほど侵食されていた両腕を確認する。
力は入る。
いつも通りに動く。
あえて言うなら、先ほどの侵食に恐怖を感じてぶるぶると小刻みに震えることが気になる程度。
それも、これから先の戦いには不要であるため、ぐっと力を込めることで震えを消した。
「そんな余裕もないことも分かりましたし」
戦う前に冬は枢機卿に聞いた。
『自分の強さはどのくらいなのか』と。
B級とA級の間くらいの力。枢機卿は自身の内部にある演算装置を惜しげもなく駆使し、冬という人間の強さを総合的に解釈し、ランクで分けた。
許可証協会のランクわけはこうだ。
型式を覚えていない許可証所持者や新人所持者をD、C級とし、裏世界の浅い場所での殺し屋組織達との戦いと、表世界へと抜け出すことに成功した彼等の進出妨害と撤退――主に殺すことで表世界への進出を低減させる。昨今では、そこに突如現れた遺跡発掘も含まれる。
その中で、力を得て型式を覚えた所持者をB級へとランクアップ。B級から本格的な裏世界での活動を認め、深奥ともいえる裏世界の猛者達と戦わせていく。ここで許可証所持者は、まさに生きるか死ぬかの死闘を繰り広げ、更に型式に精通していく。
そして、本当の上位とも言える、猛者――A級へと昇格するのだ。
更に功績を残すものにはS級という最上位のランクもあるが、それはあくまで、強さは折り紙つきの名誉のようなものである。
人で現すなら。
S級は『ピュア』と『スノー』の二つのS級許可証を持つ冬の姉、永遠名雪は別格としても、『主』クラスや常立春の実力が、S級としての強さであり、ピンキリだ。『焔の主』刃渡焔をやり直し前に相打ちしたA級許可証所持者『ガンマ』こと遥瑠璃もこの中に分類されるであろう。
A級は『紅蓮』こと青柳弓。ただし弓は型式を昇華させたいと願う研究者の一面があるため、あえてそのランクで落ち着いているが、A級に近い強さを持つといえば、『戦乙女』の桐花雫が該当する。同じB級である水原姫は別格だ。
その桐花雫は、冬よりも裏世界を知り、長く裏世界で仕事をしてきている。型式の扱いも医師として癒すことに長けてはいるがトップクラスである。現に冬は雫の戦う様を見て、唖然としていたことがあった。
改めて、考えてみる。
『冬の強さはどのくらいなのか』と。
冬は、雫よりも、弱い。
まだB級に入ったばかりという意味では強い部類ではある。現に、この地下で型式を使う殺し屋達も倒してみせた。
想像と創造の力――イメージの力である型式に対しても、元より空間認識能力が高かったこともあってか、空間を自在に扱う型式の想像力が高く、瞬時に思いついたこと反映させることに長けている。
だけども、それでもまだ、冬はB級の中でもまだ下のほうなのである。
「だから――」
そして相手は。
<殺し屋組合>所属
殺し屋組織『音無』構成員
別天津『神産巣日』の弐つ名持ち。
やり直し前に、S級やA級である冬の仲間達さえ欺いた、トップの殺し屋組織の人間である。
「――僕には、まだ実力が伴っていません」
型式でも勝てず。自らが愛用してきた『糸』でも勝てず。
「だから、僕に力を貸してください。ひめ姉、すう姉」
自分一人で勝てる見込みがないのであれば、周りに協力を依頼する。
「何を今更」
『本当に今更ですよ』
二人が呆れるように冬の頭を優しく撫でる。
「『力なんて、いくらでも貸しますよ』」
そんな優しい二人に、冬は小さく「ありがとうございます」と呟いた。




