第286話:廃墟の攻防 15
「どこまでって……」
スズの正体をどこまで知っているのか。
スズは冬にそう聞いていた。
冬からしてみれば今更ではある。
なぜなら、冬はやり直しする前に、スズにすでに自分がスズのことを知っていたことを伝えていたからだ。
「……『縛の主』夢筒縛が作った擬似人工生命体だということはすでに知っていますよ、スズ。小さい頃から一緒に世界樹にいたことだって知ってます」
さらっと伝えるべきかとも思ったが、冬はスズが今にも泣きそうな顔をしてみていることに気づいて途中で言葉を止めた。
自分が隠していたと思っていたことを暴露した時も、液体状態ではあったが今と同じく泣いていたのかと思うと、胸が痛む。
知られたくなかったから隠していた。
そこに、やり直しによってすでに知ってしまってはスズと分かりあった冬と、知られたくなかったスズの気持ちにずれがあった。
「いつ……? いつから知ってたの……?」
「……あ」
そこで冬は、気づいた。
冬がスズの正体を知ったのは、やり直し前である。
そしてやり直し前の時としても、まだそれを義兄の春から聞いてもいない時期だったことを。
「スズが液体になれることを知ったのは一年前くらいですけど、擬似人工生命体や『縛の主』に作られたことをいつ知ったのかという話であれば、それは――」
どう話せばいいのかと、話し始めて冬は困る。
春に聞いたと言えばいい。だけども、春はまだ自分に義兄だと伝えていなければ、実姉も自分に正体を明かしていないのだ。
『――スズ様。冬は、貴方から創られた生命体だと、それを冬が知っているか、という質問ですか?』
「「は、はあ!?」」
枢機卿からの冬の助け舟に、ファミレス勢が声を揃えて驚いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。スズさん、冬くんを創った? 貴方一体何者なの……?」
「『縛の主』とか。『主』の中でもレアものじゃない。それと関わりあるとかとんでもないことよね」
「『主』達なんて、一生関わらないと思ってた……」
それを言ったら、仲間の樹は『縛の主』の関係者であり、松と雫は『焔の主』と『流の主』の子でもあるし、瑠璃は『焔の主』を倒せる程の実力者だと思わず補足しそうになった。
そんなことを考える冬も、『縛の主』と戦い見事に手も足も出ずに負けてはいるし、『疾の主』に追われていたことから自分も『主』と関わっている。
そこに更に付け加えると、冬は裏世界さえも創り出したと言われている『別天津』の『天之御中主』の子供であるという事実もあるのだが、より衝撃的な情報を与える必要もないと今は言わないことにした。
「なんで……」
「人のクローンのような素体を創りだせる力を持ったスズを『縛の主』が創り出して、とあることから裏世界から逃げることが出来たスズを、今また『縛の主』が狙い出した、という流れではあるのですが……」
「それだけでは内容が薄いのですが、まあ今はその流れでいいでしょう」
姫が冬の言ったことを補足すると、冬を背後から抱きしめて愛おしそうに頭を撫で出した。
スズはスズで、冬が言ったことに「じゃあ、ほとんど知ってるんだ……」と俯き考え込んでしまうのだが……。
「で、冬が私の弟ということになるわけです」
「「意味わかんないからねっ!?」」
姫の意味不明の発言にスズも同じく声をあげた。
さらには、枢機卿が呆れた様子で『私の弟でもありますよ』と付け加えて余計に皆が混乱する。
スズを混乱させることで今この状況で落ち込んで欲しくないという考えで姫は行ったのかもしれないが、それは姫にしか分からないことであった。
「と、とにかくです。スズを守らないと表世界も危険な状況に陥ることが分かったので、救出するためにここにきたんです」
「あら、それじゃあ私達はついで?」
「そ、そんなこと……」
あたふたとする冬にファミレス勢が笑う。
誰もそんなことを思ってないことは一目瞭然だった。「助けてくれてありがとう」と声を揃えて言われたことで、冬も助けられてよかったと、やっと胸を撫で下ろすことができた。
くいっとスズが耳を引っ張ると、釣られて傾けた耳元で「あとでしっかり聞くからね」と伝えられる。事情をしっかり聞きだそうとするスズが逞しく思えて、冬はしっかりと皆に説明する時間を持たなければと思うが、今はその状況ではない。
『……とまあ、そこまでにして。ここにいる元凶をどうするか、ですが……』
「元凶? スズさんとは別の話があるの?」
「ええ。本来であればスズはここから『縛の主』の下へ連れて行かれているはずなのですが、皆さんを誘拐したこととはまた別の話なんです」
「本来?……つまり、私達にここで未保さん達みたいにしようとした敵がいるってこと?」
「「……」」
本当は、ここで殺されていたはずなんです。
なんてことは言えず、三人が口を閉じる。
その沈黙に、そうだった可能性が高かったのだと勘違いし、ファミレス勢は嫌そうな顔を浮かべた。
「……なんだか、まだ難しい話がありそうね」
香月店長は考え事をするように腕を組んで、更に聞こうとした。
情報屋としての血が騒いだのかもしれないが、これ以上は流石にこの場で話すわけにもいかないと判断した冬は、どう切り抜けるべきなのかと枢機卿に助けを求める。
『残念ながら。皆様が協力いただけるということは分かっておりますので、またその話は後ほどにしましょう。……とにかく、皆さんは今はこの場から離れることを考えましょう』
「でも、和美さん達を残してはいけないし。ここ裏世界だから、おいそれと動けないよ?」
「それに、もう一人。美菜ちゃんも――」
『あれはもう気にしないでください』
枢機卿が怒りを露にして梅の言葉をとめた。あまりの怒りに、ぶつけられた梅がひくっと声を失う。
『失礼。……冬の布が効力を発揮しているなら、ここから連れ出しても大丈夫でしょう』
「そ、それならいいんだけど……」
『姫さんが今『戦乙女』と連絡を取ってくれていますが、こちらに来れないことを想定してこちらから動くことも考えるべきです』
むしろ枢機卿としては、この場に彼女達が残ってしまうことのほうが問題であった。
扉が壊れて室外の男も聞こえるはずなのに騒がしい音が聞こえてこないことから、酒場の掃討も終了したと考えれば、二十五人の下位所持者達に護衛してもらって表世界へと連れ立ってもらうことが得策ではないかと考える。
「……美菜を助ける必要がないことは、なぜか聞いても?」
驚いて言葉を出せない梅を案じながら、綸子と二重が理由を問いただす。事情を知っている冬達とは違い、曲がりなりにも彼女達にとっては、まだ、共に働いていた従業員であり、この場に共に連れてこられて別の部屋へと連れ出された仲間なのだ。
「美菜ちゃ――いいえ、刃月美菜は、皆さんをこの場に連れてきた張本人です」
「っ!? 美菜ちゃんが!?」
従業員仲間であった美菜が裏世界の住人だったと知り、愕然とするファミレス勢に、更に追い討ちをかけるように姫が聞く。
「店長さん。そう言えば、なぜあのような凶悪な存在を?」
「え? 凶悪?」
『刃月美菜は殺し屋組織『音無』に所属する、殺し屋ですよ』
「な……」
情報屋として、その組織の名前は聞いたことがあった香月店長は驚きのあまり声を失う。冬達も疑うわけでもなく、やり直しの時に殺されていることからわかってはいたことだが、ファミレスNo2の彼女が殺し屋ということも知らなかったことは、その動きだけで容易に理解ができた。
「……私達は、色々ととんでもないことに巻き込まれてそうね……」
香月店長は、頭の中で整理がつけられていない内容をため息で吐き出した。




