第285話:廃墟の攻防 14
「これは……発汗と利尿作用と興奮剤も兼ねているのですか……。他にも様々な薬剤を使われているようですが、水分の流出が止まりませんね……」
『危険ですね。薬の効果の前に脱水症状が併発するかもしれません。効果的に水分補給できる場所が……助かってもこのままだと別の要因で亡くなってしまうかもしれません』
「未保ちゃん、頑張って……助かるから助けるから」
「……未保ちゃん、生きなさい。裏世界に負けちゃだめよ。あ、そこ、体拭いて汗吸着させて」
それぞれが気絶している未保を鼓舞しながら、体全体を直接癒しの布で覆うために未保の衣服を丁寧に脱がしていく女性陣とは別に、冬は背中を向けて彼女達をみないようにしていた。
雑巾を絞ったときのように衣服を絞れば水が出てくるような状況に、彼女の安否がより不安になる。
裸になった彼女は、衣服の擦れの刺激がなくなったのかほんの少しだけ楽になったようだった。
そんな彼女をみて、女性陣が皆ほっとため息をつくと、更に体を布で拭いて綺麗にしていく。
うっすらと聞こえる衣擦れの音とそこに無防備に横になって体を拭かれている知り合いがいるというのもまた冬の心に平穏を与えてくれないが、今はそんなことを考えている場合ではないとふるふると頭を振って考えを消していく。
この考えに至る理由も、もしかしたら彼女達が助かるかもという希望が見出せたからであり、姫が言った「彼女達を抱け」という、男にとって役得しかないことを言われたことが脳裏に衝撃的過ぎてこびりついたままだったからかもしれないが、あまりにもいきなりすぎたことに、冬もそうなってしまったことを考えて答えが出せないから余計な邪念が出てきてしまっていた。
「冬。全部脱がしたよ」
二人の女性が死ぬかもしれないという状況に、自分は何を考えているのかと、自分が馬鹿すぎて嫌になってきたところで、スズから声がかかった。
「え。……振り向いても……?」
『だめだったら後で見ることになるでしょうから今更でしょう』
「……そ、そんなものなんですか……?」
それはそれでどうなのかと思いながら、出来るだけ未保を見ないようにそろそろと近づいていく。
皆が冬へ道を開けると、大粒の汗を全身にかいて全体を紅潮させた未保が目に入る。流石にじろじろと見るわけもいかず、目のやり場に困りながら真横に辿り着くと、そそくさと準備を始める。
「せん……ぱ――い……?」
「……え」
彼女の傍に座って癒しの布を取り出し覆うために伸ばした冬と、楽になったことで意識を取り戻すことのできた未保の目が合った。
「せん……ぱ――い……っ」
切なそうに、冬の姿を確認したことで一気に吐息のような濃厚な艶かしく甘い息を吐き出した彼女が、ふるふると力の入らない自身の手を冬へと伸ばした。
その手を冬が咄嗟に掴んで「大丈夫」と伝えると、未保が声をあげてさらに痙攣を強くした。
『何をやっているのですかっ!』
枢機卿が驚きの声をあげながらとんっと未保の上半身を瞬時に持ち上げては首元に手刀を落とした。
絶妙な力加減で落とされたそれは、未保の意識を刈り取ってだらりを全身から力を失わせる。
今度は別の意味でぴくぴくと痙攣しているようにも見えたが、今はそれどころではないので気づかないことにする。
「……冬」
「はい……」
「暁様は、極限まで薬で全身を敏感にされています。全身が性感帯だと思って頂ければ……」
「……はい」
すでにぽとりと落ちた彼女の手を、握ったときの形のままで固まる冬に、
「「……」」
その場にいる女性達が、冬を責めるように見る。
「すいません……」
だって、心配じゃないですか。こんなにもなった暁さんを、助けたいと思うじゃないですか。
そんな、彼女を案じた行動だとは誰もが理解はしているが、それでもやはり今の冬の行動はありえないと、目で非難する彼女達を尻目に、冬は居た堪れない気持ちで癒しの布を巻きつけていった。
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癒しの布を巻きつけられてその場に隣り合って眠らされた和美と未保が、心なしか表情を安らげたことに誰もが安堵し床に座り込んでいた。
「……冬くん、なにがあったの?」
香月店長の質問に、巻き込まれた誰もが冬を見た。
責めているわけでもないが、状況的に巻き込まれたと思える状況に、彼女達は納得するための答えが欲しかったのかもしれない。
「実は、僕も状況をそこまで把握しているわけでもないのですが……」
ちらりと、冬はスズを見た。
実際のところ、冬も騒動に巻き込まれた一人であるのは間違いないのだ。
ただ、その騒動の起点を冬の許可証剥奪と指名手配とされただけであり、冬の恋人が狙われて、冬が動いたから冬が原因という形にも見えるだけだ。
話すとなるとスズについて説明しなければならなくなる。そうなると今度はスズが原因だと思われてスズが傷つくかもしれないと思った冬は、すぐに言葉がでてこなかった。
「……情報屋として、裏世界から離れていたこともあって、情勢が分からないのよ。彼女達も――」
香月店長はそこで言葉を切って、固まって座っているファミレスの従業員達である四人を指し示す。
「私と一緒で、裏世界が嫌になって逃げてきたクチだから、裏世界がどういうものかも分かっているつもりよ?」
「あたしは和美と同じで、もう一度裏世界で情報を仕入れてもいいかと思ってるけど。どうかな二重」
「リンはそういうけど、私達って裏世界から逃げてきてるから裏世界でもあまりいいように思われてないんじゃなかった? ウメー、情報仕入れられそうなのかな」
「うーん。難しいけど、やっぱり自分の身を守るためには裏世界には気をつけないと。牡丹もそう思う?」
「……(コクン)」
最後に喋ることが滅多にない牡丹が、ぼーとした表情のままに長いストレートの髪をさらりと揺らして頷き自身の意見がそれぞれと同意見だと伝える。
彼女達――白紋綸子、白羽二重、正絹梅、雛菊牡丹。四人は香月店長の元で昔から働いていたご意見番であり、当時非番でこの場にいなくて被害を免れた残りの六人の従業員達も同様の意見だろうと考えを総意した。
「と、言うわけで。色々教えてもらうわよ。私達を敵に回したこと後悔させちゃいましょう」
香月店長がやけに張り切りだしたのを見て、
「ありゃ、店長。情報屋『ミドルラビット』。本格的にまた活動再開?」
猫のような仕草でショートボブの茶色味のかかった前髪を直す綸子が言えば、
「でも、実はちょこまかって動いてたんだけどねー」
「知り合いさんからの依頼で、新鮮な情報の仕入れが鈍らないようにやってた程度だけど」
立ち上がって背伸びをしては体を動かす、日焼けなのか浅黒肌の黒髪ショートの二重と、同じく、立ち上がってぱんぱんっとミドルラビットの正式制服についた埃を払う切れ目が印象的な巻き髪セミロングの梅が話し出す。その隣で牡丹がこくこくと頷く。
「……皆さん……」
それぞれが今の状況に怒りを覚えていたのか、香月店長の号令で奮起し出す。
情報をあまり仕入れることをしていない冬としては、ファミレス勢が本格的に動き出してくれるのはありがたかった。
そんななか、スズが、俯き加減で冬の服の裾を遠慮気味に引っ張ると、
「冬……もしかして、私が、原因……?」
言い淀む冬に、なぜ言えないのか察したようだった。
店長たちがスズを見て驚きながら言葉を待つ。
「……スズ」
「……どこまで……どこまで知ってるの……?」
スズがぶるぶると、不安そうな表情を浮かべて冬を見た。心なしか冬から少し離れてしまうほどにスズは冬が自分のことについて何かを知っていることに衝撃を受けていた。




