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第284話:廃墟の攻防 13

「媚薬の効果とその結果です。……やり直し前の話をしたくはないのですが、あの時、どちらも助からないものの、杯波様は私が救出したときにはまだ話が出来る状態でしたが、暁様は歪んだ欲望に支配されてその表情を浮かべたままに亡くなっておりました」

「だから――」

「――その薬は、人の感情も想いもいとも簡単に壊すほどに凶悪な薬ということです。裏世界の薬ですから、その結果が死をもたらすとしても何も疑問を持ちませんよ」

「っ!?」


 姫もまた、裏世界というものを侮っていたとも言える。

 自身でその考えに事前に至らなかったことも、先程の冬の技について余裕をもって話せていたことも、今となっても、そしてあってもなかったとしても、結果は変わっていなかった。そのような結果を思わせる今に、ぎりっと珍しく怒りに満ちた表情を浮かべていた。


 その怒りが何に対するものなのか。

 自分に対する、怒りなのであろう。

 自分が他とは違って一線を画すほどの強者であるからこその余裕から、今の状況を引き起こしてしまったのだと、姫はそう感じていた。


「死ぬ前に、とも思えば彼女達も望むと思いますよ」

「死ぬ……どうして、ひめ姉は……」

「……覚悟しなさい。せめて、彼女たちを抱くことくらいは考えてあげなさい」


 彼女達が今この状況となっても、最後まで求めていたのは冬だ。

 やり直し前に看取った彼女達の無念さと、自身の死の経験から導かれた想いに、彼女達が前回と同じ結果に落ち着いたとしても、今は彼女達が求めた冬が目の前にいるのだから、その薬の効果を押える手段の一つとして、冬に突きつける。


「な……どうしてそんな話に――なるんですかっ!」


 思わず叫ぶように姫に想いをぶちまけた冬の声に、未保の艶かしさを帯びた叫びが合わさり、冬はすでに発せられたものを防げるわけでもないが口を押えた。


 未保の容態が、冬の想定していたものより悪いことがそれだけで理解させられる。

 使用したこともないが、そんなに変わるものなのかと驚きさえ覚えてしまう。

 それが裏世界の、人体の影響を考慮しない特化の薬なのだと思えば、彼女の苦しみが少しは分かったのかもしれないが、姫に伝えられた衝撃の言葉にそこまでの余裕はあるはずもなかった。


「それが彼女達の望みでもあるからですよ。それとも、薬が抜けないままに、誰でもいいと、他の知らない相手に快楽に身を任せる彼女達を、あなたは見たいですか。そのまま死んでいく彼女達を、見たいですか?」

「そんな……」



 助けに来た。

 助けに来たのに、間に合わなかった。

 犠牲が出た。


 淡々とそう伝える姫を冬は睨みつける。だけども、すぐに姫に当たるのはそれは間違いだったと気づき、すぐに目を逸らした。

 冬と同じく、ファミレスの従業員達を守れたと思っていた姫ではあったが、やり直し前にこの場で看取った二人の状況に、実は間に合っていなかったと思った姫もまた辛そうであった。


 他の従業員や香月店長を助けられたのは事実。

 そしてこの場で『縛の主』の下へ連れて行かれるはずだったスズをここで助けられたことで、『縛の主』が世界樹から表世界への侵攻を頓挫させたことは事実であり。


 この時点で、彼等の知る未来が。

 変わったことも事実ではある。


「どうしたら……」

「……」

「間に合ってなかった、なんて……」


 だけども。


 やり直しをした二人であり、やり直し前に冬よりもその現場を見て看取ったと言っていた姫の苦悩もわかるからこそ、全員を助けられなかった、という事実に、冬も姫も、言葉を最後まで紡ぐ事ができなかった。


「それは……でも、そうなら僕にそうされることも――」


 それに、冬からしてみれば、今も薬で苦しんでいる彼女達の意思を代弁しているかのような姫の言葉を、飲み込むことができない。


「冬、それはないよっ! 未保ちゃんも和美さんも、冬のこと好きだからっ!」

「スズ……」

「ただ男たちの快楽と欲のためだけに薬を打ち込まれて、抵抗する術もなく生理的な感情を強制的に暴かれて身体を許すしかなかった。私が知る彼女の死に場所は、この部屋ではなく、向こうの、何十人もの愚か者どもが酒盛りしていた場所だったことから考えても……私達女性からしてみると、憤りを感じるものではありますが。……二人の違いを当時のことを思い出して考えてみると、暁様のほうが多く薬を盛られているのでしょう。だから動くだけであのように……。間に合ってはいます。間に合ってはいるのです。ですが、それでも……お二人を助けることには、間に合わなかったのですよ」

「そんな……」


 未保の身を心配し、思わず近づこうとした。だけど冬は枢機卿やファミレスの従業員達によって護られた未保へと近づくことはできず、どうやら、冬が近づこうとしたことで、未保がまた辛そうに体を強く震わせたようで、枢機卿が冬を厳しく見つめる。


「近くに『戦乙女ヴァルキリー』がいるので、そこまで行ってそのまま診てもらい……いえ、来てもらって、ここで診てもらったほうがいいですか。今はここから動かさないほうがよさそうですね。それでも、暁様も杯波様も、もう……」


 早く治療を行いたい。

 それは冬だけではなく、ここにいる誰もが、姫の説明に思うことだった。常に冷静そうな姫でさえ、今の状況に判断を鈍らせていた。


「……杯波様は――」


 姫がぐるりと布に巻かれて眠る和美を見る。その姿が、やり直し前に姫が看取った彼女と重なる。その見た目も、亡くなって遺体となった和美と未保を輸送していたときに酷似していたからか、余計に辛かった。

















「――……おかしいですね」


 だけども、その姿と違う点がそこにはあった。勿論、似ているのであって、様々な部分は違っている。


「おかしいって……何か、ありましたか?」


 姫の感じた違和感とともに発せられたその意味は、悪い意味でではなかった。

 じっと和美を見つめ続ける姫に疑問を持った冬は、未保を隠す枢機卿から目を離して、姫と同じく和美を見た。


「……この、布は?」


 姫が疑問に思ったのは、その布だ。

 彼女たちを看取ったあのときに、姫がその辺りで用意した布とは違っているのはおかしいところではない。


「それは、水原さんの妹さんからもらった布を巻き付けています。杯波さん、その、衣服を破られていたので……」


 布。

 その布に巻かれた和美が、そこまで辛そうに見えなかったのだ。


「ナオ様からの……そう言えば、あの時この布は……」

「この布の一つが、治癒の効力があるみたいで……杯波さんも少しは楽になればと……――あっ!?」


 冬は、自分の布について当たり前のように言ってその意味を考えていなかった。

 基本は冬を護る自動迎撃の布だが、それぞれ役目を持っていた。


 右の二布は、癒やしと防衛を。

 左の二布は、迎撃と防衛を。


 やり直し前の、あの凶悪な絶機と呼ばれる機械兵器ギアに右目を破裂させられた時のように。


 衝撃と痛みを緩和したように。


 もし、その治癒の力が、千切れたあとにも効力があるのであれば。


「すう姉っ! ひめ姉っ!」


 効力があるかないかは、目の前で眠る和美を見ても一目瞭然だった。


 行うことは決まった。

 話を聞いていた枢機卿も、周りで動向を見守っていた香月店長含めたファミレスの従業員達も、スズもすぐさま準備に取り掛かる。


 癒やしの布で、囲む。

 その効果がどれほどのものかはわからないものの、彼女たちを救うために、布で包んで、癒やすのだ。

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