第282話:廃墟の攻防 11
新しい技を使って二人の殺し屋を仕留め、その技を見て動きを止めた殺し屋を『無用心』で穴だらけにした冬は、とてつもないプレッシャーに襲われていた。
先程の殺し合いの比ではない。
だけども、
まさか、このような状況で……
本当に。そう思える程に。
まだ冬は、助けにきた彼女達を全員救出できたとは思っていない。
隣の左右に連れて行かれた彼女達の救出に、真ん中は冬、左側は姫に、そして右側は枢機卿に分かれてそれぞれ救出に向かった。
共に救出を手伝ってくれている下位所持者の二十五人も、この場の殺し屋達と関係者を逃がさないよう階上での見張りと酒場で盛り上がっていた輩を制圧をしてくれている。この場を制圧はできていることは間違いなかった。
冬以外の二人が失敗することはないだろうから、恐らくは大丈夫なのだろうと冬は思う。
大丈夫と思う反面、枢機卿が向かったはずの部屋では、未保が和美と同じように薬を打たれているとも聞いているし、恐らくは、姫の向かった部屋に、香月店長とスズを含めたファミレス勢もそこにいるはずで、辿り着いた時には和美が襲われていたことからも、すでに手を出されていた、殺されていたという保障がないわけではない。
顔を見て無事であることを確認できない限りは不安が付きまとうのは仕方ないことであった。
なぜなら、やり直し前の話を聞いたから。
彼女達はここで恐らくは殺害されていたということを聞いたから。
だから何より、安否の確認をしたかったから。
今そのようなことを行っている場合ではないのではないかと思う心とは裏腹に、冬はゆっくりと自らその場に正座した。
自分より強くて、すぐ隣の部屋へ突入した姫がこの場に現れたから安心できてしまったのかもしれないし、姫がすでに何とか出来ているのであればもう一つの部屋に突入した枢機卿も大丈夫なのだろうと思えたからかもしれない。
だから、座った。
そうしなければならない。
なぜだろう。と疑問に思いながらも、これはある意味、技を作ったらしなければならない通過儀礼なのではないかと、思わずにはいられない。
「先ほども褒めましたが、『疾』の型単一での技と思えば見事なものですね」
「ありがとうございます!」
「冬は、『疾』の型がもっとも適正が高いのかもしれませんね」
慈しみ溢れる笑みを向けられ、そして褒められた。
ぐっと見えない場所で拳を握って喜びを表現してしまうほどに冬は嬉しかった。
「ですが――」
「っ!?」
技に対する指摘が来る!?
あれ、おかしいです。ひめ姉、技みてなくないですか!? いえ、それよりも、やはりこの状況でもされるんですねっ!?
それはさざ波のように冬の心を揺らす。
望んでいたのかもしれない。――いや違う。僕は決して。ただ自身の技の穴とこれからの習熟のために聞きたいのであって。
と、揺れる心を言い訳のように考えを上書きする。
「――発動までが遅い」
「はい、そう思います!」
「今回の技は、複合技ですね?」
顎に手をあてて今は自分達しかいなった部屋を見ながら、姫は推測をしていく。
「はい、『無用心』に『流星群』を絡めました!」
「なるほど。散らばった糸を『無用心』で絡めて、糸の槍ではなく糸の円を作り、その中に対象を閉じ込めて切り裂くのですね。……ですがそれだと死体を消し去ったかのように細切れにはできませんね」
なぜわかるのでしょうか。
見てないのに。
まさか……現場を見たらわかる。とか?……名探偵、ですかね?
その場で見ていたとしか思えないほどに的確に当ててくる姫に、冬はたらりと頬から汗を一滴零した。
「……『疾』の型を、流し込んだ。対象を覆うように糸を複数配置し、糸と糸の間に切り裂くイメージを持たせた型式を流し、糸の代わりにした、というところですか」
「はい……」
今回の技は、冬にとっては想定外の技でもあった。
なぜなら、急造の、必要に迫られたから思いついたものを想像し創造しただけの技だったからだ。
本来のイメージとしては、糸で隙間なく円を作って囲み、糸で切り刻むことをイメージしたが、それだと間に合わない可能性が高かった。
だから、間に合うだけの糸を操作する必要があったが、目の前に来ている敵を足止めする必要もあり、また針を使って糸の準備を加速させることが出来ないかと思い、ぶっつけ本番で行った結果が功を奏したとも言える。
付け加えて、すでに目前までに迫った敵を辿り着かせないために、足りない箇所を補うために『疾』の型で捕縛するようにシールドを張るイメージをもたせたところ、『疾』の型の切り裂くイメージと合わさって触れただけで切り裂くイメージが付与されてしまった。
型式を使って近づいてきていた敵のスピードと相まって高速度での切り刻む効果が偶然にもついてしまい、高速回転するミキサー――その刃の代わりは、円に高速回転する切れ味の良い糸とそこから発せられた『疾』の型で作られた切り刻む力だ――にかけたかのように囲んだ相手を消し去ったかのように切り刻んでしまったのだ。
「……全糸……いえ、もっと多くの糸で単体に対して行うことが前提のように思えますね。『疾』の型は円を作るための補助と糸が壊れないようにするための型式での強化といったところですか」
「はい……」
改めての疑問。
なぜ、分かるのでしょうか。
それだけでもせめて教えてほしいと冬ははらはらと次の姫の言葉を待つ。
「一騎打ちのような状況であれば、より激しそうですね。ただし、貴方は対型式の複数人想定の技を考えたほうがいいですね。ただでさえ応用の効きやすい武器を使っているわけですし」
姫が、正座する冬の前で片膝を立てて腰を落とすと、ぽんっと肩を優しく叩く。
「素晴らしい技ですよ」
「――っ……!」
思っても見なかった一言に、冬は驚く。
自身で編み出しだ最強の技とも言える『流星群』こと『ちゅうにびょう』。
そして、型式を得て編み出した『舞踊針』こと『ぶようじん』。
『流星群』は名前が中二病のようだという理由と型式を纏っていないとして。
『無用心』は脇が甘いと姫からダメ出しをされては名を変えられた。
今回もきっと。
突貫的な技だったからこそ、ダメ出しされて名を変えられるのだと、思っていた。
「何より、中途半端であった『無用心』から派生させたことがポイントが高いですね。防御のための技から攻撃に転じることができる技であったものを、放つと疎かになる防御面を、糸を組み合わせて防壁のような使い方にすることで隙を少なくした。もっとも、今はあなたにはナオ様から頂いた布もありますから、防御も疎かにはならない」
……あれ?
あれ。あれ?
僕、今、褒められている……褒められていますか?
「防壁かと思えば、触れれば高密度の『疾』の型により消失するかのように切り刻まれる。なんとも攻撃的な技ですね。そうだと気づいても、囲まれていることから逃げ場がない。円の中から出ようとすると同じく切り刻まれることも素晴らしい。難点としてはやはり、発動までの遅さと、囲めなかったとき、でしょうか。もしかすると、どんどんと縮めていけるのでは? 囲まれたら最後の技とも言えますね」
「あ、あ……」
「頑張りましたね、冬」
にこりと、労いの言葉とともに、姫が笑顔を見せた。
まさか。今回は改名は許されたのでしょうかと、技全体への総評も好印象なことに涙が溢れていく。
「あ、ありがとうざいま――」
「そうがわ」
「――す……?」
何を言われたのかと、冬はきょとんとした。
「いえ、ふと。漢字を変えなくても、そのように読めるのですよ」
「え、え……?」
「『総曲輪』と、次からは名乗りなさい」
まさかの、名付けに。
「は、はい……っ! い、い、いつも、ありがとうございます――っ!」
結局改名されるのだと、涙がぽろりと落ちた。




