第256話:『焔』と巡る 2
冬が知る、以前と同じあの場所で、冬が動くべきだと思うポイント。
冬はその場所を、うっすらとであるが、見えてきたことを確信する。
その場へと至るため。
今はこれ以上不確定要素を増やすわけにもいかないと感じた冬は、外にいる殺し屋達をそれとなく伝えて、前回のように逃げる手段を講じようと姫と樹の二人に声をかけた。
「……すまない。だが、俺が何かしたというわけではない」
「え?」
なぜか樹に謝られるという不確定要素が、現れる。
それとともに、出鼻を挫かれたこともあるが、自分から囲まれていることを伝えるべきと思って伝えようとしたわけだが、姫は先の時点で気づいて警戒してくれており、また、樹も、以前は冬より先に気づいていたような気がして、最後に気づいたのが自分だったのではないかと思うと、少し恥ずかしかった。
だけど、そうだとしても。
……樹君は、本当に、やり直しを経験している樹君なのでしょうか?
うろ覚えではあるものの、先程から冬が知っている動きとは違うことをする樹に、冬は心配になってきた。
冬にしてみれば、初めてのやり直しなのである。
やり直しができたということもまた奇跡ではあるのだが、この先の展開を少なからず知っている冬としては、本来であれば知っているはずの樹が自分と同じように展開を変えないよう動くはずだと思っていたから尚更心配であった。
「大樹。もう少し説明をしないと、冬は気づきませんよ」
「ぬ……?」
姫が、いつの間にか取り出していたスマートフォンをぴっと音を立てて切って胸元へと戻した。
以前と照らし合わせると、いつの間にかこれから助けに来てくれるはずのA級許可証所持者『紅蓮』こと瑠璃の実兄、青柳弓と連絡を取っていたのではないかと冬は思う。
この辺りは変わっていないのだとほっとした。
「……お互いに察しが悪くて苦労しますね」
「……」
「……? 万代さん?」
姫から同意を求められたチヨが、驚愕の表情で固まっていた。
ぶつぶつと「顔を挟めるだけじゃない……埋まっていった……どんな……ましゅまろ……?」と姫の一ヶ所を凝視しながら呟いているだけだった。
チヨからも同意が返ってこなかったことに、
「まともなのは私だけですか? とはいえ、鍛冶屋さんは今の状況に気づいていなければ無理ですか」
姫が珍しくため息をついた。
「冬。大樹は、今の状況を疑われているのではないかと思ったのですよ」
「え。……ああ、なるほど……そういうことですか」
言われてみれば、と、冬も樹が謝った理由に気づいた。
今の状況を考えてみると確かに疑われてもおかしくないだろう。
許可証を剥奪されて裏世界を逃げているお尋ね者を、樹は保護している。
ただこれが、保護、ではなく、冬にかかった莫大な賞金を手に入れたいと考えての行動だとしたら。
樹は<鍛冶屋組合>の喧騒から冬達を逃がす際、特別何かしたというわけではない。ただの道案内をして連れてきただけなのだから、追跡されていたとかという線も考えられる。
そう考えると、今の状況はお尋ね者を一ヶ所に留めるための罠であり、その間に逃がさないように殺し屋に包囲させていた、または隙を見て殺そうと考えていたところを嗅ぎ付けられたと考えることもできるのだ。
そうではないと知っている冬はそこに至ることはなく、また以前も、そのようなことを考えたこともなかった冬である。
冬はここでこのような考え方もできるのかと学ぶことができたことに、ここにいる誰もを信じている冬はほっとした。
以前の世界線において、冬があまりにも人を信じすぎて危ういを考えた者がいた。自身の身内とカウントした場合に、冬は相手を疑うことをしなくなる。
だからこそ、ファミレスに迫った魔の手と自身の最愛に訪れた拉致に気づくこともなく後手に回ってしまい、それぞれが命を落としてしまったことにも繋がったのである。
鈍感、と捉えてもいいのかもしれないが、信じすぎるというのもまた考えものである。
「……樹君。僕はあなたを信じていますよ」
「……そうか。助かる」
状況を理解できていないチヨが二人の顔を見て、不思議そうな顔をしている。
前回も、皆でここから表世界へ逃げようと言っていたにも関わらず、表玄関から外へと出て戦おうとしていた冬と姫に、驚きと憂いを浮かべていたチヨだ。
姫の胸元トリップから戻ってはきたが、やはり家の周りに殺し屋達がいるとは気づいてはいなかった。
「例えばですけど、この工房を作るに当たって多額の借金があるとかで、僕の賞金でそれが賄えるとか考えられたのなら話は別ですけども」
「え、いっくん。ここの工房、借金して建てたのかな? かな?」
「いや……この工房には金は払ったが、家に金はかかってないが……」
「じゃあ、借金はないから大丈夫だけど、お金に困ってたとかかな? かな?」
「……お前はどっちの味方だ」
家の玄関前へと移動すると外の様子をそっと伺いながら樹がチヨの質問に呆れる。
チヨもこの工房のお金を樹が捻出していることを知っているはずだが、なぜそんなことで執拗に聞いてくるのか、樹は理解できなかった。
樹からしてみると、この家は『縛の主』が建てた家であり、その家自体には費用はかかっていない。また、工房を作るときの費用も自身の許可証協会で仕事を受託し稼いだお金で賄えているのでチヨ関連でも自分関連でも、借金はないことは確かだった。
最も費用がかかったことといえば、チヨを奴隷から解放する際の支度金等になるのだから、困ったといえばその辺りになる。
「……ふむ。つまりは、お前があれを借金と考えるなら。返すためには巫女装束なりなんなりを着てもらうことで帳消しにするということでいいか?」
「なんの話なのかなっ、かな!?」
着せ替え人形みたいなノリかと思い、冬はあえて突っ込まないようにした。
分かったことといえば、チヨが樹に借金を抱えているということと解釈をしたが、それも概ね間違えているといえば間違えているのだが……。
チヨに借金を抱えさせていると思っているわけでもないので、単にコスプレさせる口実ができ、樹は墓穴を掘ったチヨにいい大義名分が出来たと感謝した。
「……いい人ですね、樹君は」
「……お前は、もう少し人を疑うとか……」
「無駄ですよ大樹。こういう人なんですから」
「まあ……だからこそ、信用できるのだろうけどな」
「?」
この信用は、彼が一生かけても、どれだけ辛い目にあっても直らないのであろう。
だからこそ、彼の周りには本当に信じあえる仲間が集まるのであるが、彼がそのことを知ることはなく。
ただその冬をじっと見つめては、呆れるようにこそっとため息をついて慈しむ姫だけがそんな冬を理解しているようであった。
もっとも。
それは、信じ合える仲間以外も、引き寄せてしまうのではあるのだが……




