第255話:『焔』と巡る 1
「あたい? あたいは万代チヨ! この【焔柱工房】の主でっせ!」
「工房の持ち主は俺なんだがな……」
「いっくんの持ち物イコールあたいのもの! あたいのものはいっくんのものかな、かな!」
「……普通に交換し合ってるだけじゃないか、それ」
案内された一階のリビングに座って、樹がお茶を持ってきて配っている間にチヨが冬と姫に自己紹介した。
あれ、結局は樹君がお茶を淹れていますね。なんて無粋なことが一瞬脳裏を過ぎった冬だが、樹もチヨもそれが当たり前のようだったので気にしないことにした。
この家の中に入るのは二度目だ。
冬は前回、自分の心理状況がよろしくなかった為にまったく興味を持てなかった樹の家を、くるりと見渡してみる。
冬達が案内された一階のリビングは、玄関扉から入ってすぐの仕切りのない一つの大きな部屋だ。
冬達が座っているリビングと思われる四人掛けの机と椅子のセットとは別に、座り心地のよさそうなソファが置いてあった。妙に広く見えるその部屋は、おそらくは工房の接客場としても使われているのだろう。
隣に同じくらいの広さの部屋があるそうで、そこは工房の作業場と聞いた。
工房の主と言うのであれば、そこで<鍛冶屋組合>の一員らしく武器等を作成しているのだろう。チヨがどのようにして武器を作っているのか興味が湧いたが、今は追われている身だから見ることは難しいと思う。
広く見える理由として突起物がほぼないということが理由があるのだが、唯一といっていい突起物として、階段手前にシステムキッチンがあった。二階へ上がる階段がシステムキッチンに隠れていて、一階と二階で居住をしっかり棲み分けているようにも見える。
そう言えば、やり直し前は、あの階段からあられもない姿でチヨが眠そうに降りてきたのがチヨとのファーストコンタクトだったと冬は思い出し、目の前の女性の姿を思い出して恥ずかしくなって目を反らしてしまい、チヨに疑問符を出されてしまった。
部屋の景観とはまた別に、前回は武器を分解されて土下座後に紹介されたことだったと、全然前とは違う紹介の仕方に、もしかして糸の射出装置を壊される以前と同じ行動をしないとダメだったのではないかと不安になる。
ともすると、冬の武器は必ず壊れる運命ともなってしまう。
流石に遠慮したいが、同じ行動をしなければならないと言うのなら、壊された後に姫の御主人様である水原凪の妹、水原ナオによって二分とかからず直してもらえると考えたら、同じように壊してもらったほうがよかったのかもしれないと思い、自分もやり直す前と同じことができなていなかったことに、人のことをいえないなと自虐的に笑ってしまう。
「ああ、あなたが、『焔帝』と謳われた後継者ですか。ここ最近台頭してきたと聞いていましたが。確か……『弁天華』と呼ばれているとか」
「でへへ。照れますなぁ……」
「名前負けしているようにも見えますね」
「ひどっ! メイドさん、酷すぎやしませんかね、かね!?」
そんなやり取りもあったと思いつつ、ちらりと姫を見ると、姫は外を警戒するように扉を見つめていた。
冬の視線に気づいたのか、ふっと鼻で笑うような、先ほど警戒されていたことがまるで嘘のような慈しみの視線でちらりと冬を見てはまた視線を外へと。
そうですか。……この時点で、すでにこの家は囲まれていたんですね。
冬は思い出す。
この後、この家はこの家は、殺し屋達に囲まれてもうすぐ強襲されるということを。
実際は強襲されたのではなく、直前で標的である冬が外へと出たため、殺し屋達からこの家を護ることはできていた。
そこでまた彼――脅威度Bランクの殺し屋、『血祭り』構成員、不変絆にも会うのかと思うと、今度はしっかりと型式で対抗しようとも思う。
殺気を当てられ、型式で翻弄されて圧倒的な力の差を見せ付けられて敗北し、春に助けられたあの時を思い出すと、ぶるりと体が震える。
少しずつずれているような気もするこのやり直し。
もし戦うことになったとしても、勝てるのだろうかと不安が過ぎる。
型式は覚えた。覚えて実際に使っているかと言われると使ってはいない。向こうは冬と出会ったあの時点で自由に扱っていた。
ここで再会したときは殺気に耐えることができたが、実際に型式同士をぶつけあって戦ったわけでもなく、そもそも冬は型式同士の戦いを経験していない。
型式は常に防御のために、精神支配や相手の型式から無防備な自分を護るためにしか使っていないことに気づき、今も昔もさほど自分の強さは変わっていないのではないかと愕然としてしまう。
変わるため、変えるためにやり直しているのだから、昔のことを考えるのではなく、今を考えるべきだと、弱気になっている自分を奮い立たせる。
このまま前回と同じように躍り出ることで絆と出会うことは必然ともなるが、避けることはせず、同じように行動しようと思い、今の状況を再度確認する。
前回は糸の射出装置を壊されて意気消沈していたことと、許可証剥奪が尾を引いていたこともあり、樹と姫が気づいて動き出してから冬も気づいていたが、今回はより早く気づくこともできた。
今なら周りの殺し屋達は集結しきっていないのではないだろうか等も考えてみるが、ここで殺し屋達を殲滅することは、以前も恐らくは可能だった。
ここには、『縛の主』と友好関係を持つ、本来の力を隠している千古樹と、圧倒的力を持つB級許可証所持者の水原姫がいるのだから。
そこに、許可証がなく人を殺せば殺し屋へと身を落とす事になるであろう冬もいる。あの頃よりは成長していれば、相手を無効化することが可能であろう『布』という武器もある。
だが、そうしたことで、問題がもう一つ発生することも確かであった。
『焔の主』。
裏手で出会い、そして見逃してくれた存在。
それが、いざ殺し屋達と戦うと選択した時にどう出てくるのか。
敵となるのか、味方となるのか。
戦いとなった時に、この場には一般人とも言える、チヨがいる。
思い出してみると、チヨと樹は、『焔の主』のことを知っているようでもあった。
冬がいくら考えても、『主』の名を冠する巨大な敵と殺し屋達と戦いながら、弓と協力して戦ったとしても、勝てるとは思えなかった。
「樹君、水原さん」
外にいる殺し屋達から逃げるという選択。
以前と同じと考えるのであれば、恐らくはもうすぐここに、冬の型式の師匠であり、瑠璃の実兄である、A級殺人許可証所持者『紅蓮』、青柳弓が助けに来てくれる。
そして、この家の背後に迫る『主』に一瞬足止めされはするも、裏手から逃げて冬達は表世界へと向かう。
そこで、皆とまた出会うことができるはず。
冬は、少しずつ自分がどこで動くべきか、理解してきていた。
あの時、あの瞬間。
その瞬間に動くことが、全てを変えることができるはず。と。
今でも十分動いてもいい時でもある。だが、それにはやはり、重要なピースが一つ欠けていると冬は思った。




