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第254話:樹とチヨ 2

「ぐへへ。その糸って武器はどこにあるんですかね~? でゅふふっ」


 わきわきと両手を動かす巫女装束姿のチヨ。

 衣装とその行動が、妙にミスマッチして冬は苦笑いしてしまう。


 ああ、なるほど。と。

 やり直したことで、あの時どうしてスムーズに自分の武器を取られて解体されたのかも、何となく理解できてしまった。


 なぜ樹がここに来るように誘っていたのか。

 それは、チヨに珍しい武器を見せるためなのだと。

 恐らくは、近々見せる、とか、そのようなことを約束していたのではないか、と。


 だけども、見せた結果壊されてしまうのは溜まったもんじゃない。


「いえ、勘弁してください……流石に許可証剥奪された直後に武器壊されたら立ち直れませんよ僕は……絶対壊しますよね。だってさっきバラすって言ってましたし」

「壊すこと前提になってるけど、いっくん、あたいのことどう説明してたのかな、かなっ!?」

「いや、説明も何も。お前と冬は初対面だろ。俺がお前のことを外で言いふらすと思うか? ない乳とでも説明したほうがいいか?」

「あ、そうかっ。……いやいや、でも、だったらなんでいきなり初対面でこんな扱い!? バラすなんていってないし、胸だってあんたの顔挟むくらいあるわっ!」

「いや、お前はいつもそんな扱いじゃないか? 後バラすって、言ってたぞ。心の声がダダ漏れだ」

「あたいの心の声よりない乳について訂正してくれないかな、かなっ!?」


 仲いいですね。


 思わず、そう思ってしまう。

 以前の樹宅で武器を壊された時も、このように気兼ねない会話を二人でしていたような気がして懐かしい。


 冬もまた、武器を壊されたことも今となってはいい思い出であった。流石に二度目は断固拒否する気ではあるが。


「まあ、解体バラすのは後にして」

「いっくんもあたいが壊すこと前提になってないかなっ! かな!」

「お前が壊さないほうが珍しいだろ」


 ぐりっと、首がもげるんじゃないかと思うほどに頭を掴んで無理やり背後を向かせようとする樹の動きにつられて、チヨもまたくるりと方向転換。


「ついてこい。茶くらいは出す。少しはゆっくりしていけ」

「おーけぃ、あたいが用意してあげようじゃないか。ぐへへ、腕が鳴りますな、旦那」

「……とびっきりのお茶、期待をしておこう。ただ、大体俺が出していた気がするんだがな。珍しいお前の淹れたお茶というものを、思う存分堪能させてもらおう」


 そのまま頭を掴まれては、一緒に自宅へと連れて行かれるチヨ。二人のうちのその片方から扉が閉まる直前に「しまった! 自分でハードルあげちゃったかな、かな!?」とうっすらと聞こえてきたが、「黙れ、ない乳」とも聞こえてきて二人が中睦まじすぎて眩しく思う。


 この二人の関係性は変わらないようで嬉しく思いながら、冬も二人へ続こうと歩き出そうとしたところで、


「冬。あなた先程から――」


 背後に、気配を感じた。


 殺気とも思えるその視線。

 後ろには冬が信用する女性。姫しかないはず。実際、かけられたその声は、姫の声だ。


 姫から殺気を当てられている。ありえない。

 だけど、何か姫にとって不都合なことをしてしまったのではないかと冬は焦りを感じた。


 ……いえ!? むしろ殺気を当てられたことなら何度かありませんか!?


 少し躊躇し、考えてみる。

 自分がなぜ殺気を当てられてありえないとか思っているのか、冬は自分が信じられなかった。

 以前、森林公園で殺されるかと思った出来事を思い出せば。作り上げた必殺技に不名誉な名付けをつけられていたトラウマもののあの時を思い出せば、そんなことを思うこと自体おかしいと思う。


 とはいえ、「今は」、という意味では、その殺気を当てられる理由はないと思った。


 冬は、振り向こうと―― 



 ――いや、振り向くよりも先に。

 冬達を歓迎しようと家の中へと消えていく二人が見えなくなったところで、姫が冬の肩に手を乗せて耳元で唐突に囁いた。


「――まるで、驚いていませんね」

「っ!?」


 くすりと、耳元でぞくりとする言葉を残し、ゆっくりと樹の家に入ることを遮るように冬の前へと移動する姫。

 いつも見せる妖艶な笑みを浮かべて自分を見つめ、繰り返す前にエレベーター内で教えてもらった、コンス立ちという立ち姿で姿勢正しいその姿は、冬の知る姫とはまた違った姿であった。


 どこか――


「自身の許可証も剥奪されていることに驚きもそれほどなく。まるであたかも知っていたかのよう。ここに至るまでも。私と『戦乙女ヴァルキリー』が戦っていたときも、戦闘とは必ずしも初めてそこで起きることである事象であるのに、そこで戦いが始まり、そしてその戦いがどうなるか、それさえも分かっていたように見えますね」


 ――冬に、警戒するように。



「そして。今です。先程、万代さんから、裏世界全土であなたが指名手配されていることを知った。なのに、何も反応しない」

「……水原さん……」


 演技をしていた。

 していたつもりだった。


 付け焼刃のようなその演技が、通じる相手なわけではない。


 言ってしまう?

 ここで。


 ここが、僕のポイント?


 ここには、恐らく事情を理解してくれる樹君がいる。

 恐らくは、樹君の協力者である万代さんもいる。


 二人に今の僕の状態を話して、そして、ひめ姉にも状況を説明できる。

 そうしたら、きっと、犠牲になった皆も救える……?


「……正直に言いますと、色んなことが起きすぎて、現実味が感じられていないというべきか……僕は、どうしたらいいのでしょうか、とか……」


 口から咄嗟に出た言葉。

 それは、冬の本心でもある。

 だけども、姫への質問への回答としては苦しく、また、冬のこれからを決める言葉としても、曖昧であった。


「……まあ、いいでしょう」


 姫はくるりと踵を返して、樹達が消えた玄関の扉に手をかける。


「もう少し、自分に素直になったほうが、利口ですよ、冬。後、隠し事があるならもう少し気づかれないようにしなさい」


 がちゃりと閉まった玄関扉。


「そうですよね……すいません。ひめ姉……」


 誰もいなくなって、誰にも聞かれない一人になったその場所で。


 冬は、ぼそりと。

 いまだそう呼ぶことのできない、慣れきってしまった姫への呼び名を、呟く。










 冬は、まだ辿り着けてはいない。

 だけども、少しずつ、その場へと近づいていることを冬は確信する。


 やり直しているはずの樹とチヨ。冬がやり直しに成功したことに知らない二人と、やり直していることを二人に伝えられない冬。

 そして、やり直すべきだったもう一人が、まだ。



 ここに、いないから――



 冬は、自分の掌に残っていたそれを。今はポケットの中にいれて大事に壊れないようにしている、それを。


 ぎゅっと握り締めた。

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