第243話:Route End『千古 樹』
「――ぅ……」
ずきずきと体に感じた痛みに、俺は覚醒した。
ぼーと空を眺めるように、目の前の景色をただただ見つめる。
目の前に広がる景色は、瓦礫。
大きく拡張された天井は、遠くの空からぱらぱらと小さな破片を撒き散らし、今も辺りを揺るがしている。
いつかその天井も落ちてくるのかと思ったものの、体は痛くて動いてくれない。
ここは、『苗床のゆりかご』。
先ほどまで俺がいたと思われる部屋だ。
夢筒縛と枢機卿の戦いによって壁がなくなってはいたものの、天井までこのように吹き抜けのように壊れているようなことはなかった。
しばらくの間ではあるとは思うが、記憶にある光景と今の惨状に、意識を失っていたと再認識すると共に、それほど時間が経っていないのではないかとも、辺りに静かに響く鈍い轟音から少しずつ理解できてきた。
<――大丈夫?>
俺の体に纏わりつく青白い液体から、声が聞こえた。
「……ああ、なんとか、な」
その液体が俺を癒してくれているから今こうやって意識を取り戻したのだろう。
なにがあった?
ただそれだけが頭の中を支配する。
なぜ俺は意識を失っていた?
なぜ俺は水無月スズに囲まれている?
なぜ俺は、致命傷を負っている。
少しずつ、必死に思い出そうとする。
だが、なにが起きたのか、ただあの時世界が揺れたと感じた後からまったく記憶がないことから、俺はその瞬間から意識がなかったのだろうと思うと、考えるのも無駄のようにも思えた。
「お前は、この状況が、分かるのか……?」
俺を包み込んで護ってくれている水無月スズに語りかける。
冬ではないことはとても嫌ではないだろうかと、冬にも申し訳ないし、水無月スズにも申し訳なさを感じた。
<分からない。分からないけど、千古君が瀕死だったから、治さなきゃって>
「……助かる」
こんな状況になってまでも俺はやり直しできないのだから、どうやら本格的に俺はやり直しの輪から弾き出されたのだと思った。
こうなるともう、チヨにも会えないし、謝罪することもできない。
さっき、腹をくくったと思っていた。
でも、やはり……チヨに会えないと理解するのが、辛かったのかもしれない。
俺が先程まで抱きしめていたはずのチヨを探してみるが傍にはいなかった。
もう一度チヨの顔を見たかったと思ったが、それも叶わないようだ。
ずぅんっと音がする。拡張されて、遥か遠くに見える天井が落ちてくるのではないかと思える程に、この部屋は音が鳴る度にぐらぐらと揺れる。
誰かが戦っている。
恐らくは、『縛の主』夢筒縛と《《誰か》》、なのだろう。
俺達の仲間ではないことは確かだと思う。
流石に、女狐が戻ってきて夢筒縛と戦うなんてこともないはず。女狐は異変を感じて地上へと上がって、そこで何かしらと戦っているから。
だが、その何かしらが女狐を倒し、そして今夢筒縛とも戦っているのだとしたら。
それは意識を失う直前に夢筒縛から聞いた、アレに関係しているのではないだろうか。
ずぅんっと、今度は遠くで音がして、静かになった。
だけどもまだ戦いは続いているのだろう。
「……冬」
なぜこんなことになったのかは分からない。
分からないが、少なからず、冬だけでもやり直しの先へ向かえていたなら、と願うだけだ。
<千古君?……せん――――、――っ!>
うつらうつらと、眠気が襲ってきた。
近かった水無月スズの声が、次第に遠くなっていく。
ああ、そうか。
いくら水無月スズが癒してくれていたとしても、俺は助からないほどの致命傷だったのだろう。
このまま、俺は死んでいくのかと思うと、長い、長い人生だったと思った。
実年齢そのものはそこまで長いというわけでもない。だけども、やり直した数を数えれば、そのやり直した刻の濃厚さを考えれば、あまりにも長いように感じてしまう。
それだけ、このやり直しに疲れていたのかもしれない。
でも、そのやり直しもどうやら終わるようだ。
裏切られた。
もしかしたら冬は、俺からやり直しの力を奪うためだけに接触してわざと残留思念だと嘯いて俺の型式に触れる機会を狙っていたのかもしれない。それをこのタイミングで実行に映したとかそういうことなのかもしれないが、それならそれで天晴れである。
思う存分に騙された。笑えるほどにな。
だからといって、恨む気もない。
むしろ今までのやり直しで俺がやらかしたことを考えれば恨まれても仕方がない。
そして、そのやり直しは、冬が今後行うこととなるのだろう。
なら、後は任せるしかない。
これで。
チヨも、瑠璃も、松も……。枢機卿も。
最悪な事態は、冬がきっとなんとかしてくれるだろう。
……願わくば。
チヨが。
冬のやり直した先で、無事でいてくれることを、願うばかりだ――。
「おつかれさま~」
ひらひらと。
白い世界で、狐面の巫女装束がいつものアンティークな丸机に、これまたアンティークな椅子に座って本のページを捲りながら俺に手を振っている光景が俺の視界に映った気がした。
お疲れ様。
そういう意味では確かにお疲れ様なのかもしれない。
心残りの一つを思い出した。
お前の巫女装束を、チヨに着させられなかったこと。
似たようなものは着させたが、結局こいつの巫女装束の再現が出来なかった。時々訪れて一瞬ですべてのディテールを覚えろというのも無理な話であったからな。
これはかなり手痛い心残りだな、と思った。
お前にも世話になった。
色んな意味で、な。
そう心の中でお礼を言うと、嫌な気配でも感じたのか、ぞくぞくっと体を震わせてお面の向こう側で嫌そうな、気持ち悪そうな表情を浮かべていそうな狐面の姿を見ることができた。
お前については、名前さえも分からなければ何者なのかもわからないままだった。だけど、チヨと俺をやり直す度に見守ってくれていたのは会話の端々から理解はできていた。
だから、感謝している。
でも。
その余裕のある姿を崩してみたいと思っていたのは確かでもある。
だから。
してやったり。
後は、任せたぞ。
冬。
チヨに。
もう一度、会って。
会って、また、一緒に。
チヨの傍に、いたかった、な。




