第239話:やり直す決意
「よっと。……条件の改変に成功したよ。後、成功体君の為に拡張もする予定。更に自由に出来るようになるはずだから、使うといいよ」
「……元の型式は――」
「あーもう。分かってる、消してないよ」
なんの確認だったのかは分からないものの、樹君は満足そうに頷く。
もっと他の型式にも使われているだろうから、さっき話にあった、万代さんに着せるためのコスプレを作る能力のために確認したわけではないと思いたい。
「……? いや、待て。それであれば、冬や許可証を持っていけないんじゃないか?」
「ああ、勘違いしないで。型式に捧げた条件は今も有効だし永続だ。だから僕達はもう記憶を思い出すことはない。変えたのは、やり直した時の、条件だよ」
「それは……」
「人や物を、限定的に持ち込むことができるってことかな。君に触れている相手とともにやり直すことができるように作り変えた。流石に何度も何人もってのは難しそうだったから限定した。そう何度もできるとは思わないで」
型式の能力改変作業は、本来は自分が調整するものだから、今回のように球体を出して行うような話ではないそうで。
あくまで、あまりにも膨大な誓約による力の塊が現出したという極めて珍しいケースだから、所有者の一人ともなる僕である彼が改変できただけだと脳内で彼から解説があった。
だとしたら、普段の改変作業は今のようにゲームみたいに見て変えるわけじゃないことは残念にも思えた。
でも。そんなご都合的とも言える、やり直しという反則技もできるようになる型式が恐ろしくなる。
見えなくて、どこまで作用できる力なのかわからないとしても。いや、見えなくてどこまで自由に創造できる力だから、恐ろしいのかもしれない。
<……上位に至る条件を獲得できていないにも関わらず、世界樹へと向かおうとする可愛いひよっ子だとは、私はあなたを理解しています>
そんな力を持たずに、僕は裏世界で生きてきて、そして、型式を使うであろう上位の殺し屋達と戦おうとして強さを見せつけて僕に教えてくれたひめ姉の気持ちがよく分かった。
確かに。
ひよっこ、ですね。
「さて、と。僕のこの残留思念も組み込んだからより凄いことが出来るようになってるはずだ。後は任せるよ?」
僕が光の塊を樹君の胸元に押し込むと、球体は自然に体内へと入り込んでいく。
それと共に、僕の体からも何かが抜け出ていく感触を感じた。
「まさか……さっきの――」
僕が感じた想いは、そのまま口から外へ。
先程までできなかったことが急に出来て狼狽えてしまうけども、元々それが正しいのだからすぐに口に出して会話ができるという当たり前へと戻る。
ただ、口からでたその疑問は、それはやっぱりという気持ちを更に思い起こさせる言葉だった。
「……冬?」
「そんな……でも、確かにさっき……」
唐突に彼が言った「組み込んだ」という内容は、樹君の体に入った球体と共に入り込んだという事になる。あまりにも急すぎて理解が追いつくのに時間がかかってしまった。
「……ああ。そう言うことか。さっきから様子がおかしかったのは、昔の記憶を持った冬、だったのか……」
樹君は球体が入っていった胸元を撫でながら、僕の残留思念の正体をすぐに信じてくれた。
「樹君は、さっきの話、信じますか……?」
「……信じる」
「なぜ……? どうしてですか」
突拍子もない話。
なのに、なぜ、そうまで信じてくれるのか、友達、仲間とは言え、そこまで長い交流もあるわけでもない。
「お前が記憶をなくしていたのは知らないが、俺は思い当たる節がある。それに、お前が、いくら残留思念とはいえ、信じてくれたのはお前のほうが先だろう」
「僕が、先に……」
「いえ。……やり直すことができるのであれば、今はそれに賭けます」
僕は、自分の意志で今の想いを伝え直す。
残留思念の彼が言っていたことは、失った記憶の中の僕の想いでもあり、今の僕の想いでもある。
それは確かだと、そして決意として、言葉に表したかった。
「それに。お前は俺とそこまで交流がないと思っているかもしれないが、俺は……」
「……? あ。やり直しているから……」
樹君は頬をぽりっと掻いて気まずそうに僕とは反対側を向いた。
「……僕の知らない僕を、色々見てきているんですね」
「ほとんどはお前と敵対して、殺し合ってるけど、な。何度も繰り返しては何度もどうしたらいいのか試行錯誤して、今に至った」
残留思念の彼ではないけども、どれだけやり直したのだろうかと、樹君のことが心配になる。
「……俺も、必死だった。チヨを助けるために動き続けて、おまけに夢筒縛から世界を救うために動けとか、短い間にどれだけできるのかと、何度も繰り返した。仲間になりたくても、俺がやり直すポイントからチヨを救うほぼ決まった動きをして自由に動ける頃には世界樹陣営だからな。そこから信頼を勝ち取るなんて難しい。スパイみたいなことをして少しずつリークしても、結局やり直せば最初からだ」
いくら頑張っても、その結果は伴わず、やり直しの一定のポイントへ。
「時間が、なかった。最初から詰んでいたからな。そこから巻き返すために状況・情勢を知ることからはじまる。一人の短い時間ではなにもかもが限界だった。だからやり直し続けた。……とある事情で、チヨが傍にいてくれなかったら、きっとここまでくることなんかなかった」
そんな繰り返しは、僕ならすぐに心を折ってしまいそうです。
「だから、お前が、こんな状況に陥った時に、いや、これ以上に酷い状態だったことも見て、助けなかったこともある」
まるで懺悔のような辛そうな声に、
「僕が知らない今なんですから、恨むことなんてありませんよ」
言葉を返して、律儀な樹君に笑いかけると、樹君は驚き言葉を止めた。
「それに、今は助けに来てくれているじゃないですか。だから、ありがとうございます」
「……そう言ってくれると、助かる」
樹君も、僕に笑顔を返してくれる。
そのやり直しの中には、僕やスズ、万代さんだって殺したりしたこともあるのだと思う。
だけど、それは僕は知らないし、何度もチャレンジした結果であれば起こり得るのは分かるし、今の僕が知らないのだから蟠りなんてあるはずがない。
「やり直せる。それができるなら、それを複数人で行えるなら――」
僕達は目的のために共通の記憶を捧げてまで今に至っているのだから、これからをどうするのかを、考えていくべきだと思う。
それが、過去の僕の考えで、こうならないように託された、今の僕がするべきことなんだと、再認識した。
「……やはり、どれだけやり直しても、同じことを言うんだな」
やり直しの中での僕が同じことを言っていたようで懐かしげに、悲しげに、感情をどう表現したらいいか分からないような表情を浮かべる樹君に、
「行きましょう。やり直しの先へ」
決意を、伝える。
<冬……>
背後から聞こえたスズの声。
その声に、簡単に心が揺らいだ。




