第237話:未知の先<フォールダウン>
「僕は、『B』室。ブーステッドマン」
僕の体を使う彼が名乗る。
ついに彼の招待が分かる。
この、自分の体を使われている理由や状況も分かるのではないかと――
「遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体・身体複合型被験体丙種・通称――」
「――『冬』だ」
……
…………
………………
いえ、知ってますよそれ。
と、ぼそっと頭の中で言ってみると<そりゃそうでしょ>と笑うような声が脳裏に響いた。
「……どう見ても、冬以外、ありえないと思うのだが……?」
樹君がまるで僕の心を代弁するかのように呆れたため息をついて突っ込んでくれた。
「へ~? ほんとに?」
「……少なからず」
ずぅんっと、先ほどからの揺れがより大きくなり、天井からぱらぱらと落ちる埃や欠片が多くなった気がする。
「少なからず、俺が知っている冬とは違う気もするが」
「それは残念。僕のほうが付き合い長いはずなんだけどね」
僕は「たかが君の知っている冬は数年でしょ」とぼそりと呟き悲しそうな表情を一瞬浮かべた僕である彼を見逃さない。
彼の言っていることは今の状況を打開するためには必要だと感じたから。
<必要じゃないけどね>
そう思った矢先にツッコミを入れる残留思念の彼。
僕の思い至ったこの思いを返してほしい。
「……で、どうするんだい? ここから逃げ出すのかい?」
「いや、ここでお前を説得する」
「へぇ?」
「お前は信じられないかもしれないが、俺は――」
「――時間を、やり直している」
樹君が言うより先に僕の口が紡いだのは、突拍子もないことだった。
「……」
「でしょ?」
そんなわけがないでしょう!
思わず叫んでみたけど、その声は周りに聞こえるわけでもない。
「なぜ、知っている……?」
「知ってるさ」
樹君の返しに、思わず息を止めてしまう。
その返しは、肯定だから。
時間をやり直しているという突拍子もない発言へ、樹君が繰り返していることを暴露した。
え? そんなことが本当にできるのですか?
どうやって? 型式で?
僕である彼に回答を求めた。
でも、こういうときは脳内で回答してくれない。
「僕と、君が。創ったんじゃないか、その型式――」
「『未知の先』」
残留思念の僕が樹君の胸元に触れて型式の名を紡ぐ。
紡いだ瞬間、ぽわっと温かい光が現れて薄暗い部屋を照らして丸い球体が樹君の胸元から溢れ出した。
中心の大きな丸い球体に手を突っ込むと残留思念の彼は不思議そうな表情を浮かべる。
「……成功体君。どうしてデフォルトのままなのかな? 誓約はこのままでいいとしても、条件はなんで変えなかったの?」
「……分からなかった」
「……いっくん……まさか……」
樹君の回答に、誰より驚きの表情を浮かべたのは、樹君の隣に寄り添うように立つ万代さん。
そういえば彼女はどうしてここにいるのだろうかと、ここにいる誰より疑問に思うのだけれど、それは僕だけのようなので少し寂しい。
「どうやってシグマさん連れて行くのかと思ってたんだけど、なんも考えてなかったのかな、かな!? その型式っちゅうの、弄るとか言っててやってなかったのかな、かな!?」
「うるさいない乳。ここに来る間、どうやってやったらいいのか必死に試したけど、どうにもできないんだ。だからない乳は黙ってろ」
「ここであたいの胸は関係なくないかな、かなっ!? それにいっくんの顔挟めるくらいあるわーっ!」
「待った!」
二人の痴話喧嘩を止めるは、残留思念の彼。
とても真剣な顔をして、球体に触れ続けているけど、その球体がなんなのか、他人の型式が目の前で形を為していることにも驚く。
ただ一度。
殺し屋組織の『血祭り』構成員・不変絆が許可証取得の二次試験で炎を巻き上げたことは見たことはあったけど、あれは『焔』の型式だから炎を形成しているのかと思っていた。
でも、この光る球体は、どの型式にも属していない気がする。
「この型式。何か自由に物を作れるような型式としても使われているんだけど、しかも使用頻度が凄い。何に使ってたの?」
「コスプレ作り」
「……は?」
「チヨに着させるためのコスプレ作りだ」
「……なにに、使ってるの、さ……」
がくりと俯く僕である彼。
わざわざ結構な剣幕で静止させて聞いた内容が聞く話でもなかったと思っているようだけど、僕は逆に型式って凄いですね……って思ってしまう。
<型式って……不思議だね>
後ろにいたスズも、驚きのあまり声を出した。
でもその喋り方から、まだ液体のままなんだと、自分の体に戻っていないことに少し寂しく思う。
「もう、ほんとあたいもびっくり。いきなり手の中に衣服だすんだから。で、それを着させられるわけ。いっくんのお気に入りは巫女装束みたいだけど、やり直す度に目標があるみたいで精度あがっていくのも驚きだったかな、かな!」
<お気に入り? 巫女装束?……それ着てどうするの?>
「そりゃぁ……――う、うん? それは、いえないかな、かなっ!?」
<?>
万代さんがどうしてテニスウェアみたいな服装をしているのか気にはなっていたのですが、まさかコスプレのために型式を使うなんて、本当に型式って自由なんですね。
どうでもいいと思う謎が一つ解けた。
「誓約を十分与えているからいくらでも条件は変えられるんだけどなぁ……じゃあずっとこのまま一人で繰り返し続けてたのか……」
呆れを通り越したのか、考えないことにしたのか、残留思念の僕は元の話へと戻してくれる。
スズがいまだ背後で「???」と疑問符を出していることに僕も残留思念も同時に笑った。こういうところで動きが一緒なのは、やっぱり僕も彼も僕なんだなと思ってしまう。
「すっごい非効率じゃないか。君、何回やり直して――あー。聞きたくない聞きたくない。聞いたら絶対呆れちゃうから」
「数えてない」
「……うん。……それだけ繰り返してるってことだね。まず、型式の条件変更をどうしたらいいのか、そこから説明すべきなのかな。成功体君」
それは僕も知りたい。
型式がこんな使い方ができるなんて思ってもいなかった。
型式はイメージ――想像の力であり、創造できる力なんだと行き着いた。
時間さえもやり直すことが出来るというのなら、もっと使い道がある。自由な式の力。そういわれていた意味がよく分かってきた。
確かに、このような力を使いこなす頂点が、それぞれの『主』なのであれば、僕が考え付いた型式なんてふざけているといわれても仕方がないと思った。
『縛の主』だけに限らず、型式を使い慣れた殺し屋達にも到底太刀打ちできないほどに自分が弱いことにも気づいて、そんな自分が『縛の主』に一矢報いることができればなんて思っていたのかと恥ずかしくもなる。
「やったことがないからな。わからん。だが、急がないとまずい。外が――」
「――誓約は、弄らなくていい。僕と君の記憶を捧げているから、それ以上の誓約は必要ないからね。僕が弄ろう。ほとんど変わらずに条件だけを変える方向で進めるよ」
残留思念の彼は、自分達で創った型式『未知の先』を構築する何かに、記憶を使ったとさらっと言った。
それはさらりという事ではないと思うけども、それであれば、自分が記憶を失っている理由にも納得できて、樹君も記憶をなくしているということになる。
今回のようなことを防ぐために、保険として僕が残留思念を残していたと考えると、昔の僕、よくやったと褒めてやりたくもなった。
<じゃあ褒めていいんだよ。まさか成功体が僕と同じように保険をかけていなかったことに驚いたよ。何やってるのかと思ったらコスプレ作りに使ってるんだよ?>
脳裏に響く彼の声は、面白そうに笑っていた。
なんだかんだでツボだったのかなと思う。
「記憶を……」
「残留思念の僕がいなかったら、ここまで来てそのまままたやり直すところだったんじゃないか。ほんとちょっと抜けてるところは相変わらずだ」
体を動かす彼は樹君と話すときはとにかく嬉しそうに面白そうで。でも、そんな彼は残留思念だから消えてなくなるのかと思うと、自分ではあるのに悲しくなった。




