第231話:最後の協力者
「この先に行けばもう一人協力者がいる」
俺は枢機卿と女狐を、『B』室の研究施設の先にある裏口の通路へと誘導する。
その先を進むと、大きなドーム型の部屋があるのだが、そこへ案内しようとしたときに枢機卿が酷く怒りを露にした。
『私は、なぜもう一度同じ場所へと向かわされているのですか』
ごもっともだ。
数時間前に俺達はここにいた。
『まさかと思いますが。あの時のように、部屋の床をなくして、冬と同じように落とすのですか。その協力者共々』
嫌味が入った睨みに、苦笑いしか浮かべられない……。
枢機卿からしても、冬を夢筒縛のいる最奥への最短ルートへ叩き落とした後、俺に連れられて地上へと上がっているのだから、同じところを往復しているようなものなのだから何の意味があったのかと思わずにはいられないだろう。
「大樹。その援軍は、戦力になるのですか?」
「いやならん」
「……何の意味が?」
女狐が俺の即答に呆れている。
いや、なるわけがないのだから仕方ない。
これから会う相手は、本当に俺が夢筒縛と道中会ってしまった時の為だけの保険なのだから。それは相手もよく分かっている。
だから先にこの施設で待ってもらっているのだが、あいつ程ここでの潜伏してもらうのに安全なやつはいない。
夢筒縛も知っている相手だから、殺し屋組織達もおいそれと手を出せるわけもないし、世界樹を俺と同じく自由に行き来していいと許可ももらっているのだから。
「……まあ、いいでしょう。貴方がやりたいようにすればいいだけですから」
女狐はそう言うと、俺に四角いカードを手渡してきた。
それは女狐の許可証だ。
「ここで私はお別れします」
「な……」
「ああ、貴方のやり方に愛想が尽きたとかそういう話ではありませんよ。流石に私も、今の状況でやり直せるのならやり直したほうがいいとは思っていますから。ですので、貴方を支援するためにここで別れるのですよ」
『何かあったのですか?』
「ええ。……地上から不確定要素が来るのは避けたいでしょう? ですので私が足止めをしてきます」
地上には俺達が出せる最大の人数を置いてきている。『紅蓮』もいれば、呆けているとはいえ『戦乙女』だっている。それらに匹敵する『月読の失敗作』達もいる。それなのに、何かが起きたというのは、俺には信じられなかった。
更に戦力を減らしてでも止めなければならない敵?
今のこの状況に支障をきたす?
「ああ、そういえば。大樹」
「な、なんだ……?」
俺の計画がどんどんと崩れていく。
元々細い綱の上を歩いているかのように神経を研ぎ澄まして方向修正を行っていたやり直しの時間軸だ。
それが少しずつ狂い出している気がした。
冬や女狐以外にも不確定要素がいる。
そう思えてならない。
「冬がもしやり直しに付いて行けたなら。いの一番に枢機卿に私の許可証を読み込ませて確認しなさいと伝えておいてください」
女狐はそういうと、「では、ご武運を」と綺麗なカーテシーを見せて、元来た道を戻っていく。
「……枢機卿、言っている意味は分かったか?」
『分かりませんが、貴方がやり直した時に伝えればよろしいだけでは?』
女狐が何を言いたいのかはわからないものの、それが冬、またはやり直しの機転となるのであれば覚えておこうと思う。
いまだ俺に辛く当たってくる枢機卿と、二人、気まずい雰囲気のまま、俺は研究施設の裏道とも言える細い通路を進んでいく。
二人して無言のまま。
俺達は、俺が冬を陥れた、耐火性能をチェックする為の部屋であるドーム型の部屋へと辿り着いた。
その中央に一人。
俺たちの仲間の一人が、ど真ん中に立って俺達を待っていた。
『……大樹』
「なんだ」
『まさかと思いますが、彼女が、もう一人の協力者、ですか?』
「……そうだ」
枢機卿がため息混じりに呆れてしまう。
まあ、そりゃそうだよな。
どう考えても、戦力にはならないからな。
「やぁやぁいっくん、すうさん! やぁっと辿り着いたね! あたいはここで待ちくたびれたって言えばいいのかな、かなっ!」
「じゃあ待ちくたびれたって言っておけ」
「じゃあ、待ちくたびれたから何かちょうだい!…… あ、いつものコスプレ的なものはいらないかな、かなっ!」
「ない。ないし、今ここで出して着替えられるのかお前」
「……出せるのかな、かな?」
「まだ、出せるが」
「流石にここで着替えるのはどうかと思うかな、かなっ」
チヨ。
俺の唯一のやり直しの追従者である、万代チヨだ。
ちなみに。「今日はテニスでも」とか言っていそうな服装なんだが、まあ、俺の目の保養になっているからそこは良しとしよう。
『貴方は……この局面で、何が、できるのでしょうか?』
「ぐふふ。あたいが出来ることって言ったら、いっくんの今の問題点をよく知ってるってることから、いっくんの視界をこの胸で塞いで不慮の事故で飛ばないようにすることと、肉壁くらいしかないんじゃないかな、かなっ!」
……勘弁してくれ。
お前を殺されたくないから必死に戦ったりしているのに、なんで俺の壁になること前提なのかと。
あれ? いや、まあ……確かに。
考えてみれば、それはそれで合っているのか。
もし俺が、夢筒縛に出会ってしまって、そこで戦いになってしまったりした場合、俺はすぐに冬の元へいかなければならない。
それこそ枢機卿も連れて行かなければならないのだから、女狐がいなくなった今はチヨに頼るしかない。
間違いなく、チヨは秒で夢筒縛に殺されるだろう。
だが、その秒があれば、逃げることも出来るかもしれない。最悪、その秒で冬を諦めて枢機卿をやり直しの道連れにすれば一つの目標は達成できる。
状況によっては、そういうシーンも起こり得るとは思うのだが……。
あまり、いてもいなくても……
あれ……俺、早まったか……?
いやいや。
チヨがいれば俺は数分でもやり直しの型式を耐えることができる。
だからきっと、早まってはいないはずだ。きっとチヨは壁以外でも役に立ってくれるはずだ。
『……胸?』
「そう、胸! いっくんは毎回あたいの胸を使って飛ばないようにしてたりっ! ぐふふ」
『……大樹?』
「言うな……俺にはそういう趣味的なものはないぞ……」
枢機卿の軽蔑の視線が痛い。
俺も好き好んで胸に顔を毎回埋めているわけではないと弁護したいが、チヨがさせてくれない。
「ふっふー。あたいはいっくんのために頑張る所存――」
「ええぃ……黙れ、ない乳」
かこーんと、いい音が響くほどに、俺はチヨの頭に拳骨を叩きつけると、「ぐえっ」とあまり出してはいけないような声でチヨが鳴いた。
女狐が抜けて、チヨが代わりに合流したが……
『……仲の良いことで』
「いったぁ……――っ!? いっくん聞いた!? すうさんがあたい達のこと仲いいって! やっぱり見てる人は見てるのかな、かなっ!」
「お前いつからすうさんって言えるくらい仲良くなってんだ……」
こいつは……やり直したら、『模倣と創造』で創った衣装着させて思う存分楽しませてもらうからなとか思わず考えてしまう。
俺はこのやり直しでチヨ専用型式を潰すつもりでいたので、この言いようのない虚脱感を何とか解消するにはそれくらいの気概がないとやっていられない。
きっと、俺は、やり直した先で、このチヨ専用型式を、取り戻してみせる。
そう心に誓っていると、
「ぐふふ。いっくん、ちょっとは緊張解けた?」
隣でにまにまと笑うチヨがそう言う。
……まあ、程々にしておいてやるか。
チヨ専用型式が戻らなくても、買えばいい。
俺はそう決断し、三人で目的の場所へと向かう。
いっくん勢最強の仲間、チヨの合流です!
な~んも役に立たないと思いきや大間違い!
肉壁にならきっとなれます!(ぇ




