第226話:『焔』を纏いて 9
この男の能力はとても厄介な能力やな。
そう思ったのは、この男――ラードと戦闘に入って直ぐ。
雫にわいが近づいたら熱そうだったから離れるように声をかけ、ラードもわいとの一対一を所望していたようやから、雫にかっこいいとこみせな思うて突っ込んでいった直後。
『隙間の合間』で深層心理に語りかけて意識を奪い、自分の言いように支配し、応用して『隙間空間』で一瞬意識を刈り取り。まるで瞬間移動したようにあらゆるところに現れるトリッキーな攻撃に、な~んもできへんわ。
ただのサンドバックやで、これ。
突っ込んでいってすぐにぼこぼこなんて、かっこわりぃにも程があるでほんま。
おかげですぐに立ち往生。
それこそ、B級殺人許可証としてもそうであるし、<殺し屋組合>の中でも上から数えたほうが早いほどに大組織である『騒華』を束ねるものであるのだから実力もそれに相応しいのだとも思う。
【――けったいな能力やで】
「……いやいやいや。弟君や『焔の主』の能力ほど変なものはないさ。というより、弟君にだけは言われたくはなかったな」
頭部が吹き飛んだ感覚を受けながら頭部を元に戻すと、先ほどまで頭だったものが地面に落ちてその場を焦がした。
そこら中にわいの体の一部だった炎が落ちて炎上してもわいの視界が悪くなるだけやから、すぐに炎を消すことも忘れない。
まだ離れてすぐであれば、体から離れた一部の炎を自在に操ることもできることを学ぶ。
【それもそやな】
言われてみれば、その通りだった。
型式を覚えて間もないわいにはそんな使い方なんて思いつきもしなかったし、これから型式を使っていこうとするなら見本にでもしたいくらいやとも思った。
でも、今はわいのほうが非常識なんやろうな。
頭を蹴り飛ばされるという行動もラードの格闘能力が凄いということの証拠ではあるのものの、そうされても何もこちらにダメージがない。
なぜなら――
【炎を蹴ったところで。何も変わらへんがな】
わいは、炎の塊だから。
炎が元の『立花松』または『久遠秋』であったものを形作っているだけだから。
逆に蹴り上げたことで相手の接触部を焼くのだから、この姿のわいを相手にする輩が可哀想なほどやで。
「まいったな……仮想『焔の主』と思って戦ってみたけども。どう戦えばいいかわからないな。『焔の主』が相手だったらと思うとぞっとする」
ラードがそう言って困惑しながらわいを貶しているが。
よう理解できてしまう。
それほどまでに圧倒的だった。
力というものの根源を垣間見る。
どれだけ物理的に強かろうが、勝てるわけがない。
それこそ、同じ存在でない限り。
そう思えるほどに、この姿になった自分が強すぎて、怖い。
だけども、この姿も残り僅かの間しかいられないと思うとほっとする。
この姿のまま生きなければならないというのは、どれだけ悲しいことなのか、そう思ってしまうから。
ちらりと雫のほうを見る。
雫だって、こんな炎の塊なんぞと四六時中一緒にいるのも嫌やろうし、熱くておかしなりそうやもんな。
……あ、雫は『流』の型で氷創り出せるからそこまでなんか???
と思ったものの、先ほど雫が創った氷槍が触れるまでもなく溶けていたことを思い出して、湿気が凄そうだなぁと、どうでもいいことを思ってしまう。
「はぁっ!」
ラードもわいに勝とうと『焔』の型を各部に纏わせてわいに攻撃を仕掛けているけども、何の意味があるんやろうと思ってしまう。
炎だから。
ただの、炎に、いくら物理的な攻撃を仕掛けても、何の意味もない。
それこそ、放水とかしてその炎の元を鎮火させればいいかもしれない。でも、わいを消せるほどの水なんて出せるんかいな。
一応わいもこの姿になってから意外と弱点ありそうやとか思ってはいたけども。たかが水ごときでわいの命を燃やして出来た炎を消し飛ばすことなんかできるんかいな。
もし出来るんやったら、わいの命ってめっちゃやっすぅないか。
そんなことを。
ラードの渾身の一撃一撃を受けながら、考え事をする。
そんなことができる余裕があるほどに。
『焔』の型で強化された拳や脚部は、的確に急所や行動不能にするための手足を削ぎ落とすように振るわれる。
速さも申し分ない。
いやむしろ、その速さが時には目で追いきれないことから、『焔』の型だけでなく『疾』の型も複合しているのだろう。
明らかに、自分より格上の存在。
本来であれば、先のように手も足もでずに胸を貫かれる。が正しいほどに実力の差があるのだろうとも。
この姿になる前であればこんな余裕はなかった。
物理的な攻撃は回避するか防御するか、はたまた、受ける前にこちらから攻撃するか。
そうやって今まで戦ってきたから。誰もの当たり前のことだ。
でも、この姿にはそんなことは必要ない。
【ふぁ……わりぃ、ねむぅなってきたわ】
「っ!……ずいぶんと余裕だな」
思わず欠伸してしまうほどにラードの攻撃が温く感じてしまう。数十分前、自分の胸を突き刺されて心臓を抜き取られたことが嘘のようだと思ってしまう。
外炎にいくら攻撃したところでただ揺らめくだけ。
特にラードの攻撃が物理的――格闘メインであればより何の意味も持たない。先のように頭部を蹴り飛ばすような、まさに炎を綺麗に分離させるほどの鋭い一撃であれば切り分けることはできるだろう。
だけどそれだけ。
先の蹴りは内炎まで到達して切り裂いたからこそ頭部を飛ばしたのであって。だから何?って感じでもある。
外炎だろうが内炎だろうが、ロウソクで例えるなら芯と炎心を壊されない限り炎は消えることはないし、消えないからいくらでもまた復活させることができる。
そしてその芯と炎心は、わいそのものや。
であれば、わいは――
【余裕やろ。だってわい……炎そのものやで?】
燃え尽きることのない、炎なのだから。
自分自身が炎心となった、それ全てを一瞬で消し去らないと消えない、炎そのものなのだから。
「『隙間空間』」
目の前で会話しながらわいの体から溢れる外炎と戯れていたラードの気配が、一瞬で背後に現れたことで意識がまた刈り取られたことに気づく。
だけども、ただそれだけ。
普通であればこの型式は脅威であり恐ろしいものであるだろう。
使い方によっては知らぬうちに殺されることだってあるのだから。
だけども。
【物理ダメージ、受ける体やないねん】
意識は飛んでも、自分の体より湧き上がる外炎で蹴りが炸裂する場所はすぐに分かる。外炎も敏感に反応できる体の一部なんやから。
少しずつこの体に慣れて行く。
結局は、意識がなくなっても、外炎と内炎に意識することで我にかえったときには反応できるようになってきた。
 




