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第19話:バスの運転手


「御案内させて頂くのは私、水原姫みずはらひめでございます。そして私達を無事にお届けする運転手さんは、遠名雪えんなゆきさんです」


 まだバスガイドになったばかりの姫に紹介され、前に注意しながら横を向いて軽く会釈する運転手。


 遠名雪。それが冬の偽名だ。


 偽名を名乗る必要もないのだが、このバスに知り合いが乗っていた場合のことを考えると、せめて名前は変えるべきとの判断で偽名を名乗ったのだが、このバスには知り合い――美菜の姿はなかった。


 このバス内にいないのであれば、すでに誘拐された後なのだろうと思うと、新たに試験官となった黒装束の男の言う通りにしなければ助けられそうもないことに、乗客である彼女達と親しくなるのはよろしくなかった。


 なぜならこのバスは、襲撃されることが分かっており、彼女達は囮なのだから。


 試験官は、

 『不合格になりたいなら助けろ』とだけ言っていた。


 彼女達を囮にする。助けてはならない。

 だが、その過程はない。

 彼女達が囮になればいいだけで、誘拐された後に助けてはいけないだけであって、彼女達を無事に送り届けてはならないとは言っていない。


 襲撃自体『される』であって、されない可能性もある。今回の首謀者を暗殺することさえ出来ればいい発言だったと冬は判断していた。


 この乗客を無事送り届けると、首謀者の居場所は分からなくなるが、探して倒せばいいだけ。


「は~い。バスガイドさんと、運転手さんにしつも~ん」


 自分の目標を再確認していた冬は、その質問に思考を引き戻す。


「何歳ですか?」


 だが、聞かれた質問に、嘘をつくべきかどうか迷ってしまった。


 冬は高校生だ。

 普通免許は取得しているが、本来バスを運転出来ない年齢である。


「私は、二十歳です」

「二十歳! わかぁ~い!」

「あら、そうですか?」


 とはいえ、姫というこのバスガイドも若すぎた。

 流石にこのような状況で選ばれるには若すぎる気も。と、冬は自分を棚にあげてそう思う。


「だって、私達と四つしか違わないんですよ~?」

「それを言うなら……遠名さんの年齢を聞くと、もっと驚きますよ」


 そう思っていたことを感付かれたのか、姫に話をふられてしまう。

 ちらっと横目で見ると、姫が片目を瞑って合図していた。


 正直に言えば、


 巻き込まないで欲しかったです。


 と、冬がお茶目を気取る搭乗者を脳内で恨んでみるが伝わるわけもなく。



「……僕は、十八です」

「……じゅ……じゅうはちぃっ!?」


 バスに乗っている女生徒達が一斉に、驚きの声を上げた。

 だから言いたくなかったのに。と、やはりぱちぱちと拍手する姫を恨みたくなった。


「無免許?」

「いえ。持ってますよ。ただ、大型二種免許を取るには、普通免許を取得後、何年か経験して免許の資格を得ますね」

「やっぱり無免?」

「違います。僕の場合は特別で……言い難いことですが、皆さんを無事に送り届けることが仕事ですので……」


 と、そこまで言えば大体のことは分かると思い、冬はそこで言葉をやめ、運転に集中するため前をしっかりと見た。


 乗客は女生徒。桐生女子高の生徒達だ。


 事件があり、修学旅行を楽しむこともなく帰還させられることになった彼女達。

 誘拐された同級生の中には友達もいただろう。その友達はどこにいるのか分からない。心配だろうと思ったからこそ、あえて冬はそう言った。


「……」


 冬の言葉に、辺りが静かになる。

 今はとにかく運転に集中したい。いつどこで襲撃があるか分からない。だからこそ、静かにして欲しかったのだ。


 冬が横目で姫に合図を送ると、姫はその合図を理解し、場を盛り上げ始める。


 やがて、バス内に賑やかさが戻った。



 ……え。盛り上げてとは言ってないですよ?



 なぜ静かにしていて欲しいのに盛り上げるのかと、アイコンタクトが全く通じてなかったことに、冬は今度はしっかり声に出して言おうと思いながらバスを走らせる。



 戻って欲しくはなかったが、それでも、さっきのように不用意に自分に話しかける乗客はいなくなるはず。



「運転手さんとガイドさんに質問っ!」




 ――そう、思った自分が、馬鹿でした。




 後悔する冬であるが、バス内は先ほどの沈黙が嘘のように賑やかすぎて。


 この『姫』というバスガイドは、冬が求めるものとは違うところで優秀だった。


 本来の感情を抑えてのこの場の賑やかさだということは、言わなくてもわかる。

 空元気。

 まさにその言葉がよく合う。

 なのに、空元気な乗客を楽しませ、時には忘れさせるほどに笑わせる姫は、本当に二十歳なのかと思えるほどに、話しぶりも、人をノせるのが上手く。

 まさに鏡であった。



「はい。何でしょうか?」

「恋人はいますか?」

「え?」


 マイクを通して、辺りに姫の驚きの声が響き、沈黙が訪れる。


「ははは……うっ」


 思わず笑ってしまうと、ぎろっと、怖い目で睨まれたので運転に集中することにした。

 そう。運転しているのだ。余所見なんてしている暇はない。等と、先程の失態を隠すように真剣に前を見つめる。


「言っておきますけど、遠名さんにも質問ですよっ!」


 姫が意地悪っぽく言う。そこで、自分にも質問が来ていることを知る。


「え?……僕も?」


 ちょうど信号に引っかかっていたので、振り向き、冬は自分を指してみる。

 うんうんっと、一斉に生徒達は頷いた。

 分かってはいたものの、答えるわけにもいかない。


「……では、お先にどうぞ」


 信号が青になり、バスは進み始める。


「えっ? 私から……?」


 驚きの声を上げる姫。

 頷くと、観念をしたのか、深くため息をつく。


「……あのですね。私のことより、遠名さんに聞きたいんだと思いますよ?」


 観念したわけでもない反応が姫から返ってきて、更には耳元でひそっと話されてしまい、思わずゾクッと体が震えてしまう。

 横目で見ると、なかなかの光景が目に入り、冬は思わずじっくりと見てしまった。


 ……ものすごく色っぽい制服ですね。特にこの胸。何か妙に色っぽさを強調した制服で、それにスカートも妙にみじか――。


「ちなみに。私には《《御主人様》》がいますので興味を持ってはダメですよ?」

「……こほんっ」


 あまりにもじろじろ見すぎていたせいか、気づかれてしまったかと、咳払いで恥ずかしさを隠しながら冬は視線を前へと戻す。


 しかし、脳裏に離れない魅惑の姫に、ふと気になることがあった。


 制服の袖の中に隠されたそれは、明らかに普通の人が持ち得ないものだ。


 ……まさか。

 あれは……暗器?


「女子高ですし年齢も近いから。それに、遠名さん。可愛いですから」

「……水原さん、マイク……」


 無意識なのか、姫の持つマイクがゆっくりと魅惑の口に近づいていた。

 そうなれば勿論、先程からひそひそと話すようにしていたその声を、マイクが拾って拡散されるのは必然で。


「えっ? あっ……」


 バス内に会話が全部聞こえていた。


 姫がどんどんと赤面していく。

 わざとなのか天然なのか分かりづらい。


 だが、油断はしてはいけない気がした。


 まさか、監視されている?

 僕が囮にしないことを理解して、誘拐を阻止しようとしていることが、ばれた?

 だから、あり得ないほど若いバスガイドに扮して見張っている?


「御主人様……?」 

「……運転手さんっ! ちょっと顔を見せてよ!」

「はい?」


 辺りは急に慌ただしくなる。

 だから、興味をもってもらいたくないのに、なぜわざとのように目立たせるのかと。


「……勘弁してくださいよ」


 信号は青になり、冬ははさり気なく帽子を被り直し、バスを走らせて目的地へと向かっていく。



 二次試験は、少しずつ。

 始まりを迎えていく。

偽名って言ってますけども。永遠名の永をとって雪って名前にしてるだけなのでそこまで偽名とも思えない罠ですね。

このバスガイドさん、別作品の刻旅行を読まれていると驚きがあるかもしれませんね。

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