第213話:『雪』と『春』 3
いきなり二人の前に現れた千古樹。
彼が許可証所持者として春の前に現れたのは、一年前。新人所持者へのレクチャーと称して義弟予定の冬と、試験受講せずに所持していた樹の実力を確認するために初任務に付いていたときのこと。
春が彼を『縛の主』の子飼いだと知ったのは本人からその時聞いていた。
だが、あれはなぜあのように言ったのかは謎のままであった。
<夢筒縛に、取ってこないと家から追い出すって言われたから>
初任務のとき、なぜ自分の正体を明かしたのか。
よくよく考えてみるとおかしい物言いでもある。
許可証はすでに所持しているし、それは試験を受けずに取得しているのだから、【取ってこないと】ということもおかしければ、家から追い出すと言う言葉から、彼と『縛の主』がルームシェアしているかのようで、親密な関係であると理解できる内容だ。
『縛の主』の関係者だとしたら、彼の異質さと秘密性は十二分に理解しているはずだから、『主』が自身に繋がる要素の漏洩を許さないはずなのである。
それを伝えてしまえば、許可証協会が動く。知らないわけがない。親類関係とも思えるのだから、『縛の主』と深い関係であれば尚更だ。
嘘とは思えない。だが何か理由がある。何かを伝えたいのではないかと勘繰り、春は許可証協会に対して『縛の主』に繋がる手がかりである樹を報告しなかった。
春のその動きは合っていたとも言えるし、間違っていたとも、どちらとも言えることである。
すでにこの時点で許可証協会は侵食されていた。
この時点で、春達はすでに出遅れていた。
<殺し屋組合>を使って、『縛の主』ともう一人の首謀者の手により、許可証協会がすでに裏切っていたとしたら。
そんな報告したところで、『ラムダ』の許可証剥奪されたときのように春自身が裏世界の標的とされていたことだろう。
どこかで反旗を翻す。
その狼煙が早かったか遅かったの違いであり、その狼煙が上がるタイミングがどちらもピュアの夫か実弟であったかの違いというのも笑える話である。
世界中にいきなり現れた遺跡群もまた許可証協会の混乱と内部に侵入される原因であったことは確かだが、何より手際の良さに違和感程度にしか気付けなかった当時に接触して来た彼。
接触とともに彼が伝えてきた内容は、争いの中でも真実と理解できてしまう情報であり、彼が初めて見るはずの『氷の世界』を使ったこと、使えた理由や、知るはずのない『刻渡り』の条件や誓約を知っていること等も信憑性を高めていた。
そんな彼の話に、世界の終わりを垣間見る。
許可証協会有する、裏国家最高機密組織『高天原』を手に入れ、<殺し屋組合>さえも滅ぼし、『世界樹の尖兵』による表、裏の世界の蹂躙。
世界を征服した『縛の主』により、奴隷のように扱われる人類。
彼は世界樹の研究者である。
その研究者の研究成果は、『世界樹の尖兵』や『苗床の成功体』『準成功体』といった、人の体を弄り、人を作り出す。解体し継ぎ接ぎし、あらゆる行動への探求をする研究者だ。
人の尊厳を踏みにじるような研究であることは間違いなく、家畜のように扱われては生み出されていくその人の未来と世界。そしてその相手に敗北してしまう自分達。
すでに手遅れ。
だが、どこかにそれを回避する方法があるのではないか。
まだ諦めない。
だからこそ繰り返す。
そんな樹の考えと理想――
「――その結果。俺達は樹の計画に乗ることにした」
『……』
「とはいっても、だ。本当にどうなるのか、細かいところは俺達も知らなかったし、もし知っていたらなんとかしてやりたいって所もあったのも確かだ。俺達は事が終わった後に知って、その結果だけが今に残るのだから、もしもの世界が本当にあるならなんとでもしてみたいと欲がでるだろう?」
「そうだよねぇ……」
活動を開始しようと、『紅蓮』に協力を頼み、活動を開始することになるのだが、彼等は樹から聞く未来を知り、すでに自分達がどれだけ動こうとも後手に回ってしまっていることを知った。
その上で動こうにも、すでに時間が足りない。
「……正直に言うと。樹はあえて酷い未来を作り出していると思っている」
『その、理由は?』
「次の俺達に、悲惨な状況を伝えて動かす必要性を感じさせることと、俺達が動かなければならないところがどこかを教えるためだな。樹自身もどこでどう動けばこの未来を変えられるのか分からないんだろう。だからこの動きを知って、複数で知恵を絞って対処したいんじゃないかと見ている」
「ほぇ~……」
「……お前、そこでそれはないだろう……」
自分と一緒に樹から話を聞いていたはずのピュアが間抜けな声を出したことで、ここでも自分の相方は直感で動いていたのかと春は頭が痛くなった。
でも、もし。
ある一定の場面から、この未来の情報を、複数人――力を持ちえたこの問題を打開できるほどの力を持っていそうな複数が知ることが出来たら。
もしかしたら、ぎりぎりなんとかなるのではないだろうか。
「まあ、だから。やり直すための手伝いってわけだな」
樹のやり直しに。
春は、次の自分へと。
可笑しい言い方ではあるが、次に樹が出会う過去の自分へと、賭けることにしたのだ。
そんなおかしな言い方に、思わずくすりと笑みがこぼれる。
『……なるほど』
にわかには信じられない。
いくら人工知能とはいえ、騙されはしない。
枢機卿本体はあらゆる情報を瞬時に閲覧して可能性を考える。関連情報をピックアップすると、一つの結論に達した。
『それは、やり直しができたらが前提ですよね?』
「ああ、そうだ」
『では。出来たと仮定しての話でしたので仮定を元に話します』
それが出来なければ意味がない。
そして、できたとしても、問題は他にもある。
『……過去へ、どうやって情報を持っていくのですか? 許可証を持っていったからといって、それをどのように開示するのですか?』
もしかしたら。
自分達が生きているこの次元とは違う世界があって、そこには同じくそこに自分たちが生きていて、全く違う人生を歩んでいる。
そんな世界があるというのは、あらゆる事柄から証明されていた。
平行世界、並行世界とそれは呼ばれる。
自身から見れば異世界そのものであり、自分達がどう足掻いても到達できないとされる世界でもある。
なぜなら、そこは、常に自分達とともに進み、共にまた枝別れて系図――樹形図のように広がっていくからだ。
『出来もしないことに希望を見出し、縋る。今を生きようとはしないのですか? 不可侵のその先に物を持ち込む。それも未来のモノを、というのは難しいとは子供でも分かりますよ』
決め付ける。
あらゆる情報を集めることのできる枢機卿だからこその、【不可能】という答えだった。
「出来るという根拠がなけりゃ、俺だって縋らんよ」
『っ……ど、どうやってですか』
「『大樹』だ」
『大樹……? ああ、樹というのはC級殺人許可証所持者のことでしたか。……え? 『縛の主』の子飼い……? こちらとコンタクトを?』
「あいつは俺達の仲間だ。……少なからず『縛の主』を倒すという共通の目的を達成するための間だけだろう、がな」
『……スパイ、というところですか』
枢機卿のいうことはあながち間違っていないなと春は思い、「ふむ」と思わず呟いてしまった。
とはいえ、スパイというなら情報をもっと提供してくれそうなものだが、ほとんど何もない。
獅子身中の虫という言葉があるが、それがしっくり来るのではないかと思う。
『彼が、何かしてくれると?』
「出来るらしい。としか俺も言えないが、な。……やり直しの型式というらしいが、繰り返してこの状況まで持ち込んだらしいぞ」
『……ありえないですね……』
「まあ、俺も信じられないが、信じるに足る証拠を見せてもらったし、な」
「私の『氷の世界』を実践されちゃったらねぇ……」
「俺の、条件と誓約のことも知っていたからな」
「そう言えば、はる~? 何回使ったの~?」
「五回だな。今日はもう使えん」
「えー。じゃあ私が守ってあげるー」
「……お前も十分に死にかけだろうに……」
『……ありえない』
枢機卿も、自身は使うことはできないが人それぞれの同一のものがない力の式だということは知っていた。知っているからこそ、二人が言ったそのことが信じられなかった。
『その力をもって、大樹は何を為そうとしているのですか』
「……『縛の主』を、止めて、世界を救うことらしい」
春が言いそうもないようなことを聞いて、
『……なんですか。正義のヒーローですか』
と、枢機卿は思わず大樹の行おうとしている善行に、呆れの声を出してしまった。
正義のヒーロー、千古樹、爆誕です




