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第210話:その一歩を踏み出すために


 失敗してもやり直せる。そんな余裕も今はない。

 やり直しはできるだろう。

 でも、やり直してまた同じことが出来るのか。そんなことも定かではない。


 なぜなら、今俺が動いているルートは、俺が見てきたやり直しの中の一つを同じように進んでいるようではあるが、ここまで大きくずれ出したやり直しは今までなかった。


 冬の枢機卿が自律していること。

 鎖姫が仲間として活動していること。

 鎖姫の御主人様勢が関わっていること。


 何が違って、何をしたらいいのか。

 俺はこの道へと進むに当たって、このずれから来る道の修正に必死だった。

 冬が一人『縛の主』と相対する場面――俺が進みたいルートへとちゃんと乗ったことに安堵すると共に、なぜこのようなことになっているのか考える。



 女狐――水原姫。B級殺人許可証所持者『鎖姫』。多数の弐つ名をもつメイド。


 この人物が俺のやり直しの世界に現れて俺と関わりだしたときから、妙に状況が変化しているような気がする。

 もしかすると、俺が想定していた、『冬に関わると未来が変わる』というわけではなく、何人かが未来を変えるような動きをしてしまっているのかもしれない。その中の一人が、この鎖姫なのだと思うと、しっくりくる。


 このまま進んだとき、もしかしたら『縛の主』を止められるという未来が待っているのかもしれない。

 そう思えるほどに、このルートは大きくずれていた。


 やり直さなければいい。

 それもある種の選択だろう。


 だが、このルートは、最悪とまでは言わないが、冬の仲間達の犠牲が多い類のものだ。

 例え未来が華やかだったとしても、表世界を裏世界から護るべき裏世界最高機密組織『高天原』が機能していない。

 『縛の主』を倒しても、今度は<殺し屋組合>が代わりに表世界を蹂躙しようとするだろう。

 表世界を護っていた許可証協会は<殺し屋組合>に乗っ取られ機能しておらず、殺人許可証所持者も今俺の前にいる人数くらいしか残っていない。


 『縛の主』を止める。

 それだけで考えれば、結果としてはいいのかもしれないが、その先を考えると、このパターンは『縛の主』以上に酷いことになるだろう。



 終わりよければすべてよしなんて話じゃない。

 止めても別の終末を迎えるバッドエンドだ。


 だからやり直すことを変えるつもりはない。

 そして、次のやり直しで全てを変えてみせる。


 だから――








「女狐、松達はどうなった」


 俺は今この場に残っている仲間達を見つめながら鎖姫に聞いた。

 『月読の失敗作』も当初は二十五名いたはずだが、数名犠牲になったようで数字に欠番が出ているようだ。

 『22』と『14』と『8』がいなくなったようだが、殺し屋組織と素体の一斉攻撃を、それだけの被害で済ませたのだから、やはりこいつらは性能がいいのだろうと思う。


 いや、性能なんて話をすると失礼か。

 努力の結果と、自分の護りたいもののために戦った結果、であるのだろう。

 失敗作といわれているが、彼、彼女等も、自分の意志に関係なく勝手に作られ生まれることになった犠牲者でありれっきとした人間だ。

 そんな想いをもった自分を戒めながら鎖姫の回答に耳を傾ける。


「そばかす達については私は最後まで一緒にいたわけではないので分かりませんが。枢機卿? 貴方ならご存知ではなくて? むしろ私は、冬がどうなったのかを知りたいところですが……」


 ぎろりと逆に殺気を込めて睨みつけられ、俺はどう説明するべきなのか考える。


「まさかと思いますが。置いてきた、とかはないですよね?」

「そのまさかだ」

「……」


 殺気が更に膨れ上がる。

 この女狐は……分かった上での質問だから質が悪い。――いや、違うか。分かってしまっているから怒りを抑えられないのか。


「もっと言うなら、恐らくはちょうど今頃は、『縛の主』と相対し――」


 ――ちきっと、ちりちりと。

 気づけば、自身の首隣に刃が置かれていた。いつ向けられたのかさえ分からない。

 それが一つであればいいのだが、複数の刃が俺の体の至るところに向けられているのだから圧迫感が凄い。

 いや、圧迫感という意味では、刃によるものではなく、ここにいる俺以外の全員から発せられる、俺への殺意のほうが上ではあろう。


「……すまない。まずは話を聞いてくれ」

「聞く耳持ちませんね」

「頼む。どうしてもこうしなければならない理由がある」

「私達からしてみれば、貴方のことより冬を優先するということくらい、わかるかと」

「……わかっている。分かっているから聞いて欲しい」


 あらゆる箇所に向けられた刃を無視して頭を下げて懇願する。

 この鎖姫とはやり直しのあの時から極力関わらないようにした。

 だが、それでも、今はこの女をなんとしてでもこちら側に引き入れ説得しなければならない。


「……まあ、いいでしょう」


 ため息混じりのその声に、俺は顔を上げた。


「貴方がここにいるということは、冬はすでに死んでいるのでしょう?」

「「っ!?」」


 鎖姫の質問に、殺意がざわつく。


「……ああ。本来は、な。今は『苗床』によって生き長らえてはいる」

「そう……そうなると、永遠名家は、全滅ですか」

『死んだ……? 生き長らえている……? 全滅?』


 枢機卿からの殺意がなくなった。

 驚きに、呆然と立ち尽くすメイドがそこにいる。



『……私の家族が、みんな……?』



 ……おかしい。

 自律型とはいえ、枢機卿である。

 先に感じた疑念が、また膨れ上がってきた。


「……家族?」


 枢機卿の言う家族というものは何なのか。

 この場合は過保護にしていた冬を筆頭に、その姉である『ピュア』こと永遠名雪や旦那の常立春だとはすぐに理解できた。


 だが、俺からしてみれば枢機卿は人の形をしているとはいえ、機械だ。

 機械が、家族を持ちえる。

 家族であるということになぜそこまで拘るのか不思議だった。





       『……許さない』




 びくっと、体が思わず揺れた。

 地の底から溢れたかのようなその声は、恨みの声だ。


 機械だ。

 機械が、そこまで怒りを露にできるのかと、俺は別の意味で驚きを隠しきれない。


 ゆらりと、枢機卿の手の中にどこからか現れて納まった黒い棍型の武器。

 それは確か、遺跡から時折大量に発掘されるオーパーツだったはずだ。

 未知の物質でできた、硬いだけの物質。


 だが、それが、枢機卿――つまりは、機械兵器ギアである彼女が振るえば、ただの硬い棍がどれだけ凶悪なものになるのか、俺はよく知っている。


『殺す……』


 機械が恨みを発せられるのか。

 どうやってそこまで人の感情を再現しているのか。


 そう思えるほどに、言葉だけではなく、体から発するオーラが如実に語る。



 彼女は、怒っている、と。



「待て……待ってくれ」


 少しずつ、理解していく。

 なぜ自分がおかしいと思ったのか。


 この枢機卿は、機械とは思えないのだ。

 体は機械である、だが、心は人と変わらない。感情を持っている。

 だから、機械と思って接していては、こんなことになるのだと。


 そんな人を軽く凌駕する機械の体を持つ枢機卿が、俺に怒っている。

 殺したいと言葉にするほどに怒っている。


 鎖姫だけでなく、こんなところにも脅威があるとは。

 俺はこの枢機卿を舐めてかかっていたと、心底後悔する。



 ……どうする。今すぐ『縛の主』の前まで逃げてやり直すか?


 やはり、ここまで上手く行ったのが奇跡だったのかもしれない。

 不確定要素の二人の動きが全く読めない。



「――まあ、そこまでにしておきなよ」


 そこにふわりと。



「彼から話を聞いて、先を考えないかい? 無駄なことに終わった今を、無駄にしたくなんかないじゃないか」


 黒いカジュアルのスーツ姿の男性が、そこに降り立った。

 澄み渡った青い海を思わせる長いその髪は、後ろで黄色のリボンで束ねてポニーテール状に。細目なのか、笑顔を浮かべているためか、目は閉じているようにも見える。




 A級殺人許可証所持者

 コードネーム∶『紅蓮』

 青柳弓。



 瑠璃の実兄が、にこやかにいつもと変わらない笑みを浮かべて枢機卿と俺の間に立つ。


「頼まれてた許可証ライセンス集めは終わったよ。次はどうするんだい?」


 その手に、『ピュア』『スノー』『ガンマ』の許可証を持って。




 それは、彼が無駄にしたくない、彼、彼女達の、全てが詰まった記録ライセンスだ。

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