第203話:繰り返す先へ 20
運命の日。
それは、チヨが、『焔の主』に襲われる日。
チヨを、俺だけで、護りきらなければならない。
俺の、大事な日だ。
「ここにさ~、『焔帝』の忘れ形見、万代チヨちゃんがいるって聞いたんだけど? お前、何か知ってるかぁ?」
燕尾服の初老の男。
それは、裏世界最強。
裏国家最高機密組織
最高評議会 四院の一人。
『焔の主』
刃渡焔
チヨを迎えるためにオーダーメイドの燕尾服を着て馳せ参じたと、ふざけたことを言っていた『焔の主』。
そのようなことは今の世界線で俺が聞く内容ではないが、思い出す度に馬鹿げていると思う。
それも、今のこの世界線ではない。
そういう話し合いも出来たというやり直しの世界もあったというだけの話であって、今の俺とこいつは初対面だ。
恋は盲目。執念と嫉妬、愛情と愛憎は紙一重とはよく言ったもんだ。
表世界と裏世界。
表裏一体とまた似たようなものだろうか。
さしあたって。
こう何度も繰り返して相対して。
そして俺がこの燕尾服の男に思うことは、そんなところだ。
認めるさ。
盲目的にチヨのことを思っていること。
この男にチヨを奪われたくなくてここまであがいていること。
やり直しの型式のこともあって、チヨがいなければ俺は何もできなくなっているからこそ、チヨを離したくないこと。
彼女が俺の心の中に形容しがたいまでに入り込んでは抜き取ることさえできなくなっているってことくらい。
これが愛だと言うことも、いくらでも認めてやるさ。
それに対して、この男『焔の主』は逆に。
もういい年こいて、まだまだ異性に対して恋をすることは忘れないその自由な心といい。
いつまで経っても自分の好きなものを手に入れようとするその執念。
すでに俺がいることによることで、俺からチヨを奪おうとするその心。
あくまで、俺やチヨからしてみれば略奪者だ。
だが、それさえ裏世界では当たり前なことでもある。
奪い合い、殺し合い。
それさえもこの自由な世界では普通に起こり得ていることだ。
自分のために護る、護られ、護りきることだってあるだろう。
それが、この最強を相手となると、護りきる、防ぐということが困難であるというだけで。
だからこそ。
俺は、この男と。
自分の護りたいもののために、相対しなければならないんだ。
さて。質問はなんだっただろうか。
確か、ここに自分の好みどストライクでどんな服装も着こなしながらも、なんだかんだで嫌と言わずに着てくれる、鍛冶屋組合のアイドル『弁天華』と呼ばれる組合員、鍛冶屋組合の仕組みを作り出したと言われる前『焔の主』、『焔帝』万代キラの娘、万代チヨがここにいるかという質問だったか?
……ああ、それならいるな。
しっかし、いざ考えてみると、チヨの肩書きは凄いな。
何度も繰り返してきてはその都度負けてきたからこそこの場面は慣れたものだ。
緊張することもない。別のことさえ考えていられるほどだ。
「ああ、この家にいるが。それがなんだ?」
俺はにやりと不敵に笑う初老の変態の質問に答える。
だけども、いるからと言って、素直に渡すわけもない。
こいつが、チヨに何をするのか、嫌というほど見ているからな。
「ぁ~? お前、もしかしてチヨちゃんの飼い主かぁ?」
「飼い主とはまた面白いことを言う。チヨは奴隷でもなんでもないぞ」
「ん? 俺は奴隷って聞いたけどなぁ?」
「『縛の主』にだろう? 俺がチヨを解放しているから、今は裏世界で生きる鍛冶屋組合の一員だ」
「……へぇ?」
初対面。
『焔の主』からしてみたら、そうだ。
俺にとっては何度も出会い、何度も煮え湯を飲まされては、たった一人の救いたい彼女をどうあがいても散らしてしまう因縁の相手だが、そんなの、この目の前の男にはまったく関係もないし身に覚えのないことであるだろう。
やり直し、繰り返す。
その恐ろしさが、よく分かる。
初対面で恨まれているとか。間接的に恨まれるならあるかもしれないが早々ないことではないだろうか。
……いや、悪名名高いこの男のことだ。
恨みを他でも買ってるとか、ありえそうだ。
俺も俺で、この男への因縁はこの世界で起こってもいないのに恨んでいるというのもおかしい話だとも思う。
「じゃあ、なにかぁ?」
何度もやり直している。
だから、こいつがこれから何をするのか。
そんなことも、よぉく、分かる。
分かってしまう。
かちりと。
『焔の主』は、自身の腕に見せびらかすように装着された武器に触れる。
その音は、彼が愛用する暗器『型式砲天』から発せられた、『弾倉式杭打ち』に弾が装填された音だ。
「欲しいなら奪えとでも言いたいのかぁ?」
なんでそうなる。
相変わらずの物言いに、呆れてしまう。
「――欲しいなら奪え。まさに裏世界を体現した言葉だな」
『型式砲天』を向けられた俺は、その何度も繰り返し向けられた杭打ちの銃口にもう向けられたくないものだと思いながら、これからもやり直す度に、チヨを護るために、この男と向き合う度にこれを向けられるのだろうと思うと厄介なものに関わってしまったものだと、自然にため息を漏らしてしまっていた。
「そうだろぅ? 俺もそう思うわー」
『焔の主』も、俺の言葉に同意する。
そりゃそうだろう。
この言葉は、裏世界を体現しているが、まさに『焔の主』も体現した言葉だからだと俺は思っている。
欲しいものは手に入れる。それが格上の相手でも、格下の相手でも関係ない。欲しくなれば即動いて手に入れる。
いらないものは切り捨てる。それが自分の血を分けた家族であっても、配偶者であっても。
尽きない欲。
自らの心のままに。忠実に。
だから彼の使う型式は強力で。
だから『最強』であるのだろう。
「だからよ。死にたくなかったら、くれよ」
「断るよ」
「へぇ……生意気なガキだな。俺のことをしらねぇわけじゃねぇだろ?」
「ああ、よく知ってるさ」
知りすぎて逆に怖いくらいだ。
「だったら、素直に奪われちまえよっ! 面倒なやつだなぁ!」
「俺にとっては護るべきものだからな。簡単には渡せんよ。抵抗くらいはさせてもらう」
「だぁからぁ……そんなの俺には関係ねぇんだよっ! 俺が欲しいものは俺のもんだ!」
本当に厄介なやつだ。
話が通じない。
「だったら、戦うしかないだろう」
だからこそ、俺は――
『――氷の世界』
戦いを選び。そして、唱えた。
空に向かって腕を伸ばして、とある戦いで一度だけ聞いたあの言葉を。
俺の型式ではない。誰かが使っていた、型式の力の名を。
発現するための言葉と共に、目に見える世界は、しんっと、冷たさを帯びた。
辺りは急激に温度をさげ、辺りの細かな塵が凍りついては雪となって降り落ちて体感的に寒さを感じる中、視覚上にもその寒さを表す結晶――ダイヤモンドダストの結晶体が辺りに溢れていく。
「『焔の主』という大層な称号を持っているんだ。やはり相反するなにかで対抗するのは当たり前だろう?」
「て……てめぇ……」
「雑魚でも雑魚なりに、色々工夫するもんだよ」
『焔の主』がいつ俺らの前に現れるかなんて知っている。どれだけ繰り返したと思っているのかと。
だから俺も、その為にやるべきことをやったのだ。
『模倣と創生』。
それは、俺が《《見て受けたものを脳内で模倣する》》。
それは、俺が《《再現できるまでに解析できたものは型式によって創生する》》。
「裏世界最強に、どこまでこの力で抵抗できるのか。確かめさせてもらう」
黒い鎌を握りしめ、背後に引いて腰を落として構えを取る。
狙うは、最強。
護るは、恋人。
C級殺人許可証所持者『大樹』
千古樹。
いざ。




