第17話:ある日のバイト先で
一次試験が無事(?)終わり、二次試験前のちょっとしたブレイクタイム。
数週間後。
第二試験の通知はいまだ来ず。
まるで試験に落ちたかのように。
それであれば許可証所持者が殺しにくるはずだが、それもないことから、試験開始に時間がかかっているのだろうと考え、日々を過ごす。
時には学園にて。
「永遠名。お前、シュートくらいしろ」
バスケ大好きな先生がフルコートでのバスケの授業中に名指しで言い出す。
ついにシュートデビューかと思いながら、自陣ゴールに無理な体勢からのシュートを決めてみたり。ドリブルで華麗にかわして『糸』をこっそり使って空を飛んでいるかのように飛び上がり、ダンクを自陣ゴールに決めてみたり。
「人事を尽くせばこのくらいは」
なんて決め台詞を言ってみたものの、仲間からは「自陣に入れるな、まるで六人を相手にしてるみたいだ」と怒られてみたり。
だったらやってやろうじゃないかと。
センターサークルで仲間からボールを受け取り、ぐっと腰を落としてジャンピングシュート。
綺麗な弧を描いてぽすりと華麗に決めてみたりしたのだが。
「冬……それ自陣……」
とスズに呆れられたり。
せめて、ゴールを決めるまでの過程の動きくらいは褒めて欲しいと思いながら。
そんな一日を過ごしていた。
今日も相変わらず、教室でスズの丸見え踵落としで目を覚まされ、指摘したところに世界を取れるのではないかと思える程のキレのいいコークスクリューにもう一度夢の世界へとダイブした後、遅刻ぎりぎりでバイト先へと向かう。
そして、バイト先のファミレスで皿洗い。
「ねえねえ。お兄ちゃん、聞いて聞いて!」
かちゃかちゃと小気味よく洗い場で皿洗いをしていた冬の元にいつも通りの元気な声が届く。
振り向くと、青をベースとしたファミレスオリジナルの落ち着いたデザイン制服を着た美菜が目に映る。
特徴的なのは、腰背部の大きな赤のリボンと、エプロンと制服が一体化していることだ。
どこぞの某ゲームの制服に似ていることも受けがいいことに繋がっているのだが、冬はそんなことも知らなければ、その制服に似ているからといってお店にお金を落としていく男性陣の思惑等にも興味はない。
だが、この店の制服は、その制服を着た女性を見るためだけにこの店に来店する輩が存在するほど、男の欲をそそるらしい。
それを着る人が美人やら可愛いやらが妙に集まっていることも、男達の絶好の目の保養になると巷では噂のようで、それを採用した店長こと、香月美保もまた崇められているという事実を、冬は知らない。
マニア達にとって夢であり、至福な一時を味わえることから、ここで働こうとする男達はたくさん存在し、ある時期になると、一人の募集店員枠に、収拾がつかなくなるほどの群がりを見せる。
店員を選ぶ基準は、長期働ける人であることと、何よりも《《そういう》》野心がないことである。
選ぶ人物は現在働く女性陣。
冬が選ばれた理由は、両方に当てはまり、特に野心がなかったことが店長に気に入られたらしく、その他の女性も選ぶなら彼と、全員一致で決定したのだが、これもまた冬は知ることはない。
「……美菜さんは今日も元気ですね」
確かに、スズが言う通り、意識してみると可愛いですよね。……制服。
そんなことを思いながら美菜を見つめていると、美菜は嬉しそうに抱きついてくる。
美菜はもちろん可愛いの部類に入り、ロリコンのお兄さん達には堪らない何かを出しているそうで、かなりのファンがいる。
その美菜の制服は、彼女が普通の高校生より出るところが出てないため特注で作られたものだ。
「美菜はいつだって元気だよ!」
「それで? 何か御用ですか?」
冬は切りのいいところまで洗おうと、じゃぶじゃぶと皿洗いをしようとしたのだが、抱きついてくる美菜が邪魔で皿洗いも満足にできず、断念して美菜の話を聞くことにした。
「美菜ね。明日から修学旅行なの」
「それはよかったですね」
皿洗いを止め、タオルで手を拭きながら休憩もかねてコーヒーを作り始める。
「うん! それでね。しばらく、ここをお休みするの」
「……そうですか」
しかし、なぜそれを僕に……?
ふと疑問に思うが、あえて聞きはしない。
「でね。お兄ちゃんは、美菜がいなくなると寂しい?」
「そうですね。寂しいです」
「♪」
冬の言葉を聞き、さらに元気になる。
寂しいといえば寂しいのかもしれないが、別に会えなくなるわけでもない。
強いて言うなら、シフト上いなくなるとお店の売り上げに貢献されないことが、このお店に痛手とならないのだろうかといった心配くらいしか浮かんでこない辺り、冬もまた鈍感なのであろう。
「お兄ちゃん、お土産買ってくるから、楽しみにしててね♪」
休憩時間が終わったのか、美菜は部屋から去って行く。
結局、美菜が何を言いたいのか分からなかったが、これから忙しくなる時間帯に差し掛かり、冬は何もなかったかのように今ある食器を洗い終えることにした。
終わった頃にはコーヒーを入れていたことを忘れており、冷え切ったコーヒーを見て、また洗うのかと少し悲しくなった。
数日後。
閉店後のファミレス。カウンターにて。
冬は自分で作ったコーヒーを飲みながら、何気なくテレビを観ていた。
周りは今日の仕事を終えて休憩中の香月店長が冬の入れたコーヒーを飲みながら休憩しており、最後まで手伝ってくれていた和美が着替えの為席を外しているところである。
一緒に軽く談話をして飲み終われば、今日は終わりである。
見出しに、『桐生女子高集団誘拐事件・続報』と出ていることが気になるが、元々テレビをあまりみない冬からしてみると、続報と言われてもぴんとこない。
どうやら、数日前に旅行中の女子生徒を乗せたバスがジャックされ、行方を晦ましたということらしいが、表世界でそのような大胆な反抗をするというのも、またリスクが高いという考えくらいしか浮かんでこず。
とはいえ、裏世界でバスに乗って女子高生が移動する等、ありえないので、裏世界で起きることはまず間違いなくないのだが……。
少し、裏世界というものを意識しすぎかと思う程度にしか興味はなかった。
「桐生女子……?」
「あら、桐生女子って……」
後ろから声が聞こえて振り向く。その頃には、普段着に着替えた和美が冬の肩に手を置き、テレビを見始めていた。
「知っている高校ですか?」
「う~ん。美菜ちゃんの学校じゃない?」
「美菜さんの?」
和美の言葉に、美菜が修学旅行中だったことを思い出す。
『バスごと誘拐するとは、犯人も大胆不敵ですね』
『そうですね。……バスに乗っていた四十人の生徒は現在も行方がわかっておりません。中には有名会社の社長令嬢や、タレントの御令嬢もいらっしゃいますし、タレントとして働いている方もいますから、彼女等の身代金目当てなのでしょうか?』
ニュースのキャスターの推理に、冬は嫌気を覚えた。
『ただ、一連の事件として、桐生女子誘拐事件前に同じく行方を晦ましているバスもあり、その搭乗者の何名かはすでに死体として発見されていることから――』
誘拐事件だとしたら、誘拐した相手を殺して捨てるということは起こりえるだろうかと疑問を持った。
それに、近日において似たような事件が起きて死人が出ているということが連続誘拐事件として考えられているのだろうかと、考えを巡らせていく。
「美菜ちゃん、大丈夫かしら……」
「……そう、ですね……心配ですね」
数日前の美菜が見せた笑顔に、フラグではないかと思わなくもないが、殺された女子高生の中にいないことを願う。
だが、その考えに、冬は少し違和感を感じていた。
人の死に、気持ちが乗らない。
例えそれが知人――美菜だったと考えても、死んだらそれまで。と考えてしまっている自分がいた。
これが、人を殺した経験から来るものなのだとしたら、すでに自身は人の死を見すぎてしまったということなのかもしれない。
自分で殺しておきながら、何を、と思うのだが、黒装束の審査員が言っていた、『麻痺する』というのは、こういうことなのかと、冬は知人の死に感情を乗せれないことを悲しく思い始めていた。
プロローグでも書いたバスケの話。
バスケは好きですが、五秒でぜ~ぜ~いいますね。
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