第191話:繰り返す先へ 8
「お前、世界樹でなんの研究をしているかとか、知っているか?」
「……世界を正すための研究だと、夢筒縛から聞いている」
「世界を正す……? じゃあ俺たちのことは?」
「お前達は、この混沌とした無法地帯を良しとし、世界が正しく変革することを拒む敵対組織だと聞いている」
「なにそれ。悪の組織と正義のヒーロー?」
「……よくそれを信じ込んだなお前……」
シグマから教えてもらった情報は、俺にとって衝撃的なものだった。
そうだ。
今にして思えば、俺は何を見てきたんだと思う。
世界樹で行われてきた研究。
それは人の尊厳を踏みにじる行為だ。
なぜ、あれを正義だと信じていたのかと。
世界樹で行われていた非人道的な行為。
その行為の犠牲者であるピュア。犠牲者を増やさないために『縛の主』に抵抗する者達。
表世界、裏世界すべての世界を支配しようと企む悪。それが世界樹の管理者『縛の主』であり、どっちが悪なのかと言われれば、どう考えても夢筒縛のほうが悪である。
「……では、水無月スズが狙われる理由は……?」
「……なぜ水無月スズを知っている?」
「あちゃー……それもうあの男の目的の最終段階まで進んでるんじゃない?」
水無月スズ。
彼女は『縛の主』の娘のような存在であるということは分かった。
あれは、夢筒縛の研究の成果だ。
夢筒縛が世界を支配するための兵士『世界樹の尖兵』を作り出すための鍵。
人の体をもった生体兵器であり、意志を持たない素体――その素を無尽蔵に作り出す液体人間。
この存在ができたからこそ、『縛の主』は世界を支配することを決めたといっても過言ではないそうだ。
自分が作り出した最高傑作とともに、世界を支配し生き続ける。
研究者として、自身の望む理想と成果と結果が詰まった相手とともに生き続ける。そこまで行き着けば、確かに凄いことなのかもしれない。
何が面白いのか、何が凄いのか、なんてものは、俺には到底理解はできないものではあるのだが……。
そして、その成功体から兵士を作り出す過程で生み出された、実験体達が、『世界樹の失敗作』と呼ばれる存在。
成功体に次ぐ、【準】成功体の永遠名姉弟と、出来損ない、失敗作の仲間たち。
それらが、自分たちのような次の犠牲者を出さないために、母たる『スズ』を強奪し、世界を『縛の主』に支配されないために隠し、敵対して裏世界の均衡を保っていた。
「……複雑、だな」
シグマ達の話を聞いた後、構図が複雑すぎて俺はため息をついた。
重要なのは、夢筒縛がその戦力を使って世界を支配しようと企んでいる、という所ではあるのだが、あれがなぜそのような考えに至ったのか、それが理解できない。
やはり、凡人には天才の考えることは理解できないのだろうと、そう思い後回しとして、シグマ達から更に情報共有を行うことにした。
この時点で、俺は、夢筒縛を敵として認識し、出来る限り彼等と共に世界を救おうと考えてしまったのだが……。
それがいかに難しいのか、すぐに理解することになった。
裏世界、いわゆる最高機密組織『高天原』は、大きな四つの組合・協会によって成り立っている。
自由をこよなく愛し、やりたいことを実行する、『殺し屋組合』。
敵味方関係なく兵器を渡す、チヨも所属している死の商人、『鍛冶屋組合』。
善悪関係なく情報を提供して世界の情勢を安定に導く、中立の『情報組合』。
それら組合と敵対、癒着し提供しあうことで均衡を保つ『許可証協会』。
これらが危なげながらも互いに補完しあうことで、裏世界は自由を成立させている。
この中に、五つ目の勢力としてどれとも組み合わない組織――『世界樹の尖兵』が加わればどうなるか。しかも、その尖兵は、以前の俺を指すものではない。
力を持った意思を持たない素体が、夢筒縛の意のまま無感情に行為を行うのだ。
他勢力がいとも簡単に崩れ落ちては、世界の崩壊と終焉を作り出してしまうということは容易に想像ができた。
「恐らくは、そこが『縛の主』の目的。そして、それを得るための鍵となるのが」
「水無月スズ。『苗床』の成功体というわけか」
「そゆことー」
無尽蔵に、平均的な能力を持つ人類を創り出せる。
今の技術的には凄いことではないかもしれないが、生まれた時からすでに成人またはそれに近しくあり、更には生まれてすぐに超常的な力を使えると考えると、量産する速度がどれだけかによって、凶悪なものとなるのではないだろうか。
「……スズを『縛の主』が手に入れたとき、何をするのかは分かるか?」
「さあ、な。量産するだけに使うわけではないだろうが、な」
「う~ん? お嫁さんにしちゃうとか」
流石に歳が離れすぎていると思うからピュアが言う事はありえないだろう。
とはいえ、歳が歳だから子を為そうとしたら自分より若い女性を探すであろうからありえなくもないとも言い切れないが……。
「……お前からも情報が欲しい所だが?」
シグマから言われて、俺からも情報を出すことにした。
だが、俺から出せることとしては、
「……『人喰い』は、人を削り、人を喰うことができる」
これくらいだった。
考えてみても、さほどなかった。俺はどこまで夢筒縛を知らなかったのだろうかと、
「喰う……? 能力を取り込んだりするのか?」
「いや、流石にそこまでは。俺も喰われた訳ではないし」
「でも、食したものの能力を手に入れる、使うことが出来ると思えば、『縛』の主の力にも納得できるかも」
「……なるほど。シグマが言う通り、取り込む、で正解か」
話を総合して、理解できたことの一つとして、
スズを最終的には夢筒縛は、体内に取り込むのだろう。
そうすることで、スズの力を自分のものと出来るのなら……
誰もがアレに喰われたいと思うわけではない。むしろそう思う奴がいたらどれだけサイコパス――いや、マゾなのかと思う。
だからこそ、そうならないよう、協力し合うことで対抗はできるかもしれない。
だが、それは。
「だから今、裏で全組合の一部へと色んな条件で声をかけて協力者を増やしているところだ」
「……無理だ」
「無理だろうが、やるしかないだろう、な」
違う。
無理だろうがやるしかない、ではない。
《《無理》》、なのだ。
組合内の有力者が、すでに世界樹の協力者となっているのだから、できないのだ。
今時点で、兵器を愛してやまない無所属。恐らくはこれからチヨを狙い出す『焔の主』こと『刃渡焔』は夢筒縛の切り札として傍におり。
<情報組合>の膨大な情報を管理する『疾の主』こと『形無疾』さえも、夢筒縛に協力している。
今時点で根回しは済んでいる。後は夢筒縛が、鍵を手に入れるだけでいいのだ。
俺が知る過去のことを知れば、彼等もそう思うだろう。考えればわかる。
そして、彼等は、まだそのような事態になっていないと考えているようだ。
それとなく教えておくべきなのだろう。
これから色々動くに当たっても、夢筒縛を止めるためにも、必要なことのようにも思えた。
だが……そうだとしても……
なるほど。と、シグマ達からの情報提供で、より現状が理解できた。
つまりは、すでに。
この、やり直しの世界線は、詰んでいる。
ということが。
よぉく、理解できた。
 




