第16話:その少年の名は
最後のほうで瑠璃の評価が書かれています。殺害数等の記載になりますのでご注意ください。
「……一次試験合格、か……」
少年は、ハンバーガー屋二階の隅にあるカウンターで、Lサイズのオレンジジュースを一口飲み、ふと呟く。
たった一日だけとなった第一試験は終了し。
相変わらずの書道の筆のような癖っ毛をヘアゴムで束ねたその髪を揺らしながら、自分を含め、あれだけの脱落者と呼称された受験者がいたのだから、もう少し長くなるのではないかと考察していた試験があっさりと終わって、明日から急遽空いた時間をどのように過ごせばいいのかと、別のことを考え出していた。
「暇になりそうだなぁ……」
何気なく、終了と同時に試験官から手渡された、自動車免許と変わらない大きさの『仮許可証』と呼ばれるカードを、じっと眺めてみる。
「これが、仮とはいえ、証明書、なんだねぇ……」
「ふがっとふがふがに、ふがふがってましゅ」
「……別に、誰も取らないよ」
その少年の隣では、Lサイズのポテトとハンバーガー三人分を必死に食べる黒い中国服を着た同年齢の少年――冬がいる。
今は帽子を取り、それを隣の席に置いているため少年に姿は見られているが、冬は全く気にしていない。
「……んぐ。お腹が減って……」
と、Lサイズのコーラをぐいっと飲み、一息つくと冬はそう言ってポテトを口に運び出した。
「……よく食べるね」
「そうですか? 普通だと思います」
「絶対普通じゃない」
少年は冬の前に転がるハンバーガーの包みを見てため息をつく。
流石に何人も殺した後にハンバーガー等食べる気は起きない。
ジャンクフード店を選んだのは自分ではあるのだが、別のところを選べばよかったと隣の冬を見て後悔し始めていた。
「……次の試験、どんなことをするんだろうね」
「そうですね……やはり、実戦でしょうか」
ばくっと、音が出そうなほど最後のハンバーガーに噛みつき、嬉しそうに食べながらも冷静に次の試験のことを話せる同年代の少年が、かなりの大物に見えてくる。
「実戦かぁ……今回のようなサバイバルじゃなく、暗殺とか、かな」
つい先程まで実戦をしていたのだが、目の前で美味しそうにまだハンバーガーを食べる少年の言っている実戦は、殺しをするという実戦とは違う意味だと感じた。
「でしょうね。比べ物のならないほど難しいと思います。隠れていたらそこに来る人を待つより、選んで探して、のほうが難しいでしょうね」
「比べ物にならない……か……」
「僕にとっては結構厳しいでしょうけど」
少年はジュースの蓋を開け、ぐいっと飲み干す。中に入っていた氷を噛みながら考え始める。
確かに、この少年の戦い方は、罠を張り、獲物を待つタイプの戦法が合っているので、暗殺のような仕事は向かないのかもしれない。
とはいえ、それ以外の戦い方も持ち合わせている可能性も高く、意外と柔軟性のある戦い方が出来るのではないかとも少年は感じていた。
いや、むしろ。罠を張るタイプだからこそ、暗殺に向いている可能性もある。
実際、もし戦うとしたら、接近戦に持ち込まない限り、確実に苦戦する。
だからこそ、そのような危険性を排除する為でもあり、同年代の仲間がいることが嬉しくて共に戦ってもらおうと思ったわけだが、殺し屋を倒した後はとても助かった。
罠を張って静かに待つというのは、心にゆとりが持てた。
罠にも色々な種類があるのかと、バリエーションの豊かさに驚きもした。
あのような状況で、傍にいてくれると楽も出来て、休むことができるというのは、とても優位性が持てると感じて、長期の任務などでは是非一緒に仕事をしたいと思えた。
「……そうなると、やっぱり。許可証所持者がやっているような仕事の部類に入るのかな」
「どうなんですかね。僕はどのような仕事があるのかあまり分かっていないので」
「君……調べたりしないの?」
「調べて出るものですか?」
「……どうやって試験会場を見つけたのか、気になっちゃうね」
少年の言った意味がよく分からず、冬はぐいっとコーラを飲みながら外の景色を眺める。
今は深夜十二時を回っている。
ジャンクフード店から見える道路には、深夜でもたくさんの自動車のライトが行ったり来たりを繰り返しており、その軌跡が、とても奇麗に見えた。
つい先程まで、森の中で人を殺し続けていたとは思えないくらい、表の世界は平和だと感じてしまう。
だが、例えば隣にいる少年や冬自身が、その自動車に対して武器を振るったり、またはこのジャンクフード店で武器を使って軽く暴れてみれば、簡単に人は死ぬのだろう。
そう考えると、人を殺すということがどれだけ簡単なことで、どれだけ人は自分達を殺す為の兵器を作ってきたのかと思う。
使い方によっては何でも人を殺せる。
それは特に、冬の武器がその代表的なものでもないかとも思えてしまう。
冬はふとそんなことを外の景色を見ながら考えてしまい、改めて隣の少年も持つ、自分の仮の許可証を見つめてみた。
これがあれば、人を殺しても咎められなくなる。
人を殺したい。
そう思ったわけではないが、こんなちっぽけな小さなカードを持つだけで人を殺す許可を与えられるということが不思議に思えた。
少年も、先程呟いていたのはそういうことなのだろうと解釈し、最後となったポテトを口に含む。
「……よしっと」
少年は考えがまとまったらしく、立ち上がり、トレーを指定の場所に置いてゴミを捨て始めた。
「……そろそろ、遅くなってきたね。僕は帰るけど、君はどうする?」
「いや、十分遅い時間ですから。僕も帰りますよ」
「そっか。……それじゃ」
「……あっ、ちょっと待ってください」
手を振り出した少年を見て、ふと聞き忘れたことがあり、少年を立ち止まらせる。
「ん、なに?」
「……名前、教えてもらえませんか?」
「名前……?」
「僕は、永遠名冬って言います」
「……悠瑠璃。……また会えるといいね」
そう笑みを浮かべ、少年は去っていく。
「瑠璃君……ですか。……今度は許可証所持者として会いましょう」
同じ試験を受ける一時出来た仲間の今後を祈り。
冬も帰路へと着く。
うなされてあまり眠れない毎日が訪れたが、それほど罪悪感や背徳感がないことに、すでに自分がそちらの世界に足を踏み入れたことを重く感じつつ。
そして、自分の目的に一歩近づいたことに嬉しさを覚えながら。
この表の世界で短い休息の時間を楽しもう。
そう思いながら、また冬はいつもの日常へと戻っていった。
◼️第一試験結果
受験者名:遥瑠璃
殺人数 :227名
内、最重要標的一名殺害
黒帳簿賞金首賞金:1200万円
※複数人による金額になるため分割
賞金は、正式な許可証取得後に枢機卿から授与
本受験者に仮許可証を発行し、表世界への帰還を許可
辞退した場合、殺害経験により黒帳簿への登録とその場での殺害を許可とする
■補足
本受験者について
許可証授与となった場合、突出した能力、許可証所持者としての必要な能力をすでに保持していることを考慮し、上位ランクからのスタートとする
前話の冬の成績と比較して瑠璃の格の違いがよく分かったところで、そろそろお星様、フォローしとこうかと言う方がいらっしゃったらお願いします




