第173話:大きな大きな樹の下で 7
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――どうして。
この時――
――僕は、皆と一緒に行かなかったのでしょうか……
後悔は募る。
でも、後悔しても、今は変えることはできない。
それが、過ぎた後だから。
コツコツと、硬い通路に打ち付けられた靴の音が小さく響くその通路。
電気は最低限しか通っていないのか、赤い緊急灯のみが血のように辺りを照らしているその通路を、二人は歩いていた。
その通路は、所々壊れた壁の破片等が散乱していて足の踏み場もないといえる程に歩きづらく、破壊しつくされて以前より破棄されているかのような痕の人の気配のない通路を、唯一の人の気配を持った二人は歩いている。
その通路の左右には、定期的に横開きの扉が備え付けられていた。
均一に並べられた壊れた扉の先には、まるで病院の病室のようなその部屋だ。
一つ一つ慎重に互いが覗き込みながら、中に自分達に害を為す敵がいないか確認し、またその先へと進んでいく。
そのような警戒をしながらの歩行でもある為、その歩きは必然とゆっくりと。
電気が正常に通っていれば、ではあるが、この場所がまだ普通に稼動していた時のことを考えると、その扉は、目の前に立てば自動ドアのように勝手に開いていたのであろう。
二人が並んで歩けばそれだけで道が閉ざされる程の幅しかない通路だからこそ、よりどれもが勝手に開いてしまうのではないかと思えてしまい、今の状況を一瞬忘れてくすりと笑ってしまう。
内部はどこも大きな、人が一人入れる程の大きな試験管と同じ形をしたガラス容器が複数扇状においてあった痕跡があるだけで、その容器は全て割られているため中に何があったのかは分からない。
だが、それが何を意味しているのかは、うっすらとではあったが理解は出来た。
ここは裏世界。
その中心とも言われていた、表世界まで突き出てしまいそうな程に巨大な大樹――世界樹の中だ。
外部から見れば樹木であるはずのその内部は、モルタルのような材質の壁に囲まれた一本の通路。
元々は清潔な何もない通路であったと思わせる病院の病棟のような道だ。それこそ、この道がもしまだ現役であったのなら、殺風景ではあるが綺麗な道であったのであろう。
この世界樹は、許可証協会を傘下に持つ、裏世界最高機密組織『高天原』の最高幹部『四院』の一人『縛の主』夢筒縛によって管理されていた、人体実験施設『月読機関』の本拠地だ。
そんな人体実験施設に、人が一人入れそうな試験管が置いてあれば、自ずとその試験管に何が入っていたのかは理解ができる。
破砕された試験管を見て、想像通りのものが中に入っていたのであれば、その『何か』が無事逃げ出せてくれていればいいと願う。
『どうしましたか?』
二人のうちの一人。クラシカルなメイド服を着た、明らかに染めているであろう鮮やかな緑色の髪をギブソンタックにまとめた妙齢の女性が、もう一人の相手がくすりと笑ったことに気づいて声をかけた。
「いえ、何でもないですよ――あ」
何が実験されていたのかは、破壊の痕と散乱する破片等からは到底理解できるところではないのだが、人としてよろしくはない実験であったのだろうと思うと、笑っていられる事態でもなければ状態でもないという事にすぐに気づく。
相手である男――黒い中国風の服を着た、『Λ』と帽体に白文字で書かれた黒帽子を被る青年は、更には、いつどこで誰が自分達に襲いかかってくるか分からない状態でもあるため、そのような笑いは不謹慎だとすぐに考えを改めた。
ただ、その考えを改めた時にとっさに横開きの扉すぐ横の壁を見たときに、四角いプレートを見つけた。
それは、何かしらをかざして識別する機械の破砕されたものだ。
歩いているだけでどれも全て勝手に開いてしまうようにも思える程に、その通路は人がすれ違える程度の幅しかない。現に二人は並んでその道を歩いているので、まさにそうなっていたはずである。
このような大きな施設だ。
それぞれの部屋に入るためには、認証が必要だったのだろう。
それをかざすための機械。
今はただ壊れているだけで、元々はこの横開きの扉も認証しなければ開かない仕組みだったと考えれば、先程思い至った考えがどれだけ間抜けだったのかと思う。
今まで通ってきた場所にも扉の横に同じようなものがあったようで、そこも扉と同じく壊れて内部の機械を露出させている光景を見て、どこまで自分が回りを注意深く見ていなかったのかと気を引き締める結果にもなった。
『……敵はいないようですが。……冬? 何か面白いことでも?』
改めて女性が青年――冬に問いかけた。
「いえ、すう姉。なんでもないです」
『? 敵はいないとはいえ、油断してはなりませんよ?』
今も世界樹の外で、仲間達が戦っているのだから、自分がここで気を緩めてはいけないのだと、冬自身も油断しすぎだったと思い、改める。
ただ、これも。
自分が今までお姫様抱っこされて恥ずかしい思いをしていたその状況から解放された反動ではないかと思う。
いろいろと抱っこから下ろしてもらうために理由をつけてやっと地面に足をつけて自分の足で歩けている状況になれたことが、何より嬉しくて感激したからこのように警戒心が薄れているのかもと思うと、なぜか納得できてしまった。
冬は今、ついに降りたのだ。
ついに大地に。自らの足で立ったのだ。
そんな喜びを冬が感じているとは枢機卿はいざ知らず。
冬が隠しきれない喜びに、にやにやと時折表情を緩ませていることに、『おかしな可愛い弟ですね』等と、こんな状況でも笑顔を忘れない前向きな弟を誇らしく思う。
そんな二人の考えがずれていることはさておき。
その先に、二人の共通の目的のものがあることを信じて。
二人は警戒しながら先へと進んでいく。




