第164話:大きな大きな樹の下で 1
前回までのあらすじ
おかしい。
金曜日までの予約投稿をしていたはずなのに。
なぜ、なぜ金曜日投稿一つもされていなかった――あ。日付間違えてやんのっ(≧∀≦)
と、日付が変わる直前の金曜日に気づく。(2021/10/29)
冬サイド、始まりです
「っ!?」
裏世界。
世界樹へ向かう途中にある樹海。
キンキンと剣戟が前方で微かに響くその中を、二人のメイドと中国風の黒服の男が走っていた。
ただ。
中国風の黒服の男は、黒を基調としたメイド服の美女にお姫様抱っこされているので厳密に言うと走ってはいないわけではあるが、男もすでにその体勢が慣れてしまったのか、自分の今の状況を悟ったような表情を浮かべていた。
これまた正しくは、ツバの長い黒い『Λ』と正面の帽体に描かれた帽子を深く被っていて、その表情は伺うことはできないのだが、あくまで三者的に見た、されていたら恥ずかしいだろうし、長い間その体勢だろうから、悟ったような雰囲気が出ているようにも見えるのだろう。
その証拠ではないが、黒メイドの首元に落ちないようにしっかりと腕を回していることからもよく分かる。
彼等は大木が茂る森を、目的地へと猛スピードで進む。そんな彼等の耳に、剣戟の音が捉えやすくなってきた頃。
「一度、停まりますよ」
黒メイド――水原姫が、大木が生い茂る樹海を物ともせずにすり抜けて走り続けたその足を、ゆっくりと止めた。
「……ひめ姉?」
ジェットコースターに乗っているかのように流れるような景色。
それは一年前ほど前にファミレス仲間の杯波和美との初めての遊園地デートで乗った、まさにジェットコースターを思い出すほどの自由の効かなさを覚えていた中国風の黒服の男――永遠名冬は、急に動きが鈍くなった姫に不思議そうに声をかけた。
『鎖姫……まさか……』
隣で追従していた緑を基調としたギブソンタックな髪形のメイド――枢機卿も、姫と同じことをほぼ同時に受信し、立ち止まる。
許可証所持者専用媒体、枢機卿であるから、姫よりは先に情報を受信していただろう。枢機卿の驚きの言葉に、姫は確信する。
「……どうやら、ピュアが本体の奪取に成功したようですね」
それは、許可証協会に残った、ここにはいない冬のもう一人の姉――正しくは実の姉であるが――の永遠名雪。S級殺人許可証所持者『ピュア』であり『スノー』である『純雪』の弐つ名持ちの彼女が、無事残務を達成させた事に他ならない。
『はい。おかげで情報を得られます。が……それよりも、この情報は……貴方は、知っていたのですかっ!』
ふるふると震えては怒りを露わにする枢機卿に、鎖姫は一瞬疑問符を浮かべたが、すぐにその怒りを理解し、自身と同じことを知ったわけではないことに気づく。
「……ああ、そっちでしたか」
何を知ったのか、姫は理解した。
理解したところで、この二人が何を求めて奮い立ち裏世界へと向かってきているのか知らない姫は、落ち着く時間も必要であろうと、ゆっくりと先へと進む。
姫が知った情報は、冬には厳しい。
更にそこに、枢機卿の知り得た結果も伝えられたら、冬の悲しみはより深く、沈み込んでしまうだろうと思うと、冬を抱きしめる腕にも自然と力が入った。
『そっち? そうではなく。いえ、確かに貴方も今先程知ったであろう情報も驚くべきことですが! なぜ、この情報を……っ! 知っていたなら、なぜ今まで、隠していたのですかっ』
「隠していたわけではありませんよ。ピュアはちゃんとお別れはしておりましたし。貴方達に伝える機がなかっただけの話です」
姫にとっては、すでに過ぎた話である。
だが、この二人にとっては知らない話であり、それを知った枢機卿がこのように驚き、知っているはずの本人が傍にいながら教えなかったことに憤慨するのは明白だった。
あえて伝えなかった。ということでもあるのだが、それは枢機卿も理解できるはずで。
「……言えば。冬が悲しみます」
殺人許可証所持者である。
一人一人が、表世界の一般人より遥かに頭が回るから所持者になれたのだからこそ。
知るタイミングが違えば、このような言い争いだけで理解されかねないやり取りも必要もなかったのだろうとも姫は思う。
言いたくなかった。
悲しませたくなかった。
せめて、今のこの状況の間だけでも。
要は、姫の《《逃げ》》でもあった。
『っ! ですがっ! 知らないよりはっ』
「すう姉?……何を……? ひめ姉、僕が悲しむって……なんの話ですか……?」
何を言い争っているのか。
冬はすぐに理解はできなかった。
何か自分たちにとって重要な出来事が起きていた。
それは取り返しのつかないことのようにも思えて。
――否。
冬も、考えないようにしていただけなのかもしれない。
覚悟を、決めるべきかもしれないと、冬は、二人を見た。
すぐに至る。
彼女達二人の揺れる瞳に。
何が起きたのか――いや、すでに何かが起きてしまっていたのかを理解した。
「そ……そう言えば、杯波さんも暁さんも。無事、でしょうか」
「……」
「この争いが終わったら、お詫びを兼ねて、皆さんでまた……」
『冬……』
「また……は。……ない、んです、ね……?」
スズと共に拉致され、時間が経ちすぎている。
スズはこの争いのキーであるからこそ、間違いなく生存し、無事である。
だが。
「……私が、発見したときにはすでに。暁様は」
「そう、ですか。……杯波さんは……?」
「私が。看取りました」
「そう――でしたか……」
彼女達は。巻き込まれただけの彼女達が、スズと共にいるわけもない。
冬は、敵であった脅威度Sランク『人形使い』の弐つ名持ちであった刃月美菜の、心無い言葉を思い出す。
<和美お姉ちゃんと美保ちゃんは殺してもいいって言われたから。もう――>
<あははっ。お兄ちゃんに近づいていい思いしてたから、裏世界に、ぽいって、置いてきたよ?>
<色んな人に襲われちゃって、飽きたらばらばらにされて。今頃は材料として並んでるんじゃないかなー>
それこそ、水原邸にて美菜が言っていたように、無事である保証がない。
「今は、体だけでも、と。回収し、安全な場所へと運んでおります。貴方達が裏世界に降りてくる前まで、あの場にいたのですが、すれ違いですね」
「……ありがとう、ございました……」
もう、あの二人に会えない。
そう思うと、ずきりと心が痛む。
この感情は忘れてはならないと心が訴えかけてくる。
忘れてはならない。
こんな自分に優しくしてくれて、慕ってくれて。
仲良くしてくれた二人を。
自分達の争いに。自分達に関わったことでこうなってしまった二人を。
冬は、心に刻み込んでいく。
次があれば。
いや、次はない。
だが、次がもしあるのであれば。
きっと――
『冬……』
「……」
いまだお姫様抱っこではあるが、顔を隠したかった。思わず姫の胸に顔を埋めようとしてしまい、いい加減降ろして欲しいと思うが、この美女はきっと降ろしてはくれないのだろう。
「……すう姉、ひめ姉」
悲しげな表情を浮かべ、冬の頭を撫でだした枢機卿と、ぎゅっと自身の胸に押し付けるように力を込める姫の優しさに、冬は甘えてしまいたくなった。
「いえ。覚悟はしていました。なので……」
だから。
もう一つ。二人が知ったもう一つも、今のこの状況で聞くべきだと、思う。
「もう一つ。何があったのですか」
「……ガンマ。A級殺人許可証所持者『ガンマ』こと、遥瑠璃が、亡くなりました」
「……は?」
その答えは、想定していなかった。




