第158話:『影法師』 6
<――っ……?
ひ……か――り……?>
意識が覚醒したのは、暗い、それはまさに『闇』と言える黒の中。
自分は今何をしたのか。何をしていたのか。
それさえも分からずに、ただただ闇の中に一人。
その闇の中にぽつんと明るい光がなければ、きっと。
自分はこのまま闇に溶け込んだままだったと思うと、その光に感謝を覚えた。
そんな光を闇の中で見続けていると、そう言えば、と、ふと思った。
<僕……いや、私か? それとも、俺?>
その闇から『自分』であったであろう意思を精査して自身を確立していく。
<……そうだ。
僕は、『僕』だ>
意識がはっきりと覚醒していく。
目の前の闇をくっきりと認識し、いまだ黒に埋まる自身をその中から掬い上げるように自己を理解していく。
<僕は、遥瑠璃。
『A』室初期実験体。通称『ガンマ』だ>
素体に自我を持たせる必要のない、食料以外の価値しかないほどの食肉実験で、何の因果か、掛け違って自我を持ってしまった実験体。
廃棄処理物として世界樹から処理されたはずの――
――出来損ない。
不要と判断されて、毎日何十という数の実験体と共に、処理されて腐った食料と一緒に外へと捨てられた実験体だ。
<――いや、違う>
確立し、そうであったと知覚したところで、ガンマであった実験体は、その思い出し自ら植え付けた記憶に、違和感を覚えた。
廃棄処理物として処理されたのは正しい。でも、それは出来損ないとして廃棄処理されたからじゃない。
出来損ないとして処理はされるはずだった。
他の廃棄処理の出来損ないと違って、屠殺されるように処理されてから放り出されたわけじゃない。
生きて外へと出ている。
それは外へと逃がしてくれた人がいたから。
そんな人がいたから今の僕がいて。
<君達が今度捨てられちゃう子? はじめましてっ!>
それは、誰だっただろうか……
<ねえ、君。――君とガンマ君だっけ?>
あの、誰もが研究者に怯えてひっそりと息を潜めて生きてきた研究室に、ひょっこり現れ行き来して。
<外の世界を見に行ってみない? 僕だって外を知らないけど、僕は出れないから、僕の代わりに知ってみてくれない?>
自由にいつも楽しそうに話しかけてきて、僕らの恐怖に縛られる心を和ませ、楽しませてくれた、あの見窄らしい白い貫頭衣を着た少年は。
<スズから生まれたのに。自分の意思を持った素体なのに。自由に、好きに生きられないって可哀想じゃないか。スズだってきっと生きて欲しいって思ってるよ>
……ああ、そうか。そうだったね。
<だから――>
<――君を、外へ。逃がしてあげるよ>
『彼』だ。
彼が僕をあの実験室から逃がしてくれた。
だからあの後、彼がどうなったのか分からなくて、心配だった。
それは一緒に処理された弓兄さんも同じで。
いつかきっと。
彼をあの場所から助け出してあげたいって。
<僕の名前? ん〜、スズから長いって言われたからなぁ、短くって難しいんだよねー。
……あ、そうだ。僕はね――>
そう思ったから、僕は、裏世界で兄さんと生きてきたんだ。
兄さん……弓兄さん。
ごめん。約束はやっぱり守れなかったみたいだ。
この力を使わないって約束してたのに。
でも。それでも。
僕は、見つけたんだ。彼を。
彼を、助けたかったんだ。
僕に声をかけてくれて、初めての友達になってくれた彼……。
僕達を、世界樹から――月読機関から逃がしてくれた、あの彼。
僕と同じ『苗床の子供達』の数少ない生き残り。
僕のことを救ってくれた、僕達のことを助けてくれた……
『苗床の成功体』に、最も近しかった彼。
『B』室・遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体・身体複合型被験体丙種、通称『冬』
僕の友達。『冬』君を。
だから兄さん。
僕はここで終わりだけど。
きっと、兄さんだって同じ想いだよね?
だから……冬君を、助けてくれるよね?
そう信じているから。だから。ここで、お別れだね。
兄さん、冬君。……そばかす君。共に戦うって決断してくれた仲間達。
僕はここで。彼を――
今、ここで。
この闇の中で。
この闇の中で、光を発する、あれを。
『焔の主』を。
今、この中で。
命を賭して、倒すから。
だから。
だから……
願わくば、皆が、冬君が。無事この先へ進めるように。
母なる『鈴』を、助けに行けるように。
僕は。瑠璃。遥瑠璃。
世界樹の実験施設、『月読機関』が生んだ『苗床の成功体』の素体から生まれた初期実験体『ガンマ』であり。
――いざ。
「僕は。A級殺人許可証所持者。
コードネーム『シリーズ』『ガンマ』」
「のんびりと。いざ」
そして、ガンマは。
影と共に、『焔の主』へと挑む。




