第124話:止まるもの
自分達が向かう先の助ける標的の正体と、敵の正体や目的をガンマから教えてもらい、誰もが大きなトラブルに巻き込まれていると感じるなか。
「明日はとにかく走る」
という打ち合わせだけして。
それだけのためなら全員いるときに言えばいいだけじゃんという思いを下位所持者に与えながら打ち合わせは終わり。
明日の為に交代交代で仮眠を取る野営地で、そばかすこと立花松は、大木の幹に座っていた。
考えることは多々あった。
許可証所持者としては多いが、裏世界から考えると少数ともなるこの数。
数はいたとしても成り立てがほとんどで、仕事をある程度こなしている殺人許可証所持者は、三人――松と瑠璃と雫――だけである。
今から向かう先でまともに戦えるのかという不安もあって、この先に進むべきなのかとも思えてしまう。
「なあ、瑠璃」
「なんだい?」
遥か遠くにうっすらと見える世界樹の影を見ていると、大木の下にふらりと仲のいい仲間――瑠璃が来たことに気づいて松は声をかけた。
「冬は、その、お譲ちゃんのこと、しっとるんかい?」
「……知らないでしょ」
瑠璃はいつから知っていたのかと気になりはしたが、聞かないほうがいいような気もした。
だが、考えていたことが分かっていたのか、瑠璃はそれを教えてくれる。
「……絶対助けてやろな」
「そう、だね……そうなると、僕は、ここでお別れだ」
「? なんでや!?」
「明日、皆にも話すつもりだけどね――」
瑠璃が松の隣に座り、驚く松の耳元で囁く。
「……まぢかいな……」
「うん、まぢなんだよ。不確定ではあるけど、確実にいる。だから、僕はここに残るわけさ」
敵が近づいてきている。
瑠璃はそう松に言った。
しかし、ここで人を割くこともできない。
なぜならこの先は、数と数の戦いだ。
裏世界の住人が辿り着けた時点での深奥、『世界樹』に向かい、奪還のためにそこにいるはずの相手と戦うのだ。
刃月美菜というトップランカーの殺し屋とも関わりがあるはずのその場に、殺し屋組織も関わっていると容易に想像できた。
そして『世界樹』だからこそ、ちらつく影もあり、それは確実にその場にいるであろうことも分かっている。
『縛の主』夢筒縛。
『主』との戦いが容易に想像できるからこそ、こんな少数と初心者の集まりでなんとかなるのか不安であり、更には背後から敵が来ていると言うのだ。
「……状況的に考えれば、そうしかならんか……」
そんな相手の数も強さもわからないからこそ、せめて数を割かないためには、もっとも強い仲間を置くのが手っ取り早いことは理解できた。
「……死ぬなよ?」
「当たり前だよ。流石にこんな面倒ごとに関わらせてくれた冬君に何かしら言いたいしね」
二人は笑いながらこつんっと拳を付き合わせ、明日への互いの無事を祈るのだが――
「……(う~ん? やっぱり怪しいなぁ……)」
そんな二人を、木の影から見つめる女性が一人いるが、あえて二人は無視しておくことにした。
夜が明けると、彼等はすぐに行動に移る。
「じゃあ、ここで」
「ああ」
「私達は先にいくね~」
これから世界樹へ向かう瑠璃は前日野営したこの場所で皆と別れた。
「いくら、足止めが必要といっても、骨が折れるには折れる。こんなところで戦力分散しても愚策だけど、最大戦力に最大戦力をぶつけるしかないからね」
急ぐように走っていく仲間達の背中が見えなくなると、ガンマは誰に聞かせるわけでもなく呟きながらため息をついた。
「お? 何かいるなぁ……」
背後に、自分が足止めすべき気配を感じる。
「本当にこのタイミングでここに現れるってことは、貴方も、『縛の主』と関係してるってことでいいのかな?」
背中越しに聞こえてきた一人の声に、更にため息をついて、振り返る。
一人でよかった。
なんてことは思えない。
実は、昨日の時点で、誰が来ているのかは分かっていた。
「夢筒の旦那とも約束してるからなー。終わったら何人か好みの子融通してくれるって」
薄暗い木々の影のなか。
一際輝く『焔』が転々と。
「それだけ……まあ、本体をもらうとかじゃなくてよかったよ……」
次第に集まるように数を増やしていくその『焔』は、一つに固まり形を造る。
「本体? あー。あの子かぁ。チヨちゃんのほうが好みだけど。それも考えてみるかー? でも旦那が離さなねーだろ。やっとまた手元に戻ってきた苗床ちゃんだぜ? 俺もや~っと、複数対単体みたいに、戦争的に暴れられると思うと嬉しいぜ~?」
この男の私欲というたったそれだけの理由で、人は滅ぶ道を進むことになるのかと、呆れるしかない。
ガンマの目の前にいるのは、真っ赤な、赤い、『人』だ。
体全身を、真っ赤な『焔』に包んだ燕尾服に身を包んだ初老のその人だ。
「一応彼氏もちだからね。あの子」
「ほ~、略奪ってのもいいな」
こいつは何を言ってもダメだ。
なんてことを考えながら、再度ため息をついて目の前の男をみる。
「で? おめ~さんが相手すんの? 死ぬぜ? 期待の新人、ガンマちゃん」
「まあ、頑張ってみるよ」
瑠璃の目の前にいるは、裏世界最高の武を持つ存在。
『炎の魔人』
『焔の主』その人であった。
「先に向かっても地獄。残っても地獄」
すでに『焔』となったその相手に向かって、瑠璃は自身の両腕からカタールを鳴らして現しながら、布告する。
「A級殺人許可証所持者。コードネームは『ガンマ』。のんびりと、いざ」
これが、冬ことシグマより先に世界樹へと向かった仲間たちの話である。




