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ライセンス! ~裏世界で生きる少年は、今日も許可証をもって生きていく~  作者: ともはっと
第四章:A級許可証所持者『シグマ』
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第118話:シグマとなりて 1


「あ、あれれぇー?」


 美菜の胸部に、黒い棍型の武器がにょきっと生えた。

 その棍を認識した直後に美菜に襲いかかった衝撃は、美菜自身を突風に翻弄される枯れ木のように後方へ吹き飛ばし、机を破砕し、棍の先端が床に深々と突き刺さるまで止まることはなく。


『逃がさず。仔細を聞き出すことも難しいのであれば、怒りを向けてもよろしいでしょう?』


 投げると言うモーションもない。

 ただ、枢機卿は、指で弾いた程度である。

 予備動作も見えない致命傷の一撃は、誰もが反応できない必殺の一撃だった。


 ぶらりと。

 宙に、力を失い、口や棍の接触部から鮮血を零しながら、美菜が棍の中間で串刺さる。


 枢機卿は怒りを向けたと言った。

 生かす気のない、確実に即死を狙った一撃であり、そこに枢機卿の怒りの程がよく分かる一撃だった。


「あーあ。倒されちゃったー☆」


 枢機卿が放ち、胸に突き刺さった棍を抜くこともせず。


「刺さるまでまったく気づかないって凄いねっ。いたいいたーい」


 言葉とは裏腹に。

 美菜は、痛がる素振りを見せることなく、そのまま串刺しの状態で首を持ち上げ、自身に起きた惨状を作り出した枢機卿を笑顔のまま見つめた。


 その口調に、痛みを感じていないような印象も受け、見た目と口調がまったく合っていない。

 どことなく、生気を感じられない姿だった。


「こわーいこわーい人達がいるのに美菜が直接会うわけないでしょー?」

『でしょうね』


 何事もなく喋り続ける美菜に、枢機卿は『やはり、すでに』と呟く。

 疑惑が確信となり、忌々しげに舌打ちした。


『いつから、ですか』

「なにがー?」

『今ではないでしょう。いつから、私達を欺いていましたか。いつから、入れ替わっていましたか』

「二日前くらい? だからもう――」

『……永遠名冬が許可証を剥奪された日にですか……』

「そうだよ? だって、《《その時くらいだったでしょ》》?」


 きりり、と、美菜の腕が音をたてて鋭利な刃物へと姿を変える。

 目の前の美菜は、『人形』であった。


「流石に美菜達も、許可証のトッププレイヤー達を一斉に相手なんてできないし、隙が出来て慌しくなるちょうどいい時期だったから」


 ずずずっと、自身の胸から生えたその棒を、笑顔の表情を変えず、そのまま自分の体を動かし引き抜いていく。


『《《貴方達》》の目的は、水無月スズ様だけのはずです』

「えー? 他はどうか知らないけど。美菜は和美お姉ちゃんも美保ちゃんも、いらなかったから」


 すぽんっと音をたて、抜けきる頃には、美菜の腕は両方とも、蟷螂のシックルタイプに変貌を遂げていた。


「だから――」


 ぐぐっと、足に力が篭る姿をみても、枢機卿は、ただ、その美菜の話を聞き続けていた。


「三人とも裏世界行きー。もう遅いよっ。残念でしたー☆」


 美菜が、足に溜まった力を解放し、枢機卿へと飛びかかった。

 枢機卿はため息混じりに、つまらなそうに見つめる。


『そんな陳腐な攻撃で』

「もう我慢できんっ! 殺るでっ!」


 枢機卿が避ける気もないのか、迫る美菜を興味なさそうにただ見つめていると、背後から迫った松が、美菜の右肩から左脇腹にかけて暗器を振り下ろす。

 背後からの攻撃に気づいていなかったのか、美菜は抵抗することもなく切り裂かれていく。


「な……なんやっ?」


 松はその切り裂かれていく美菜に、斬ったという感触を感じられず。


 『人形』である。

 そこに、いるようで実際はいない存在である為、実体はそこにないのだ。 


 感触を感じない斬り下ろしに、目の前にいると錯覚するほどに精巧な姿をしている人形――幻覚に、これが殺し屋のランク上位なのかと松自身も驚き、その場にすでに本体はいないと再確認し、逃げられたのだと理解した。


 さらさらと。

 細かい粒子となって、美菜であったものは砂のようにゆっくりと消えていく。


「逃げるとか~……」


 美菜の気配が消え。

 この陣容で逃げられたことに戦乙女が絶句する。


 最初からこの場にいたのが人形だったと思えば逃亡以前の話にはなるのだが、だとすると、人形にさえ型式を使わせることができることになり、それは相手の技量の高さを物語る想像にしかなり得なかった。


「……スズ……坏波さん、暁さん……」


 三人はまだ生きている。

 だが三人のなかで。

 ピュアの言葉を信じるなら、危険なのは和美と美保だということ。


 冬はまだ現実なのか幻覚なのか、理解できず呟き呆けることしか出来なかった。


 ただ、分かったことは。



 すでに誘拐されてから日は経っており。

 和美と美保も。三人とも、裏世界に放り出されてしまっているということだけだった。









 沈黙と警戒が色濃く漂うその場に。







「動くよっ! 戦乙女ヴァルキリーっ!」


 美菜が消えたことを目視したピュアが、戦乙女を呼ぶ。

 その声は大きな声ではない。ないのだが、辺りに通る、まるで心にすっと入り込んでくるようにはっきりと周りにしっかりと認識された。


 ゆっくりしている場合ではない。

 今の状況は急ぐべき案件なのだ。


「なにする~?」

「そこの彼氏とガンマと下っ端連れて、とっとと裏世界へ先行してっ!」

「う~? 時期尚早だと思うけど~」

「私も協会の一件が終わってからにしたかったよっ」

「……仕方ないねぇ~、行くよ、旦那様とガンマ~」

「お、おう?」

「急を要しているのは分かるからね」


 いきなりの上位トップからの指示。

 気が乗らなさそうな恋人の意味深な言葉。

 友人とその恋人達の安否の早急な確認。

 急を要する内容に、恋人と共に選ばれた松は困惑する。


 瑠璃は松とは違い、何かを察しているようではあった。


『そばかす様。協会から『依頼』としてしっかり報酬も出るようにしておきますよ』

「いや、そういうんやないんやけど……つーか、そばかす言うなや……」


 あのような殺し屋が絡む仕事であれば、松自身、自分の腕では荷が重いと感じていた。そんなにも重要な仕事なら、上位所持者が向かえばいいと。


 だが、考えてみれば。

 この場にいる所持者で上位者なのは、ピュア、ガンマ、戦乙女、そして、シグマの名を継いだ冬だ。


 松はまだ、C級殺人許可証所持者である。


 上位所持者が少ない上に、嘘か誠か、許可証協会から離反をしているかのような状況。

 だが、下を見てみると、数はいてもD級許可証所持者ばかりで、間にいるのが松だけなのだ。


「まあ、そりゃそうか。……しゃ~ない。行くわ」

「冬君、きっと大丈夫だよ。……また後で」


 面倒を見るには適任である。

 三人の後に戦乙女が集めた所持者も続き、食堂は静かになった。

 残るはファミレスの従業員と、この屋敷の一部のみだ。


「私も裏世界にいくけど、用事終わったらあとで合流するからー」


 そう言うと、まるで逃げるようにそそくさとその場から離れようとするピュアに、


「待ってください、姉さ――」

「あー、あーっ! とにかく、最優先は二人の安否と可能であれば救出っ、スズちゃんの奪還っ! 急ぐよっ!」


 冬に話しかけられないようにする必死なピュア。冬としてはどちらも急ぎの案件である。


「だから待って……」

「冬、いいから後にしろ」


 ピュアを捕まえようと動く冬を、春が止める。


「いや、だって――」

『後でいくらでも確認できますよ。今はピュアの馬鹿な話を無視してやるべきことをやるべきです。こんな馬鹿は後で幾らでも説教できるのですから』

「う……すーちゃん……冷たい……」


 枢機卿の冷たい言葉にピュアの動きが止まる。

 枢機卿が言うように、今は自分の大事な人を含めて、二人の命の心配をすべきであり、優先すべきことだと自分を震わせる。


 だが。

 だからこそ、これだけは、聞いておきたかった。


「戻ってきたら、話してくれますか?」

「もっちろん」


 急ぎ離れようとするピュアが振り返り、冬に笑顔を見せた。


「また後でね、冬」

「あ……」


 その笑顔は。


 髪色は違えど。以前とは成長した姿ではあれど。


「はいっ。姉さん……っ」


 それは、冬が以前見ていた、冬が求めた、変わらない姉の笑顔。


 すぐにその場から消えていなくなった姉のいた場所をみながら。

 一瞬とはいえ、姉との邂逅を実感した。


 やっと。

 やっと会うことができた。


「やっと……」


 冬の、裏世界での目標が一つ、達成された瞬間であった。




ついに姉の正体を認識し、傍にいたことに気づいた冬。

でも姉はすでに旦那もち! さてはて、どうする冬(何

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