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夜の帳が降り、燭台の蝋燭に火が灯る頃。

人数は少ないものの華やかで、そしてこの国で最も高貴な晩餐会が催されていた。

王族の住居にほど近い位置にある、小広間。

そこには長卓が据え置かれ、白いテーブルクロスが掛けられる。その上に花の盛られた籠や、銀器、ワイングラスなどがずらりと並んだ。


大臣や宰相などといった、ピラミッドの上位役職に就いている面々がそれぞれ盛装して現れ、食事が始まるまではそこここで談笑をしている。

その中に目立たないようにヴィオラも混ざり、大臣の付き添いで来たような顔をしてニコニコと微笑んでいた。

こういった場であれば、妻や家族ではなく部下を同行させる場合もある為、高位貴族ではないヴィオラにわざわざ家名を訪ねる者もいない。

厳しいチェックを通過してこの小広間まで来たこと自体が、既に彼女の身元を保証しているのだ。


念の為髪と瞳の色を変え、顔を覚えられにくい認識阻害の効果のある術の付与されたリボンを髪に結っている。

王族主催の晩餐会だ、下手な魔導具を持ち込めば見つかってしまう。通信水晶は衛兵も持っているものなので問題ないが、あとはおまじない程度のものしか持ち込めない。


「今日も素晴しいね」

そっと背後から声を掛けられて、咄嗟にヴィオラは拳を握った。

当然この部屋に武器の持ち込みなんて出来なかったので、いざという時はアクセサリーの長めのピンで、目潰しでもくれてやるつもりでいる。

幸い、今掛けられたのは知っている声だった。

「……ハーセン卿」

近衛騎士の正装に身を包んだマーク・ハーセンは、今夜の警備として参加しているらしい。

こんな男でも、知っている顔があれば安心するものだ。

「枯れ木も山の賑わい……」


最近レイフに教わった慣用句を口にすると、恐らく彼女の言いたいことを正解に読み取ったマークは嫌そうな表情を浮かべる。

「俺みたいな色男を枯れ木に例えるなんて、悪い子だな」

「そういうところですよ」

ツンッ、と顔を背け、席への案内が始まった為ヴィオラはそちらに向かった。


武器もなく丸腰でいるのは久しぶりなので、居心地が悪い。

この国のトップが集まったこの場で、よもや刃傷沙汰などは起きないだろうし、起こったとしても、それこそマーク達近衛騎士が制圧するだろう、とは分かっているのだが。

いつものように首元の詰まったドレスではなく、夜会用の大きく胸元が開いたドレスなのも気に入らない。


ヴィオラのはりのある肌や豊かな胸が強調されていて、時折視線を感じるのも不快だ。何より、ドレスのデザイン上いつものように水晶を胸元に突っ込むとばっちり見えてしまうので、それが出来ないことが不便だった。

魔導具ではあるものの、武器ではないので持ち物チェックは通過出来ていて、ドレスの隠しに入れてある。けれど、これでは肌に触れていることにはならない。

いちいち触れて連絡を取らなくてはならないのだ。

「……今度は肌に触れるアクセサリーか何かで作ってもらおうかしら」


席に着きながら、ヴィオラは油断なく周囲を窺う。

そしてアリスと目が合い、視線だけで挨拶を交わした。彼女を見ていると、先日レイフに質問した内容を思い出す。






「聖女の奇跡って、癒しの力だよね?それって、回復魔法と一緒じゃないの?」

ヴィオラは、冷たいジェラートに銀の匙を突っ込んで尋ねた。

料理長渾身の力作の桃のジェラートは、散々レイフが強請った為ヴィオラが塔に持ち込んだ。

この為に持ち運べるサイズの氷魔法を循環させた箱を作ったので、甘党の執念は恐ろしい。


「あ、ちょっと待って、頭キーンッてする!」

ジェラートに大喜びで、大きな一口を食べたレイフは頭を抱えて唸った。

少し温度を抑えて淹れたアールグレイのカップを、ヴィオラは彼の方に押しやってやる。


しばらくして落ち着いたレイフは、ええと、と匙でジェラートをいじった。

「確かに聖女の奇跡の効果は癒しで、回復魔法に近いね。でも、同じ傷に対する効果でも、呪いを付与された傷だと、回復魔法では傷しか塞げないけれど、聖女の奇跡は傷も呪いも癒す。一例だけど、確かそういう違いがある筈だよ」


実際に聖女の奇跡を見た者は、現在はいないので伝承になる。

ヴィオラはなるほど、と頷いた。物理的な傷に呪い。確かにそんな攻撃を受けて、生き残れた話など聞いたことはない。

そもそも人を呪うのは禁術で、魔法として伝えられてはいない失われた術の筈だ。


使う必要がこれまでなかったので、聖女の奇跡もお目見えする場がなかった、ということだ。逆に言えば平和な世が続いているということで、結構なことだ。

「今後も出番がない方がいいのかもね」

「それは言えてるかもねぇ~あ、イタッ!」

「……学習しなよ、稀代の魔術師……」





余計なこともたくさん思い出してしまい、ヴィオラは表情を変えないように努める。

ようはアリスが聖女の奇跡を発現させることが出来れば、万事解決のような気がするのだが、発動条件も分からないし、きっとその奇跡を必要とするような状況にはならない方がいいのだろう。

レイフは神託に絶大な信頼を寄せていて、アリスが聖女だということは疑っていないが、ヴィオラには正直分からない。




そして晩餐が始まる。



奥の席には王と王妃、側妃が座り、その手前にクリストファー、隣に新しい婚約者のミーシャ。

序列だけを見ると、彼女は大出世だろう。

だが、形ばかり朝に教会で祈ってはいるらしいが、それ以外の聖女の勤めは果たしていないことは調べがついている。

偽聖女であるだけでなく、仕事までサボるとはここ数日彼女達の所為で大いに働かされているヴィオラからすれば殺意が沸いた。


その一方で贅沢にも新しいドレスを強請ったり、宝石商を城に呼んだりしているし、後の時間は王太子と放蕩な生活をしているのだから、これでは国を救うどころか内側から食いつぶしていくような有様だ。

クリストファーも、まだアリスが婚約者だった頃はここまで目に見えて愚かということはなかった筈なのに、ミーシャに骨抜きにされてすっかり堕落してしまった。


やがて、王の号令に従い皆がグラスを掲げて乾杯し、料理が運ばれてくる。

食事が終わるまでは、エドワードも話を始めないだろうし、何も起こりはしないだろう、とヴィオラはこの国で一番偉い人と同じものを食べることにした。暗殺者だった頃からは考えられないことであり、まったく不思議な状況だ。


給仕が皿を運んでくると、料理の名前やどのように食べるかと教えてくれる。こちらのソースで、とか、この殻は飾りですので外して、だとか。

長い名前と可食部分の少ない前菜からして、目が飛び出るぐらい美味しい。二品目の前菜、だとか、スープだとか、メインにいくまでお腹がいっぱいになってしまわないか心配になってきた。


だが、ふと。


こんなに美味しいものを食べているのに、一人で塔に閉じこもっている童貞魔法使いのことを思い出す。

彼と、ヴィオラの作った焼いただけだの煮ただけだのの食事を食べることは、楽しい。


レイフも出てきて、一緒に料理を食べることが出来たならば、もっと美味しく感じるのに、と素直にヴィオラはそう思っていた。





濃厚なスープのシャーベットに、泡立てたチーズを載せた、という不思議な食感の一品に舌鼓を打つ。

政治のこと、他国のと貿易、流行りの舞台の演目、様々な話題があちこちで交わされ、身分が高貴であろうとなかろうと、こういう時の雰囲気はどこもよく似ている。

給仕や護衛もおかしな動きはしていないし、エドワードの話の運び次第では案外和やかに聖女の座をアリスの元に返せるのではないか?とふと考えた。

聖女の力を信じ、アリスがその座に戻ることを強く望んでいるのは、現状レイフだけだろう。

だがミーシャ自身も聖女の役目を近頃は放棄していると聞くし、アリスさえ聖女に戻りたい、と思っていてくれていれば、ひょっとしたらあっさりと解決するかもしれない。


だが。

人柱とレイフが称した聖女という座に、アリスもそう感じていたとしたら、再び人柱になってください、ということは酷なことのように思われた。


とはいえ、何年も平和だったこの国が、たった一ケ月ほど偽聖女を置いただけで、既に端が綻び始めている。

人柱というだけの犠牲であり、意味があったのだ。


アリスが嫌がったとしても、他に手段がない以上は民と国のために聖女に戻ってもらうしかない現状が、ヴィオラは悔しかった。


そうして。

食事が粗方終わり、皆思い思いに酒を楽しんだり、会話を交わしている時間になった。

チリリン、とエドワードがおもむろにクリスタルのグラスをスプーンで叩いて、涼やかな音をたてる。周囲の目は彼に注目した。


「皆さん、今日は私から話があります。少し、時間を頂戴出来ますか」




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