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 ミーシャは苛立っていた。


 彼女は、生まれた時から自分が勝ち組だと確信していた。

 昔は踊り子をしていた母親の、その美貌を受け継いだミーシャは街で一番の美少女として持て囃されていたし、その母が容姿で以て陥落した貴族の父が援助していてくれたので生活は豊かだった。

 年頃の男は皆、ミーシャの美貌と体目当てに傅き、さながら小さな世界の女王のように暮らしてきた。


 しかし一年程前に、父の正妻である伯爵夫人が亡くなって、ミーシャの世界は一転する。


 父が母とミーシャを伯爵家に引き取り、正式に後妻と彼の血を引く娘として認められたのだ。正直、街での生活に満足していたミーシャは、今更貴族の生活など面倒だ、と感じていた程だ。

 最初は。


 ところがどうだ。

 伯爵家での生活は、街での平民としての生活など霞んでしまう程に豪華だった。

 食べたい時に食べたいものが得られるのは当たり前、望めば、仕立て屋も宝飾商人も、とびきり豪華な商品を持っていつでも屋敷に駆けつけてくる。

 貴族の男性は皆見目麗しく、街の男どものようにミーシャに下品に欲望をぶつけてくるようなことはなかった。

 が、男は男。

 結局ミーシャの魅力には抗えず、次々と骨抜きになり熱烈に彼女に愛を囁いた。

 街の男と違い、彼らは高価な貢物を持ってくる点もよかったし、婚約者のいる男などは特に禁欲的な生活をしている所為か、手玉に取りやすかった。


 そうして、たちまち豪華で肉欲的な日々を謳歌していたミーシャだったが、目の上のたんこぶがあった。

 半分しか血の繋がらない、義姉のアリスだ。


 誰もが、ミーシャが名乗った際には、「ああ、あの聖女様の妹の」と言うのだ。

 ミーシャはミーシャだ。誰かの附属物ではない。

 だと言うのに、腹立たしいことに一人の例外もなく、アリスの義妹のミーシャ、と認識するのだ。小さな世界の女王だったミーシャは、ここで初めて壁にぶち当たった。


 おまけにアリスは、少し冷たく見えるぐらいの美貌を持ち、生まれた時から金をかけて磨き抜かれた甲斐あって肌も髪も潤いがあり、ほっそりとした庇いたくなるような容姿の女だった。

 ミーシャの方が凹凸のある体をしていて、男性を魅了するのに適していたが、それは結局彼らの欲望の対象というだけ。愛されていることとは似ていても、イコールではない。


 しかもアリスは聖女で、おまけに王太子の婚約者だという。

 ミーシャが伯爵家に来た頃には、既にアリスは聖女として教会の方に住んでいたので、あまり接点はなかった。

 が、それでも時折屋敷に帰ってきた際に会うと、彼女は決まって戸惑った顔をしていた。

 さほど年の変わらない、腹違いの妹だなんて目障りに違いないのに、扱い兼ねた様子でオロオロするのだ。これではまるでミーシャの方が悪者ではないか。

 不義密通をしていたのは、ミーシャの母と伯爵である父であり、ミーシャに罪はない。ミーシャとアリスの立場は対等な伯爵令嬢である。

 彼女は本気でそう信じていた。


 実際には、伯爵家の血筋はアリスの母の方にあり、父伯爵は婿養子。

 ミーシャ自身は貴族と平民の間の子でしかなく、伯爵家の血は一筋も流れてはいなかったのだが、説明されていた筈なのに、彼女は耳を貸さなかったのだ。


 そして、小さな世界の女王として育ったミーシャは非常に気が強かった。

 アリスと自分の立場は対等。

 その思えば、今までの小さな世界で満足していた自分がバカのように感じた。あんな粗末な生活で満足して、女王のような気になっていただなんて、世間知らずもいいところだ。

 アリスは生まれた時から貴族として絢爛豪華な生活を送り、何不自由なく暮らしてきたのだと思えば、腹立たしかった。


 いつも被害者面して、オロオロしているのも気に入らなかったし、何もしていないのに聖女だとチヤホヤされていることも気に入らない。


 アリスの暮らす教会は、王城の敷地内にあり、伯爵邸で暮らすよりも更に豪華な暮らしをしているのだろう、と思えば、手に入れた筈の今の暮らしも色褪せて見える。


 気付けば、ミーシャはアリスが妬ましくてたまらなくなってしまっていた。


 アリスの全てを奪ってやりたい。

 彼女が、ミーシャに負けを認めて這いつくばる姿が見たい。


 そう考えたミーシャの行動は早かった。


 まず、アリスが王太子を連れて実家を訪れる時を狙って、彼に近づいた。

 ちやほやされることに慣れている猜疑心の薄いクリストファーは、ミーシャが密着してちょっと恋の駆け引きめいたことをすればすぐさま転がり落ちてくる。

 元々アリスが婚約者であることに対して不満に思っていたらしい彼を、ベッドに招き入れることは赤子の手を捻るよりも容易かった。


 そうして後は、この通り。

 曲がりなりにも貴族の血を引いているおかげで、ミーシャが生来、回復魔法が使えたことも大きな意味があった。

 聖女の奇跡は誰も見たことがない。


 聖女を選ぶのは、教会に降る神託だが、アリスはその伯爵家の娘、と指名されての抜擢だった。

 では、実際にはミーシャだったのではないか?彼女も伯爵家の娘だ。


 レイフが聞けばまた罵詈雑言で反論しそうな理屈だが、それを王太子が提唱し、実際に回復魔法の使える現在の伯爵家の娘であるミーシャを擁立したことで、教会は強く否定することが出来なかった。


 聖女の形骸化の影響は、当の教会にまで及んでいたのだ。


 そして、あの婚約破棄騒動が起き、アリスの失脚には失敗したが、聖女の地位と王太子の婚約者の座を彼女から奪うことが出来て、ミーシャはまずまずの満足を得ていた。

 何もかも一度に奪おうとすれば、きっとどこかで失敗する。


 これからじわじわといたぶるようにして、アリスから一つずつ奪ってやろう、と考えていた。


 なのに。


 なのに!!


 聖女の生活は、ミーシャが思っていたようなものではなかった。

 質素倹約、かつ禁欲的な生活は、ミーシャの街での生活の方がまだ豊かで自由だった程だ。その上、朝夕の祈りに、奉仕活動。

 聖女としての仕事が終われば、次は王太子妃としての教育。


 自由になる時間はほとんどなく、ミーシャは早々に音を上げてクリストファーのベッドに逃げ込んだ。


 王太子の部屋での生活は快適であり、思っていた通りの豪華なものだったが、じわじわと周囲から苦言を呈されることが増えて来た。

 そして、そいつらは決まって、また、あの言葉を口にするのだ。


「お姉様のアリス様ならば」と。


 その言葉が、大嫌いだ。




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