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 翌朝。

 女性使用人達の共同の水場で顔を洗ったヴィオラは、部屋に戻り支度を始める。体は武器なので隠さないが、人相は覚えられては困るので地味な印象になるように化粧を施す。


「…………寝覚めが悪い」

 ヴィオラは朝から不機嫌だった。

 原因は、昨夜のレイフとの会話だ。彼は自分を人柱と称した。

 聖女であるアリスに対しては、彼女に不自由を強いているのだからせめて待遇をよくするべきだと主張し、今回の婚約破棄騒動に関しても一貫してアリスの味方をしている。


 それはいい。

 罪のないアリスが断罪されるなど、彼女が聖女ではなかったとしてもあってはならないことだろう。

 しかし、当のレイフ自身は自ら塔に閉じこもり、外との関わりを避けている。

 千里眼ゆえに人との付き合いが辛いのならば、いっそ城に住むことすら辞めればいいのに、それはしないのだという。


 その矛盾に、腹が立つ。



「お、ヴィオラ嬢。今日も素晴らしいね~」

 身支度を整えて食堂に行くと、顔馴染みの騎士が近づいてきた。近衛騎士のマーク・ハーセン。情報源の一人だ。

 彼は、ヴィオラの体を眺めてにやにやと脂下がる。

「キモイんであっち行ってもらっていいですか」

「辛辣!!だがそこがいい!」

 そう言って、彼は自分の朝食のトレイをヴィオラの向かいの席に置く。

「……ハーセン卿。話聞いてました?」

 ヴィオラが顔を顰めて、言外にどっか行け、と言うが彼は気にした様子もなくスプーンを手に食事に取り掛かった。

「そんな他人行儀な言い方しないで。俺と君の仲だろう、マーク♡て呼んで」

「ハーセン卿。どっか行ってください」

 ついに言葉にしたが、結果は同じだ。おかず交換しよ!等と言われて、嫌になったヴィオラはパンの上に具材を全て載せてもりもりと食べきった。

「豪快~」


「馬鹿言ってないで、報告して。その後、クリストファー殿下とミーシャ嬢はどうしてる?」

 近衛騎士のマークからも、席を立たずに我慢した分ぐらいは情報を搾り取っておきたい。

「ん?んーまぁ、あんだけ大勢の前で婚約破棄を宣言したこと自体は陛下からお叱りがあったぽいけど、あとはそのままってカンジ?婚約者兼聖女がアリス嬢からミーシャ嬢に代わっただけ」

 薄い茶髪に緑の瞳の騎士は、女性に大人気だ。この性格でさえなければ、ヴィオラももう少し優しく接したいのだが、調子に乗らせると後が面倒なので一貫して冷たくしている。

 マークは、彼女が監視塔の魔術師の部下であることを知っている数少ない人物で、騎士の間での噂話などをきさくに教えてくれる貴重な駒だ。


「昨日の今日で早いわね。本当に聖女を担う令嬢が代わることを、誰も重要視していない証拠かしら」

「聖女は形だけ、て思ってる奴は上層部にも多いからな。今回は、さっさと終わらせて、王太子のスキャンダルを早々に鎮静化させたいんだろうねぇ」

 クリストファーとしては、アリスを見事断罪し大団円でミーシャと婚約をしたかったのだろうが、ああも大勢の前で拙い糾弾をバッシバシ潰されては断罪成功!とは馬鹿でも言えないだろう。


 馬鹿王太子の印象だけを残して夜会はお開きになったので、確かにイメージをうやむやにして払拭したいお偉方の考えが透けて見えるようだ。

「王太子がバカなのはOKなの?」

「おおっと、過激なことを言うね、君は。そこが魅力的なんだけど」

 マークに微笑まれても、ヴィオラは濃いめのコーヒーのカップを傾けるだけだ。

「……今はクリストファー殿下の生母・側妃様の実家が権力を握ってるしね、聖女もいれば盤石。多少、王冠の台座がアホでも周囲がなんとかするさ」


『聖女の立場を重要視しているなら、聖女の役目を負っている人のこともちゃんと見て欲しいものだね!』


 突然頭の中にレイフの声が聞こえて、ヴィオラは自分の胸元を見た。

 豊かな胸は、慎み深い侍女のドレスに包まれていてほんの少しデコルテが覗いている程度。そこにいつもの癖で通信水晶が突っ込まれていた。

「…………」

 レイフの声は頭の中に届くが、返答する為にはヴィオラは実際に喋る必要がある。マークに水晶のことを知られるのは嫌で、彼女は口を噤んだ。


「……そう。分かったわ、ありがとう。また何かあったら教えてちょうだい」

「ちょっとちょっと、何の礼もなしに行っちゃうわけ?」

 トレイを持って立ち上がろうとしたヴィオラの手を、マークが慌てて掴む。


『こら!軟派騎士!ヴィオラちゃんに触るな!』


 頭の中でレイフが五月蠅いが、彼女には慣れたものだ。

 彼の方でも水晶の存在がバレるのは望んでいない為、こういう時にヴィオラが返事をしなくても、そのことに関しては文句は出ない。別のことでは延々文句を言い続けているが。

「……あなたにはきちんと報酬が支払われている筈よ。その上で私に礼を求めるの?過剰要求じゃないかしら」

 ぴり、とその場の空気が緊張する。

 ヴィオラは自由と金を愛している。ゆえに過剰請求は悪なのだ。


 じろりと彼女がマークを睨むと、彼はハイハイと手を掲げて降参のポーズをとった。

「……それにしても、引き籠りが今回は随分大きな案件に首突っ込んでるんだな」

 マークに言われて、ヴィオラもそこは頷く。

「婚約破棄の余波で聖女が国を出て行っては困るから、”彼”も気にしているみたい」


 レイフ製作の水盆は、予め位置を決めて魔道具を配置しておけば、彼ほどに膨大な魔力がなくても監視可能だ。


 水盆とそれ専用の水晶のセットが、所謂監視モニターと監視カメラの役目を果たす。各区画の衛兵の待機所には水盆がセットされていて、警備に当たる衛兵がそれをチェックするシステムになっていた。

 いくら千里眼とはいえ、城内全てを一人で監視出来る筈もない。彼の住まいが監視の塔と呼ばれているのは、レイフが監視を行っているからではなく、監視システムを構築したがゆえ、なのだ。


 そして彼は、衛兵達が気にも留めないような小さな綻びを修正して回っている。

 それがいずれ大きな災いの芽となるのか、本当に小さな綻びのままなのかはレイフにしか分からないが。


 リアルタイムに起こっている出来事を監視するシステムは構築出来たが、将来大きな災いの芽となるものを摘み取るまでには至らない。

 それこそ、千里眼の魔術師が100人いても足らないだろう。正確な未来予知。そんなものは、レイフ自身にだって無理なのだ。


 だが王城における、監視システムの構築に関しては、現状で概ね完成していた。リアルタイム監視で、十二分に災いを防げているといえるだろう。

 少なくとも早めに気づき、対処出来ることは、飛躍的に犯罪数を減らすことに貢献している。


 そしてそれらに取りこぼされた小さな綻びを、レイフとヴィオラは摘んでいくのだ。





 それから数週間は、何事もなく過ぎた。


「……じわじわ被害が出てきそうな予兆が出てるね~~~~」

 レイフが各地から報告の上がってきた天候や作物の成長状態のデータを見ながら、嫌そうに呟く。

 五月蠅い彼の為に、夕食を作っていたヴィオラはその言葉に眉を寄せた。

「被害が出てるの?」

「いや、まだ出そうな予兆、てとこ。この地方は元々土壌があまり豊かではないから、品種改良用の国の研究畑として使われているんだけど、この数値はかなり悪いね~これ以上悪化するなら周囲の農家の収穫に関わってくるよきっと」

「そんなことまで分かるの?それとも、それが千里眼なのかしら」


 香草と一緒に蒸した肉と野菜は、ふんわりとした香りと湯気を立てる。そのまま切り分けることなく皿に盛ると、今度はとろけたチーズを上から容赦なく掛けた。いいのだ。この後たくさん運動するから、いいのだ。

「ヴィ、ヴィオラちゃん、何その暴力みたいな背徳的なご飯……!」

「ちょっと飯より仕事優先でしょ!このままだとこの地方どうなるのよ」

 意外にも真面目な返答に、レイフは苦笑する。

「勿論、不作になるだろうね」

「大ごとじゃない!」

「……僕、ヴィオラちゃんのそーゆートコ好きだなぁ」

 へらっ、とレイフが笑う。


 いつも口では金、金、と言っているが、ヴィオラは王侯貴族ではなく平民に被害が行くことを一番危惧している。その視点は、この王城において得難いものであり、レイフにとっても大切な指標だ。


「それって聖女が代わった所為ってことよね。義妹じゃやっぱり聖女としての役目は果たせてないってこと?」

 話しながらも、ヴィオラはテキパキとテーブルに皿を運ぶ。ふっくらバターの香りのパンに、厨房から分けてもらった色とりどりの酢漬けの野菜。メインは当然チーズがけの肉と野菜だ。

「そうなるね。偽聖女の証明に弱いかもしれないけど、これ以上待って被害の結果が出てからじゃ遅い」

「そこから先は私達の仕事ね」

 ドンッと決意を表すようにヴィオラはメインの大皿をテーブルに置いた。

 上にあしらった香草の葉の緑が、目にも鮮やかである。


「もう食べていい!?」

「どうぞ召し上がれ。で、たくさん食べたら、作戦会議よ!」

 シュッ、と手首の上で器用にナイフを回してみせたヴィオラは、しっかりと柄を握って肉を切り分け始めた。


「あぁん、ヴィオラちゃんカッコイイ~!!」

 台無しである。



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