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それから二人は、小さなテーブルに向かい合って朝食を摂る。
「昼食用に多めに作っておいたから、ちゃんと食べなよ」
「ありがとう。ヴィオラちゃんのご飯なら毎日食べたいな~」
「毎日は面倒かな……てか先に断っておかなかったら、メイドが食事を届けてくれるでしょうに」
昨日のうちに、今日の朝食と昼食をレイフが断っていたのを知っているヴィオラは呆れた。メイドが運んでくれる食事は、城の厨房で作られるプロの料理だ。見様見真似でヴィオラが作った簡単なものよりも、よほど美味しい筈なのに。
「なんか毎回運ばれてくる食事を食べるのって、囚人みたいで嫌じゃない?」
そう言ってレイフが顔を顰めるので、彼女は首を傾げる。
毒じゃないなら、腹に入れば何でも同じだ。まして、プロの作った料理は、さほど味覚が鋭敏ではないヴィオラの舌にも美味しい。
「そんなものかしらね。それなら、こんな塔に引き籠ってないで、外に出ればいいじゃない。あんたは地位も高いんだから、専用の部屋で専用の食事とか作ってもらえるんじゃないの?」
半熟卵と燻製肉をパンに載せ、ささっと胡椒を振ったものをヴィオラは豪快にかぶりつく。見ているだけで美味しそうだったので、レイフも真似しようとパンを手にしたが、上手く卵を載せられない。
「僕はこの塔から出たら、得られる情報量が多すぎるからね。臆病だから、出られないんだよ」
もたもたしている彼を見かねて、ヴィオラはさっさと同じ様に具をパンに載せてやって胡椒を少しだけ振った。
「……はい」
「ありがとう!」
ぱく!と勢いよくレイフがかぶりつくと、反対方向から卵の黄身がとろりと零れるのだった。
『……でもエドワード王子はちょっと頼りなかったよね。兄に傷つけられた女性がいるんだから、もっとこう、何も言い返せる根拠がなくてもバーンッ!とアリス嬢の助太刀に入るぐらいして欲しかったよねぇ』
「ビビッて塔から出てこない童貞に言われたくないんじゃないかなぁ」
小声で呟いて、ヴィオラは二階の外回廊から城内に入る。
『別にビビッてませんけどぉ!?』
という明らかにビビッてる反論が脳に響いた。
朝食を終えたヴィオラは、こっそりと侍女としての彼女に宛がわれた自室に向かっていた。
最初の頃はドレスで跳躍することに苦労したが、数ヶ月もすれば苦も無く出来るまでに慣れる。塔は王城敷地の隅にある為、主要部に行くには時間が掛かるのだ。
そこは、天才魔道具製作者のレイフ。彼が使われていない物置小屋に設置した移動魔法の陣を使うと、一瞬で塔まで行けるのである。
「魔導具ではなく魔術では?」
「魔道具に魔術を書き込むのも、魔法陣に瞬間移動を書き込むのと同じことさ」
などと非魔術士であるヴィオラには、よく分からない理屈を展開していた。単純にすごいことは分かるのだが、それならばいっそヴィオラの侍女用の私室に繋いでくれればもっと楽のだが、と提案すると、レイフは真っ赤になっていた。
「そ……そんな、破廉恥な!ヴィオラちゃんはもっと慎みを持つべきだよ!」
などと。
破廉恥な想像をしているのはそっちだ童貞、とか、元暗殺者のヴィオラに夜這いを掛けようとすれば危ないのはレイフの方だ、とか色々言いたいことはあったが、何やらいっぱいいっぱいのようだったので放置しておいた。
そんなこんなでヴィオラは与えられた私室に辿り着き、まずは着替えることにする。
日替わりでドレスを着替えられる程裕福ではないのだが、それでも下着は当然替えるしドレスの方は洗浄機に掛けなくてはならない。
ちなみに洗浄機もレイフの発明らしい。便利なものがあるものだ、とヴィオラは感心しているが、レイフに言わせるとドレスは生地の違う布がいくつも使われているので、施す洗浄魔法の調節が難しいのだとか。
出仕の支度を整えて、ドレスの隠しに通信水晶を入れた。
ヴィオラの平常業務は、王城内を動き回り情報を集めることだ。レイフが目なら、ヴィオラは耳で集める、といったところだろうか。
千里眼の魔術師付き侍女ということは伏せ、慎み深い侍女の恰好をしたヴィオラは今日は化粧も髪型も地味なもので装い、目立たないように擬態している。
昨日の騒動の後、エドワード王子は以前からアリス嬢に好意を抱いていたらしく、驚いたことにその場で求婚した。
王太子が新しい聖女となった義妹と、第二王子が元聖女の姉と婚約するとなると、彼女達の生家の伯爵家に権力が集まることを懸念する貴族が余計な動きをするかもしれない。
アフターケアも仕事の内なのだ。
その日一日、ヴィオラはあちこちを歩き回って情報を集めたのだが、夕方には大体の結果は出ていた。
というのも、アリスの生家の伯爵家自体は俗物だがほぼ権力を持っておらず、姉妹が王族に嫁いだところで政治的な勢力図に動きはないようだ。
「アリス嬢って、本当に伯爵令嬢としてよりも聖女としての存在に重きをおかれての婚約だったのね」
夜。
再び自室に戻ってきたヴィオラは、水晶に向かって呟いた。
普段は下手をすればヴィオラ以外の者と全く会話せずに過ごしてしまう引き籠り魔術師の為に、報告がある時はなるべく塔に行くようにしているのだが、今夜はある政治家一派の食事会があり、そこに潜入して聞き耳をたてていた所為で遅くなってしまったのだ。
食堂の方も閉まりかけていたので、ヴィオラは慌てて残り物を皿に盛って引き上げてきた。
『聖女の血を王族に取り入れることが出来る、というのはオイシイからなぁ』
彼女が食事に両手を使っている為、水晶はまた胸元に収まっている。締め付けのない部屋着を纏ってはいるが、ヴィオラの凹凸のある体のラインは隠せていなかった。
行儀悪く椅子に座り、備え付けのテーブルに置いた皿と安ワインのボトルを指先でなぞる。
「あんたは前々から聖女は、王太子を餌にしてでも是非この国に留まってもらうべき、て主張してるけど。実際どれぐらい意味があるの?聖女の奇跡を起こさない聖女も歴代に大勢いるんでしょう?」
『そうさ。だけど聖女の真価は奇跡の方じゃなく、そこにいるだけでその場所に恩恵を与えることなんだよ』
レイフの意外な言葉に、骨付きの甘辛い肉を頬張っていたヴィオラが止まる。
「……恩恵?」
『そう。アリス嬢は朝夕に祈りを捧げているだろう?あれをきちんと神様が聞き届けて、この国を豊かにしてくれているんだ』
「…………そんなの初めて聞いた」
指先についた甘辛いタレを舐めて、彼女は眉を顰める。
正直、王太子同様に聖女の存在は形骸化しているとヴィオラも思っていたのだ。
信仰に象徴は必要だと思うので、国も教会も聖女を手厚く遇しているのは、そういう理由だけだと思っていた。
『あまり口外しない話だろうねぇ、聖女の価値が知れ渡れば、誘拐なんかを企む輩も出そうだし』
「私には言っていいの?」
『パートナーに仕事上の隠し事をすると、悪い未来しか見えないからね』
「……」
ヴィオラは王城で働くことになった際に、徹底的に行儀作法に関しての教育を受けた。模倣は得意だし、人を観察することが仕事なのでその場に違和感なく溶け込めるが、本物の品のようなものは出ない。
大広間でクリストファーとその側近達に糾弾されつつ、言い返していたアリスには、気高さがあった。
そうなりたい、とは思わないが、そうであることに敬意は払う。
レイフの話を聞きながら、彼女はなんとなくそう考えた。
付け合わせの野菜を素揚げしたものに、塩をぱらぱらとかける。これに安ワインがあれば、ヴィオラは幸福だ。
人には人の、それぞれの幸せの形がある。
厨房の火を落とす前に、と料理長が余り野菜をその場で揚げてくれたそれらは、まだ中身は熱くて、ヴィオラの舌を強かに焼いた。
「あちっ!けど、うまっ」
『あ!?ヴィオラちゃん、何食べてるの!?ずるい!』
レイフの声に、ヴィオラは苦笑する。
別に今更構わないのだが、女性の私室を勝手に覗くわけにはいかない、と彼はヴィオラが自室にいる時は水盆で見ることをしないのだ。ちぐはぐな紳士である。
「野菜を揚げたやつ。塩で食べると最高」
『えーいいな、僕も食べたい~今度作ってよ』
「無理。アンタの塔のキッチンの火力じゃ高温にならないもん。それより食事のリクエスト出した方が早くない?」
『僕のところに来る頃には冷めてるさ』
朗らかに笑う声が聞こえて、ヴィオラはつい顔を顰めた。
レイフが見ていないことを知っているから出来ることで、存外人の機微には察しのいいあの男の前で、素直に表情を出したりはしない。
「なら、出てくればいいのに」
なるべく気安く聞こえるように言う。
『…………難しいかなぁ……僕も聖女と同じ』
「え?」
対するレイフの声は、泥のように重く鈍かった。
『この国の人柱だから』




