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その後。
「ひと時危機は脱出したけど、どうせまたあのクズとアバズレの所為で国が危機に陥るんだよねー!!ほんと僕が保証するから災いの種は早めに摘むことって出来ないのかなー嫌だなー!」
「うーん。暗殺してあげたいけど、さすがにまだ起こしていない罪の為に殺すことは出来ないわね」
ヴィオラは、ソファに突っ伏すレイフの頭をよしよしと撫でる。
あれから夜会にはようやく衛兵が登場し、事が王子二人に関わる内容だった為、上役が当事者達に詳しく話を聞き結果は追って発表される、というなんとも中途半端な幕引きになった。
ヴィオラは現在、詳しい事の次第をどうせ遠見の魔術で見ていたであろう上司に補足報告する為に塔まで赴いて来ている。
ちなみにこの塔は城の端にある為、今夜はこのままこちらの客室に泊まるつもりだ。
そしてレイフの方は、中途半端な結果を盛大に嘆いている。まだ解決していない所為で、この件に関わり続けなければならないからだ。
「僕はただ、魔道具を黙々と作っていたいだけなのにー!!これじゃ研究が進まないよぉぉぉ!」
「私はただ、あんたが稼いだお金で、贅沢三昧していたいだけなのにねぇ」
「いつも思うけど、それひどくない?僕の稼ぎだけが目当てじゃないか」
「あら、あなただってこの美しくて完璧な体を好きに出来るんだから、お相子でしょう」
仕事上のパートナーとして動きを指示出来る、という意味なのだが、ヴィオラは意地悪でつい卑猥な言い方を選ぶ。
「なんか言い方がえっちだな……」
「童貞か」
「それなんか今関係ある!??!!」
「ムキになっちゃうとこが駄目なのよ」
しれっとヴィオラはへなちょこ魔法使いを押しのけ、ローテーブルの上に置かれたワインのボトルを掴むと直接口をつける。
「あ!グラス使いなよ……」
報告をする場ではあるが、もう夜も遅いので二人は楽に寛いでいて、ワインと簡単なツマミがテーブルには並んでいた。
「あんたはもう飲まない方がいいでしょ、酒に弱いんだから」
「弱くないよ、ちょっと影響を受けやすいだけで……」
レイフは視線をうろうろさせて言い淀む。それを人は酒に弱いと言うのだ。
「でもヴィオラちゃんだって、明日も仕事だしあんまり飲みすぎちゃ駄目だよ!あ、よく眠れるようにお茶を淹れようか?」
「……いいわね。あんたのブレンドしたお茶は、不思議と嫌な夢を見ないの」
彼女がそう言うと、レイフは嬉しそうに微笑んだ。
ヴィオラよりも年上で、背も高くて、立派な魔術師なのにどこか可愛い男。
ヴィオラは、元暗殺者なだけあって、酒にも薬にも強いし、毒もある程度耐性がある。逆に麻酔の効きは悪いぐらいだ。
仕事柄、今まで人として扱われていなかったヴィオラをこんな風に大切に扱う男は、彼が初めてだ。
”よく眠れるように”だなんて、母親にだって言われたことがない。まあ孤児なので、親など端からいないのだが。
権力者は彼女をモノとして扱ったし、大多数の男は彼女をメスとして扱った。
そんな彼女は同性から体を使っている、とひどく煙たがられたし、優秀な暗殺者は同業者からも嫌われる。
なのに、何もかも知っても蔑みの視線一つ寄越さず、彼女の為に泣いた男。
泣き虫で面倒くさがりで、結局お人よしの、ヴィオラの可愛い魔法使い。
レイフ・ギフテッド。
まさに彼はヴィオラにとってギフトだった。
朝。
ヴィオラはのんびりと起きた。
昨夜は報告と今後の対策を話し合っていて遅くなったので、相対的に朝は遅くて良いと勝手に決めている。
レイフの暮らす監視の塔は、監視自身には彼の遠見の魔術を使っている為実際には距離も高さも関係ない。つまり、塔、とは名ばかりで、そこそこの広さを誇るただの離宮だ。
ふらふらと居間に現れたヴィオラ、彼女のまろやかな肢体には絹の夜着を纏っていて、朝日に透けて煽情的な体のラインがよく分かる。
既に起きて資料を読んでいたレイフは、ソファにうつ伏せに寝転んだままそんな彼女の姿をぽけーと眺めた。それに気づいたヴィオラはうふ、と笑う。
「すけべ」
「ああー!ヴィオラちゃん、今のイイ!もう一回言って!」
「10万ガレオンくれたらいいよ」
あっさりと言いつつ、ヴィオラはショールを羽織って洗面所へと消えてしまう。つまり、やってやるつもりはないのだ。
10万ガレオン…!とレイフが真剣に悩んでいる間に戻って来たヴィオラは、もう昨日着ていた侍女の制服のような地味なドレスに着替えてしまっていた。
「あああ、早いぃ~~」
「あの恰好でいると、アンタいつまでも頭蕩けたままなんだもの」
ぺしん、とレイフの額を小突いて、ヴィオラはさっさと朝食の支度にとりかかる。
侍女として宛がわれている宿舎ならば使用人用の食堂があるのだが、レイフの塔にはそんなものは当然ない。彼しか住んでいないのだから。
レイフが作成した、食材を冷やして保管しておける魔道具の蓋を開け卵や肉を取り出す。パンは昨日この塔に来る前に、厨房から籠いっぱいにもらってきてある。
ヴィオラは朝はしっかり食べる方だし、自分が一緒にいる以上物ぐさで寝食を忘れがちなレイフにも食べさせるつもりだ。
テキパキと簡易厨房で彼女は立ち働く。料理なんてものも、レイフに拾われてから覚えたことの一つで、最初は見様見真似だったが今では随分マシになった。
卵と燻製肉は端の方がカリッとなるまで焼き、パンは軽く火で炙る。それから子供みたいに生野菜の嫌いな彼の為に、芋と根菜をふかしてバターをぽとん、と落とした。
「出来たよ。お茶淹れた?」
「うん」
いいお返事で褒めてくれ!と言わんばかりにレイフがテーブルの上のカップを指し示すので、思わず彼女は笑って、ご褒美に額にキスをする。
子供にするようなつもりだったが、レイフは心配になるぐらい顔を赤くした。優秀な脳を茹らせてしまったら、ヴィオラは罪に問われるだろうか?と下らないことを考えて、彼女は声をあげて笑う。
快活な彼女の笑い声に、千里眼の魔術師は眩しそうに眼を細めた。
適温のカップからは、ほっとするような香りが立ち上っている。湯気越しに、真っ赤な顔をした男が見えた。




