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小話4

 


「あ」

「あ?」


 朝食の席。

 レイフが星見表をいじっていて、食事中はやめなさい、などとヴィオラに注意されて、それってなんだか新婚みたい!と彼が騒ぎ、私はどちらかというと子育て中の主婦の気持ちよ、と嫌味で返されると、ここここ子供はまだ早いんじゃないかな、しばらくは二人を満喫したいし、などと一部色惚けた会話をしていた矢先。


「今日、流星群の日だ」


 この稀代の魔術師サマは、いつも突然ブッ込んでくるのである。


「早く言え、このバカッ!!!」

 バサッと水を吸った重い布を力一杯振って、ヴィオラは叫んだ。

 場所は王城の洗濯場。朝の洗濯女中達の忙しい時間を避けた為、人は少ない。

 噴水のように円形にレンガを積まれて造られた水場と、自分でハンドルを操って水を汲む給水ポンプ。

「今日は一段と猛ってるねぇ、姉ちゃん」

 ケラケラと笑われて、ヴィオラは顔を顰める。

「うちのバカが、今夜使う服の洗濯を今頃出してきたのよ」

「ああーうちの子もよくあるわぁ」

「うちなんて亭主もよぉ」

 口々に愚痴を言い始めたのは、下働きの女性達だ。

 下働きにも序列があって、朝一番で洗濯場を優先的に使えるのは、貴族の使っているリネンなどを洗う役目の洗濯女中。今水場にいるのは、城に仕える下級役人たちの使う布の洗濯をこなす面々であり、城下から働きに来ているごくごく普通の平民も多い。

 現代風に言うとパート働き、といったところだろうか。

 ヴィオラはここで平民の奥さん達の噂話をよく仕入れるので、幾人かとは顔見知りだ。勿論、ヴィオラは目立たないように地味なメイクを施しているので、奥さん達は彼女のことを下級役人のところで雑用をこなしているメイドか何かだと思っている。

 素性を明かし合うほど親しくはないけれど、言葉を交わす程度には顔見知りなのだ。


「でも立派な布じゃないか、そのお役目までに乾くのかい?」

「知らない。乾かなければ、生乾きで着ればいいんじゃないかしら」

 ヴィオラは顔を顰めたままじゃぶじゃぶと布の塊を笑う。

 彼女が今力の限り洗っているのは、千里眼魔術師の正装であるローブだ。魔法の練られた糸で細かな刺繍が施してあったり、夜空に透けるような繊細なレースに魔法石のビーズが縫い留められていたりする、恐らく売っぱらえば王都に一軒家ぐらいは建ちそうな代物である。

 それを、埃と共にクロゼットから出してきたレイフは、エヘッと笑ってヴィオラに披露したのである。今朝に。

 今朝、に、である。


「ヴィオラちゃん、ごめぇん」


 ごめんで済んだら憲兵はいらない!!!!

 ブチッとヴィオラはスポンジを握り割いた。あくまでローブを洗う手は慎重なままである。

 彼女は勿論、今夜が流星群なのは知っていた。当然だ。

 王城でも城下でも皆楽しみにしていて、お祭り騒ぎ。気づかなければおかしいレベルだ。

 空から降る、幾千の星。それらを眺めたり願いを祈る催しがあちこちで開催され、夜会なども行われる。城下では夜店が出たり、音楽が夜通し奏でられるのだとか。

 この国に来て初めての流星群のお祭りだった為、実際の催しを見るのはヴィオラは初めてになる。勿論祭りに参加するつもりはなかったが、レイフと二人のんびり塔から流星群を眺めるのもいいな、ぐらいは考えていた。

 だが、しかし。

 ヴィオラの恋人は、普段はアレだが国一番の魔術師であり、驚くべきことに国王直属のそれである。


 そして、こちらは仕事として仕入れていた知識の中に、流星群の夜には国王が筆頭魔術師と共に儀式を行う、とあった。

 先程レイフのことを国一番の魔術師、と称したが、エルドラド国には表向きの筆頭魔術師が存在する。

 魔術の腕ならばレイフの右に出る者はいない。だが彼は極度の引き籠りだ。筆頭魔術師というのは、魔術を扱うだけではなく、国の魔術師の頂点に立つ存在として、日々様々なシーンで役目がある。

 言うなれば、必要な能力は社交性。レイフに皆無の能力である。

 そんなわけで、エルドラドにおいて「筆頭魔術師」といえば魔術師団の団長であるローネイエン卿のことを指していた。

 魔術的な能力でいえばレイフの次、だが社交性を足した総合評価では当然ローネイエン卿の方がはるかに優れている。両者にとって幸いなことに、ローネイエン卿もまた魔術の純粋な徒であり、レイフのことをとても尊重してくれている好々爺だ。


 表向きの筆頭魔術師としての仕事と手柄はローネイエン卿に、実際に魔術構築の仕事はレイフに任されることが多く、二人は協力関係にあった。

 レイフにとっては魔術の研究は好きなだけ出来るし、名声が卿に全て渡るだけで自分が働いた分の報酬はきちんとレイフに支払われている。文句など出る筈もなかった。

 ちなみに報酬が支払われるので文句がないのは、心置きなくヴィオラに貢げるからである。レイフは最低限の生活は保障されている為、彼女に出会う前は報酬すら必要とはしていなかった。


 話を戻そう。

 つまり、ヴィオラは今夜の儀式も当然そのローネイエン卿が執り行うものとばかり思っていたのだ。

 何せ! 千里眼魔術師からは! 何も聞いていなかったので! 今朝までは!!!


「今年は孫と見るから、儀式変わってって言われてたんだよねぇ」

 へらっ、と笑ってそう言ったレイフの頬に、ヴィオラは渾身の右ストレートをぶちかましてきた。勿論魔法具の指輪の力も身体強化も使っていないので、シンプルにヴィオラの腕力だけである。彼女にだって常識はある。

 いいパンチが入ったので、頬骨にヒビぐらいは入ったかもしれないが脅威の治癒能力を有するレイフならば、意識して治癒魔法を使う前に勝手に自己治癒してしまうレベルのダメージだろう。ちょっだけ便利だ。


 流星群の夜に儀式に参加するのはいい。

 別にヴィオラだって、恋人と星空を眺めたかった、だなんて甘ったるいことは……ほんの少ししか望んでいなかったし。


 仕事ならば致し方ないし、ローネイエン卿が孫と過ごしたいという気持ちも理解出来る。

 問題はこのローブである。高級な生地に、それ自体がひと財産の装飾。

 レイフは多忙なヴィオラの為に、洗浄魔法と乾燥魔法を掛け合わせたドレスをクリーニング出来る魔法具を作成してくれていたが、あれは動力がそもそも魔法である。

 このローブ自体も魔法具といって差し支えないアレコレが編み込まれているらしく、クリーニングの魔法具とは反発し合うので使えないのだという。

 それもこれも今朝聞いたのだ。ヴィオラは。


 そして、今現在である。

 小さな水場は監視の塔にもあるが、これだけの大物となれば当然城の洗濯場で洗う方が何かと都合がいい、というわけで本日ヴィオラのお仕事は洗濯、と相成ったわけである。

 じゃぶじゃぶと洗いながら、彼女は眉間の皺を深くしていく。せめて快晴だった昨日に言ってくれたら、十分に乾かしてあげられたものを、あの男はいつも必要なことを言わないのだ。

 実際生乾きだったとしても気にしないのだろう。そもそも最初は埃を被ったままのローブで出ようとしていたぐらいだ。

「私のオトコが、そんなみすぼらしい恰好で出られてたまるもんですかっ」

 誰にも聞こえないように小さい声で毒づいて、ヴィオラは洗剤を手に取った。と、向かいで同じく洗濯をしていた年嵩の女が慌てて止める。

「ああ、ダメよお嬢ちゃん! その洗剤じゃ生地が傷んじゃう」

「これ使いな。うちの役人、見栄っぱりだから高級なやつ支給してくれてるんだよ」

「このビーズは見たことないけど、大抵の装飾はこうして洗った方が長持ちするわよ」

 その声を皮切りにあちこちからアドバイスがかかる。

 ヴィオラはそれらを一度に全て聞き、きちんと記憶してローブの洗濯に改めて取り掛かった。

「……皆、ありがとう」

 ヴィオラがわずかに困った様子で言うと、女性達は朗らかに笑う。

「だってねぇ」

「そうそう」

「なんだかんだ言って、お姉ちゃんそのローブの持主の為に頑張って洗濯してんだろう?」

「そりゃあたし達もついお節介したくなっちまうさ」

 和やかな笑いに包まれて、ヴィオラのささくれた気持ちが凪いでいく。気付けば、彼女も笑って丁寧にローブに触れていた。


 そして夜。

「あ、また流れた」

 空を見上げていたヴィオラは小さく呟く。

 場所は塔の屋上だ。監視の塔、と呼ばれてはいるもののただの離宮なので屋上といっても高さがあるわけではない。ただ城からは少し離れている為、視界を遮るものがないので空はよく見えた。

 夕食を食べたレイフは、ローブを着込んで嫌そうに城へと転移して行った。

 ちなみにローブはやはり生乾きで、夕方にレイフが自ら温風を遠くからかける、というやけに地味で原始的な方法で乾かしていた。

 温風の魔法がローブの装飾に影響を与えないように距離を取り、かつ生地を乾かすことの出来る熱量を出すのがとても難しかったらしく、レイフはなかなか苦労していたが、これで反省してこれからは洗濯物は早く出すようになればいい、とヴィオラは考えている。

 いつまであの反省が保つかは、期待出来ないが。


 予報通り、昼間は曇っていたが現在は空はよく晴れていて、暗く藍色の空に流れる星は肉眼でもよく見えた。城の方では夜会が、街でも何やら祭りが行われているが、ヴィオラは一人で塔に残っている。

 どこかに出掛けてもよかったが、そんな気分じゃなかった。

 静かに流れる星を見る、というのも悪くない過ごし方だ。


「ここにいた!」

 と、屋上へと通じる階段室の扉が開いてレイフが賑やかに現れた。

 ヴィオラは通信水晶を耳につけたままなので、その気になればレイフは彼女の位置をすぐに把握出来る筈なのに、それをせずにいつもうろうろと探しに来るのだ。

 静かな時間の終わりに、ヴィオラは形ばかり溜息をついてみせる。

「もう、何なの」

 冷たく言うと、途端大きな子供はへにゃりと眉をさげて彼女の周囲をオロオロと彷徨う。

「ヴィ、ヴィオラちゃん、まだ怒ってる? あのね、王様に褒められたよ! 今日はちゃんと洗濯されたローブだし、髪も梳かされててエライって!」

「はぁ……?」

 国王は保母さんか何かなのだろうか。

 30過ぎた長身の男にそんなことで褒めてやるなんて、他の部下達が聞いたら卒倒するだろうし、それで褒められてしまうこれまでのレイフの行いにヴィオラも卒倒してしまいたいぐらいだった。

「……あんた今まで洗濯せずに着て行ってたの。国王との儀式とかに」

「滅多にないし、そんな時の為にわざわざ洗うのめんどくさくて」

 えへ! とレイフは笑うが、しつこいようだが30歳超えの190センチ近い長身の男である。可愛くない。

「……はぁ、今度からはもう少し早く言いなさいよね」

「! また洗濯してくれるの? 髪も梳かしてくれる?」

「いいわよ、それぐらい。時間さえあ・れ・ば・ね?」

 ギリッと耳を摘まんで引っ張られて、彼は涙目になった。ヴィオラの辞書に容赦の二文字はない。

「わぁぁぁん! ごめんってぇ……まさかヴィオラちゃんが洗濯してくれると思ってなかったんだもん」

「まさか、あの埃被った状態のまま着るとは誰も思わないわよ」

 ヴィオラが鋭く言い返すと、レイフは何故かはにかむ。

「褒めてない」

「え!?」

 ガーンッ! と古典的に文字を背負ったところで可愛くない。断じて可愛くなどないのだ。

 ヴィオラがそのままツンと澄ましていると、レイフはなんとか挽回しようとごそごそとローブの隠しをいじり出した。

「ヴィオラちゃん! お土産! お土産があります!!」

 じゃじゃーん、という効果音を口頭で発しつつレイフが取り出したのは、有名な産地のワインだった。しかもビッグヴィンテージ。

「あら」

 ヴィオラは頬に手を当てて、上品に悩むフリをする。

「王様のテーブルからもらってきたから、高いやつでしょう?」

「……それ、陛下は了承してるんでしょうね。嫌よ、私盗みなんてケチな理由で投獄されるのは」


「大丈夫、王様は蒸留酒の方が好きだから、ワインはいつもくれるんだよ」

「…………あ、そう」

 当然ヴィオラは国王陛下に謁見したことなどないのだが、レイフの口ぶりだと、まるで気のいい近所のオジサンのように聞こえるから不思議である。

 しかしかの方が、レイフをこの塔に閉じ込めている張本人でもあるので、ヴィオラの方では良くも悪くも先入観を持たないように気をつけるようにしていた。


「あとコレと」

 さっ、と次にレイフが出したのはガラスのゴブレットが二脚。

「こっちも!」

 次に出て来たのは、ナッツと干した果物の入ったガラスの容器だった。何でも出てくる魔法のポケットか。否、魔法のローブだった、それぐらいはもはや不思議でも何でもないのだろう。

「あんたにしちゃ、気がきいてるわね」

「ヴィオラちゃんと流星群見ようと思って!」

 ヴィオラが遂に笑って言うと、レイフは表情を輝かせていそいそとローブを脱ぐと、屋上の床に敷き物のようにそれを広げた。

「どうぞ」

「……まったく、あんたときたら……」

「あ! ヴィオラちゃんがせっかく洗濯してくれたやつだから、ダメだった?」

 溜息をついた彼女に、レイフは勘違いをして焦る。


 それを見てまた笑うとヴィオラはすっ、と彼に近づいてちょっとだけ背伸びをして無防備なレイフの唇にキスをした。


「ヴィッ……!」

 王様のワインも、ひと財産のローブも、ヴィオラの為にならばまるで何でもないかのように惜しみなくそこに広げるレイフ。

 ヴィオラは金のことを一番信頼しているが、時々思うのだ。この金に一切興味のない男が、ひょっとしたら一番豊かなのかもしれない、と。

 そしてヴィオラと流星群が見たいと言って、文字通り飛んで帰ってきた男は、認めるのは癪だが結構可愛い。


「さ、特別にこの美女が、タダでお酌をしてあげるわよ」

 すとんと躊躇いなくローブの上に座ったヴィオラは、婀娜っぽくウインクをする。ぱちん、と音のなりそうなそれに、レイフはまるで魔法にでもかかったかのように導かれ、彼女のすぐ傍に座った。

「やっぱり今日も、ヴィオラちゃんは最高だね!」

 いつものように言われて、慣れた手つきでワインのコルクを抜いたヴィオラは不敵に笑ってみせた。


「今夜のあんたも、なかなかのものよ」


 だって星に願うまでもなく、ヴィオラの願いは今、叶ったのだから。



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