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『さっすがヴィオラちゃん!頼もしい~!!』


 広間に入る前に、ヴィオラは胸の谷間に水晶を突っ込む。

 熟練の魔術師ならば、触れずとも水晶に魔力を送り込むことが可能だろうけれど、ヴィオラは僅かに魔力があるだけで魔術師ではない。つまり、直接肌に触れていないと魔力を送り続けることが出来ないのだ。

 この先の状況を、レイフ側からは遠見の水盆で見えるし聞こえるのだろうけれど、水晶の通信を切ってしまえばヴィオラに彼の声は届かない。

 それを防ぐ為の措置だ。両手は予期せぬ事態の為に空けておきたい。


『は~いつも思うけど水晶が羨ましい』

「あとで好きなだけ揉ませてあげるわよ」

『え!?』

「有料だけどね」

 さらりとヴィオラが言うと、脳内に届く音声はやたら咳き込んでいる。

 いつまで経っても初心な上司に、ヴィオラはほんの少しだけ唇の端を吊り上げた。



 次代を担う同じ年頃の貴族令息令嬢ばかりを集めた気楽なパーティ、と銘打たれた王家主催の今夜の夜会。

 会場には成人したばかりの、若い貴族や裕福な商家の跡取りなどが参加していた。王城の大広間を使っての夜会であり、警備は万全、装飾や出される料理も最高級のもので占められている。

 普段は侍女として王城を歩き回り、人脈と情報を集めるのがヴィオラの役目。こういったレイフからの指示で、速やかに事態を解決するのが目的だ。


 そこでふと、彼女は大広間の入り口に誰かが立っているのを見つける。

 クリストファーの腹違いの弟、第二王子のエドワード殿下だ。


『あれ?エドワード殿下、なんでそんな端にいるんです??王子なんだから馬鹿下半身野郎の愚行を止めてくださいよ』

 レイフの声がヴィオラの脳内に届く。

 それには返事せずに、彼女はわざと靴音を立ててエドワードの後ろから近付いた。


「王子?どうされました」


 あくまで通りすがりの侍女のふりをしてヴィオラが訊ねると、ハッとした様子で彼が振り返る。

「あ、ああ……兄上がアリス嬢を糾弾しているんだ……清らかで優しい彼女に兄上が言うようなひどいことが出来るとは思えない」

 迂闊なことに、エドワードはただ侍女に声を掛けられただけ、と感じたらしい。

 あっさりと心の内を話してしまっている辺り、兄弟揃って大丈夫か、とヴィオラは思わないでもない。警戒心を持て。しかし、こちらにとっては好都合だ。

「アリス様は聖女ですものねぇ」

 しれっとヴィオラは相槌を打ちつつ先を促す。エドワードはシリアスな表情で呟いた。

「でも、私には兄上の糾弾を躱し、彼女を助ける術がないんだ……!」


『なくてもツッコめよぉ!それでも男か!特攻しろ!!兄弟揃って不作だな!土壌が悪いのか種が悪いのか!』


 完全に不敬かつ、また下品なことを言っている当代随一の魔術師を無視して、ヴィオラは上目遣いにニコリと笑ってみせた。

 彼女は自分の魅せ方をよく心得ているのだ。


「それについては殿下、わたくしがお役に立ってみせますわ」

 エドワードに、レイフが遠見で得た情報とヴィオラ自身が足で稼いだ情報を伝える。

 アリスは多忙を極めていて、クリストファーとミーシャが言うようなイジメの工作など出来ない、という根拠を。聖女としてのスケジュールは細かく決められているので、証明は容易い。

 こういう時にすぐに使える情報を日々収集しておくのも、仕事のひとつだ。


「王太子殿下は、根拠のない理由で聖女様を貶めています。大衆の意識というものは、後で無実が証明されたとしても、今この場で罪人としての汚名を着せられた聖女様のことの方を覚えている筈。それでは駄目なのです」

「た、確かに」


『しっかりしろよ王子ぃ!税金で育ったんだから、国益に役立て!!』

 野次が五月蠅い。


 エドワードが生真面目に頷くのを見て、ヴィオラは誘導が成功している手応えを掴む。

 事実、アリスは義妹であるミーシャを虐めたりなどしていないのだから、先程からレイフが喚いているように、冤罪だ。

 だが、立場ある王太子がそう言って断罪した以上、後から確実な物的証拠でも見つからない限り、覆すことは難しくなる。やった、という証明よりも、やっていない、ということを証明する方が難しいのだから。


 芽を摘む機会は今が一番の好機であり、同時に最後のチャンス。こちらも、とりあえずはアリスがやっていない、ということを衆目に記憶させることが重要だ。

 あとで聖女のスケジュールを確認すればおのずと証明されるのだから。


 そして、最後に男心をくすぐる一押しが肝心。


「アリス様は、皆に責められてとても辛いお気持ちでおられると思います。エドワード様、どうか聖女様を助けて差し上げてください……!」


 うっすらと目に涙を溜めて、聖女の救済を求める妖艶な美女。

 エドワードの騎士道が奮い立たされ、アリスへの恋心と義侠心が燃え上がる。

「任せておけ……!」

 そう言って広間に突入していく背中を眺めて、よしよし、とヴィオラは肩から力を抜いた。



「これで上手くいくでしょ。最悪でもアリス嬢が投獄とかにはならない筈。王太子の主張に第二王子が反論するんだから」

 立場で言えばどちらも同程度。ならば、きちんとした調査が入ることになるだろう。


 水晶に向かって呼び掛けると、不満そうな声が返ってくる。

『ヴィオラちゃん、ちょっとサービスしすぎじゃない?谷間チラつかせたでしょ!』

「うざいキモイ」

『ひどい!!』

 ヴィオラはそこで、無情にもレイフとの通信を切る。

 彼女がそっと広間を窺うと、中央に進み出てアリスを背に庇い、先程のヴィオラの助言を使って王太子に言い返すエドワードがいた。


 そして、

「……暗躍って結構難しいな。首をきゅっ!とする方が早いし確実なのに……」

 などと物騒なことをのたまった。



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