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「……何よ、今頃気付いたの?」

 ヴィオラが泣きたいような気持ちを押し殺してそう言うと、レイフは屈託なく笑った。

「うん。だから僕も伝えておきたくて」

 ボルドー色の髪も、白い肌も、朝焼け色の瞳も何もかも完璧な、レイフの美しい恋人。でも、


「僕も、ヴィオラちゃんのことを愛してるよ。君が何者でも構わない、君だけを、君だから愛しているんだよ」


 美しくなくても、正しくなくても、愛している。

 それは熱烈な愛の告白だ。高揚する感覚に足元から崩れ落ちそうな自分を叱咤して、ヴィオラはそこに立ち続ける。けれどレイフにふいに腕を引っ張られて、彼の膝の上に座ってしまった。

「……なに」

「愛してるよ。心を取り出して見せてあげられたらいいのに」

「……あんたの心臓なら、出来そうね」

 ふっ、とヴィオラは笑う。その眦は僅かに湿っていた。

 レイフはそのことも慎み深く言葉にしないことにして、気づいていないフリで彼女を抱きしめる。隙間なく密着すると、ほんの少しだけヴィオラが震えているのが分かった。

「私も、あんたのことを……愛しているわ。言葉にするのは恐ろしいけれど、口に出さないと伝わらないこともあるものね」

 ヴィオラは恐ろしい、と認めること自体にかなりの葛藤があった。

 身寄りのない暗殺者として生きてきた彼女は、恐れを認めてしまうとそこで立ち止まってしまうのではないか、とそのこと自身への恐怖があった。

 でも、今はもう一人ではないと分かったから。


 いつかレイフが離れていってしまう時が来たとしても、あの襲撃の夜に彼を守るのだと思った気持ち、そして彼の作った魔法具や彼の愛情自体に守られているのだと気づけたあの時の気持ちを、ヴィオラはずっと抱えて生きていける。

 それさえあれば、彼女は一人になったとしても生きていけると思った。


 レイフの長い腕に抱きしめられて、ヴィオラはゆっくりと力を抜く。

「……誕生日のお祝いの仕切り直し、しなくちゃね。私に、あんたが生まれた日をお祝いさせて頂戴」

「うん!」

 パァ、とレイフの表情が輝く。

「食べたいものとか、ある? 大した物は作れないけど、出来るだけリクエストに応えるわ」

「やった! じゃあこの前作ってくれた果物のゼリー!」

「あんなものでいいの?」

 張り切って料理を作るつもりだったヴィオラは、拍子抜けた。だが、レイフは嬉しそうに話す。

「あれ、すごく美味しかったよ! 今度は大きいボウルから直にスプーンで食べたいなぁ……」

 キラキラと真紅の瞳を輝かせる彼に、ヴィオラはふっと柔らかく微笑んだ。

 そうだ、レイフはこういう人だった。高価なものや手の込んだものではなくとも、自分の為だけに作られた料理をヴィオラと共に囲むことこそ喜んでくれるのだ。

「分かった。じゃあ今度はゼリーに生クリームも乗っけてあげる」

「ヴィオラちゃん天才の方ですか……?」

 レイフは感動して両手を組み合わせた。


 それから、簡単ではあるもののレイフの好物をリストアップして誕生日のお祝いのメニューを決めていく。ご機嫌でレイフは自分の膝の上に座るヴィオラを抱きしめてうっとりとため息をついた。

「ああ、僕ってば幸せ……」

「簡単ねぇ」

 くすくすと笑って彼女がレイフの頭を撫でると、もっと、というようにぐりぐりと頭を押し付けられる。ヴィオラは彼の白い髪を指で梳いた。


「あ、ねぇ。じゃあヴィオラちゃんの誕生日はいつなの? 僕も絶対お祝いしたい!」

 パッと顔を上げたレイフが、真っ直ぐにヴィオラを見つめる。

 すると彼女は奇妙な表情を浮かべた。

「……私は孤児だし、気づいた時にはもう暗殺者集団に入っていたから誕生日って知らないのよ」

「え」

「年が明けたらひとつ年齢を加算することにしてるけど、そもそも今の年齢も正確とは限らないし」

「……僕の誕生日にあんなに拘ってくれたのに、なんて大雑把な……」

 珍しく呆れたようにレイフに言われて、ヴィオラは唇を歪めた。

 大いに図星である。そもそもレイフの件だって誕生日自身に拘ったわけではなく、彼が自分の存在を厭わないでいて欲しいという思いの結果であり、誕生日自身はキッカケであり口実に過ぎない。

 とはいえ、あれだけ怒ったり悩んだりした分、自分の誕生日にはこれっぽっちも拘りがありません、というのは無理があるのは自覚している。

 ヴィオラが二の句を告げないでいると、レイフがさらに目を輝かせてずいっと身を乗り出してきた。キスを強請られているのだろうか、と考えてヴィオラはちゅっと音を立てて彼の唇にキスをする。

「あぁん、違うよヴィオラちゃん!」

「違ったかしら」

「いや、これはこれでイタダキマスだけど……」

 モゴモゴと言いつつ、レイフは両手で口を覆って赤面する。彼の意図が分からず、ヴィオラは不思議そうに瞳を瞬いた。


「じゃなくて! ……ヴィオラちゃんの誕生日が分からないんだったら、僕が決めてもいい?」

 告げられた言葉に、今度は彼女が目を丸くする。

 珍しいヴィオラの表情も可愛くて、レイフはニヤニヤとしてしまう。僕の恋人、可愛い。

「……別にいいけど」

「やった!」

 特に日付に拘りのないヴィオラは、彼の提案に頷いた。

 恋人のリクエストに応えるのも、ヴィオラの役目だろう。元々本当に彼女は誕生日というものに拘りがないので、レイフがここまで楽しそうに彼女の誕生日を決めたいというのならば好きに決めればいいと思う。

 一人になった時に、その日が特別に感じられて、いいかもしれないし。


 そんな気持ちで頷いたヴィオラだったが、レイフの方も驚くほど真剣に日付を吟味し始めた。

「ヴィオラちゃんに似合う季節って何かな……? 花みたいに美しいし、太陽みたいに輝かしいし、葉の色が移り行くみたいに色っぽいし、しんしんと降り積もる雪みたいに清廉だもんね……駄目だ、どの季節も似合いすぎる……」

 多分に恋人贔屓なことをつらつらと言って、レイフは深く悩む。そんな風にベタ褒めされても、ヴィオラの方はただただ照れくさい。

「記念日……ヴィオラちゃんと出会った日とか……」

「自分が暗殺されそうになった日を選ぶとかやめて」

 ヴィオラが顔を顰めると、両思い記念日、だとか初キス記念日だとか初……等々モゴモゴ言い始めたが、大体が同じ日だ。

 だんだんとヴィオラの視線が胡乱になってきたのを見て、レイフはますます悩む。

「ダメだ、一年ぐらい悩みたい。これで酒が飲める」

「人の誕生日を酒の肴にするんじゃないの」

 ペチン、とレイフの額を叩いてヴィオラは言う。

「違うの! 僕が! ヴィオラちゃんの! 誕生日を決めることに意味があるの!!」

 が、猛然と力説されてヴィオラは鼻白んだ。レイフの拘りは、彼女にはよく分からない。


 でも、それは当然逆も然りだ。

 勝手に怒り出すのではなくて、これからもこうして分からないなりに互いの考えを擦り合わせていく必要があるのだろう。大いに。

 ヴィオラは悩むレイフの肩に寄り掛かって、溜息をつく。誕生日を決めてもいい、とは言ったがこんなに時間が掛かるものだとは思っていなかったのだ。

 いっそ今日でもいいぐらいなのに。

 彼女が密着した所為でさらりと流れてきたボルドーの長い髪を、レイフは手遊びに編み込んでいく。

 やはり自分よりも彼の方が手先が器用だな、とヴィオラはその様子を眺めた。レイフの節くれだった白く大きな手が、まるで慈しむように自分の髪に触れている姿を見るのはなかなか気分がいい。

 宝物にでもなった気分だ。レイフ流に言うと、酒が飲める?

「あ、僕ったら! ヴィオラちゃん的にいつ頃がいいとかある!? 参考までに!」

「……もういつでもいいわよ。出来れば、忘れにくい日付にしておいてくれれば」

 最後は自分で決めることを譲る気はないレイフの言葉に苦笑して、彼女は投げやりにそう言った。が、逆にレイフは天啓でも受けたかのように身を震わせた。

「それ大事……!!!……そっか、そういう可能性もあるのか……」

 選択肢を絞るどころか広げてしまった気配を感じて、ヴィオラはますますレイフの肩にぐったりと懐いた。


 やがて、熟考に熟考を重ねて彼が結論を出した頃には、ヴィオラはレイフの隣でベッドに入ってうとうとと微睡んでいた。どれだけの時間彼が悩んでいたか、お察しいただけるだろうか。

「決まりました」

 厳かに告げられて、寝起きのヴィオラはうにゃうにゃとしつつコクンと一つ頷いた。もうどうにでもしてくれ。

「寝起きのヴィオラちゃんったら天使……」

 ハッとしたようにレイフは感動しているが、もう構う元気もない。この話にさっさと決着をつけて欲しかった。

「それで、いつになったの」

「それでは発表します!!」

 大袈裟に宣言したレイフから告げられた日付に、ヴィオラは首を傾げた。

 だってその日は、


「あんたの誕生日じゃない」

 そう。悩みに悩んでレイフが選んだ日付は、先日彼が告げ忘れていた彼自身の誕生日と同じ日付けだったのだ。

「そう! 僕と一緒の誕生日だったらヴィオラちゃん、絶対忘れないでしょう? 僕もこの日がヴィオラちゃんの誕生日だと思えば自分の誕生日を忘れないし」

 ナイスアイデア! とばかりにうきうきと日付の決まった理由をレイフは説明していく。

「本当は記念日って別々にしておいた方がお祝い出来る日が多くていいかな、とも思ったんだけど、僕の誕生日と一緒にしておいたら、僕はその日を毎年楽しみに出来るでしょう? ヴィオラちゃんをずっとずっと、おばあちゃんになってもお祝い出来る素敵な日が、自分の誕生日だなんてちょっといいな、と思って」


 えへへ、と幸せそうに語る年上の可愛い男に、ヴィオラは頭のてっぺんから足の爪先までどっぷりと幸せを詰め込まれる。


「ずっと?」

 思わずヴィオラが呟くと、レイフは大きく頷いた。

「うん、ずっと!」


 泣き虫でへなちょこの、ヴィオラの可愛い愛しい魔術師。

 素晴らしい魔法をかけて、いつも彼女を幸せにしてくれるのだ。


「……そうね。この日なら、忘れないわ」

「でしょうー?」

 褒めて! とばかりに笑顔を浮かべるレイフに、ヴィオラの瞳に涙が浮かぶ。


 喪失に怯える彼女に、レイフは先の約束をくれた。怯えはまだ彼女の心を掴んで離さないけれど、いつかこの魔術師が呪いを解いてくれそうな気がする。


「素敵な贈り物をありがとう、レイフ」


 そんな新たな期待が芽生え始めたことを、ヴィオラは自覚してうっとりと微笑んだ。










「ところであんたって今年で幾つになったの? 24とか?」

「だいぶ足らない! 正解は32歳でーす!!」

「はぁ!?」


 新たな火種を作るのもまた、この魔術師なのであるが。

 今日のところは、めでたしめでたし!




完結です!

短い間でしたが、お付き合いいただいてありがとうございました!




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