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 それまで微動だにしなかった、ヴィオラの持つナイフの切っ先がピクリと揺れる。


 少しであろうとヴィオラが揺らいだことがモニカにはたまらなく愉快で、ニヤリと唇を吊り上げた。その表情は醜悪で、もはや愛らしい貴族令嬢の姿はそこにいない。彼女はここぞとばかりに畳みかける。

「何よ、バケモノをバケモノって言って何が悪いの!? 気持ち悪い。あんなの生きてるだけで害悪だわ! バケモノを生かしておいて、飼ってるなんてエルドラドもシュミが悪いわね」

「黙りなさい」

 冷たい声がぴしゃりと鞭のようにモニカを打つ。 

 それまで脅しで顎元に切っ先を向けていたナイフを、ヴィオラは空中で逆手に持ち変えた。だがモニカから見ればどうせ他の刺客の様に殺されてしまうことが分かっていたので、破れかぶれで好き勝手言ってやるつもりだった。

「何よ、図星だから今度は口を塞ごうって言うの? そうね、あたしは人間だからそのナイフで刺されたら死ぬわよ。でもあのバケモノは違う、毒を飲んでも、まるで何でもないかの様にケロッとしてて気持ち悪いったらなかったわ! 正直金さえもらえたらよかったし、あの魔術師を殺したい理由なんてピンとこなかったけど、あの姿を見れば納得だったわねっ!!」

 唾を飛ばしてモニカが叫ぶ様を冷めた目で眺め、ヴィオラはフッと鼻で笑い飛ばす。

「……あんたみたいな素人のお嬢ちゃんが、何も知らないくせに私の男を愚弄するんじゃないよ」

 そう呟いたヴィオラの声は平坦で、瞳の虹彩もとても落ち着いてひたりとモニカを観察していた。

 最初の余裕の表情とはまるで違うし、先程揺らいだ時の怒りを捻じ伏せている様子とも違う、凍るように冷たい表情を浮かべている。

 モニカは知りようのないことだったが、これはヴィオラの仕事用の表情だった。すなわち、暗殺者としての。

「なに、あんた、なんか様子が……」

 その静かな様子が不気味で、徐々にモニカからは威勢が無くなっていく。返り血だらけのヴィオラの様子は確かに尋常ではない。

 実は誰一人死には至っていないがそれでも十人もの人間を躊躇なく傷つけてつけたのだ、彼女のドレスは血に塗れ、白い頬には血飛沫が飛んでいる。

 冷たく滴るような妖艶さを湛えてそこにいるヴィオラの様は、まさに人外の美しさかもしれない。おぞましい程の、美だ。


 そもそも、ヴィオラは人なのだろうか? そう考えてモニカは背筋が凍る。


「さっきから聞いていれば、人であることがそんなに偉いのかしら? ああ、でもそうね……人ならば、私にも殺せるわ」

「ヒッ……」

 じり、と後ずさると倒れている他の刺客の体に足が当たった。ヴィオラは彼らの息を確認しているが、モニカには血を流して事切れている様にしか見えない。


 今この塔にいるのは、自分とヴィオラ、そしてあの金の卵だけなのだと思うと、もはやここがエルドラド王城の敷地内なのか異界なのかの判断もあやふやになってくる。

 この世界には魔物はいるが、超自然的な悪魔や神の存在は確認されていない。しかし確認されていないだけで、いないとも証明されていないのだ。


 かつてレイフは悪魔は存在するとヴィオラに話したが、モニカはそれを知らない。

 何か得体の知れない世界に迷い込んでしまったかの様な本能的な恐怖が彼女の心を捉え、不安を増幅させていく。

 恐怖が臨界点まで達した時、ふいにヴィオラが無邪気なほどにっこりと微笑んだ。


「私、男でも女でも容赦はしないの。ごめんなさいね」

 それから、逆手に持ったナイフをモニカの喉元目掛けて勢いよく振り下ろした。

「ッ、イヤァァァッッ!!!」

 モニカは断末魔の悲鳴を上げ、激しく痙攣すると、そのまま気絶してしまう。

 しかし彼女仰け反った白い喉には切っ先は触れておらず、触れる直前でナイフは止まっていた。


 ずるりと崩れ落ちるモニカをヴィオラは冷めた目で静かに見つめ、そんな彼女をいつの間に現れたのか長身の魔術師が後ろから抱きしめていた。


「……び、っくりしたぁ……ヴィオラちゃん、この子のこと殺しちゃうかと思った」

「はぁ?脅しに決まってるでしょう、あんたを馬鹿にされた程度で人を殺してたらその内この王城から誰もいなくなっちゃうわよ」


 さっ、と身を翻してレイフの拘束から逃れたヴィオラは、他の刺客たち同様にモニカの手足も拘束具で縛ってナイフを鞘に戻す。

 それから改めてレイフを頭のてっぺんから足の爪先まで見遣った。

「……何か言うことがあるんじゃないの?」


 器用に彼女が片眉を吊り上げて言うと、レイフはきょとん、としたがヴィオラを見つめている内にじわじわと理解したらしくいつもは青白い頬が紅潮していく。

 大型犬のようにヴィオラに抱き着いた彼は、彼女を抱き上げてその胸に甘えるようにすり寄ると、恍惚とした溜息をついた。


「ただいま、僕のヴィオラちゃん」


「おかえりなさい、私のへなちょこさん」


 ヴィオラは大輪の花が咲き誇るようにとびきり美しく微笑むと、指先でレイフの顎を上向かせ唇にキスを贈った。



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