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 ヴィオラが投げたナイフは、こっそりと窓を開けて入って来ていた黒づくめの服装の男の肩に鋭く突き刺さり、男はその衝撃で後ろに倒れて窓から外へと落ちていく。


 引き潰された様な悲鳴が窓の向こうで響いた。

 その間にゆっくりと立ち上がったヴィオラは金の卵を背に庇い、次々に部屋に入ってくる侵入者達に向かって嫣然と微笑んで見せる。

 今の彼女は派手な髪の色も不思議な虹彩の瞳も隠していないし、わざと地味に見えるような化粧もしていない。

 ハッとする程美しい、ヴィオラそのままの姿でそこに立ち、侵入者達は一瞬状況を忘れて彼女に見惚れた。


「……っ、あれが千里眼の魔術師か!」

「護衛は女が一人だ!」

「殺してしまえ!!」

 侵入者達は素早く声を掛け合って、飛びかかってくる。その数、ざっと十人。

 複数の男達がもはや足音を隠す必要が無くなった所為でドカドカとこちらに猛然と向かってくるのを見て、ヴィオラはわざとらしく眉を顰める。

「ご挨拶もないし、玄関から入っても来ないなんて悪い子ね」

 そう言いながら、彼女は指輪に魔力を送る。ここは景気づけに一発大きいのをお見舞いしよう、とどこか愉快な気持ちになりながら拳を握った。

 次の瞬間、ドンッ! と大きな音が空気を切り裂いて衝撃となり、拳を突き出した姿勢のヴィオラの前に男が三人、倒れていた。

「あら。出力調整、したんじゃなかったのかしら」

 機嫌よく笑って、ヴィオラはまるでワルツでも踊るかの様に軽やかな足取りで前に出る。残った侵入者達は一瞬怯んだ様だったが、彼らとて素人ではないのだ。すぐに気迫を取り戻してヴィオラに襲いかかる。


 だが、彼女には全く負けるつもりはなかった。

 例えばレイフに出会う前のヴィオラだったならば、十人もの戦闘員を相手の格闘は差し違える覚悟が必要だっただろう。けれど今のヴィオラはあの頃の孤独な暗殺者ではない。

 彼女は、あの千里眼の魔術師、稀代の魔法具作りの天才に愛されているのだ。

 それはもう、過保護な程に。


 彼女が身につけているアクセサリーには一つ残らずレイフの手が入っていて、それら全てが彼女の武器であり防具だった。授けられたそれらと、ヴィオラのこれまで培ってきた能力があれば確実に自分がレイフを守り切る自信が在る。

 ヴィオラは愉快でたまらない。

 今までどれほど苦労して調査してもちっとも尻尾を掴むことは出来なかったのに、レイフが過去視を行うことを決めた途端これだ。やはり彼の推理は正しく、モニカは千里眼の魔術師を害する為の手駒だったのだ。

 そんなことを考えながらも、ヴィオラは正確にそして確実に悪魔の様に彼らの意識を刈り取った。命は取らない。

 彼女を愛する、へなちょこ泣き虫が、ヴィオラに殺しをさせてしまったと悲しむから。


 九人目を地に伏せた彼女は、返り血を浴びてニッコリと笑った。

 十人目の侵入者は随分と小柄である。最初から分かっていた。何せ、彼女は侵入者達にとって鍵の役目。どうしても同行する必要があったのだ。

「ご機嫌様、モニカ嬢。毒入りのハーブティーでおもてなしすべきかしら?」

 ビリッ、と布を裂く音を立てて、侵入者の覆面を剥ぐとヴィオラの予想通り、そこには愛らしい顔を必死の形相に歪めたモニカが立っていた。

 咄嗟に逃げようと踵を返した彼女の背を、ヴィオラは容赦なく蹴り上げて転ばせる。どさっ! と勢いよく石の床に倒れたモニカだったが、すぐにキッと瞳を吊り上げてヴィオラを睨んだ。

「あ、あたしにこんなことしてタダで済むと思わないでよね!」

「あら、どうなるのかしら」

「……ホーランドと戦争になるわよ!」

 強気に宣言したモニカだったが、ヴィオラはひどく白けた気持ちになる。この状況で、その程度の言葉だけの抵抗でこちらが怯むと思われているなんて、心外だった。

「ならないわよ」

「え……」

 あっっさりとヴィオラが言うと、モニカは目を見開く。

「この監視の塔に、エルドラドの国家機密施設に侵入した他国の貴族令嬢ごときに、何が出来て?仮にホーランドに帰ればあなたの首が物理的に飛ぶだけだわ。この塔に刺客として侵入するってことはそれだけの意味があるのよ」

「そんな……そんなこと、あの人は言ってなかった……」

「あら、お勉強はちゃんとしなくちゃねお嬢様。あんたに命令した人のことをエルドラドで白状した方が命だけは助かるかもしれなくてよ」


 しかし、さすが大胆にも一度は堂々とこの塔に入ってきた女だ。

 モニカは再びキッとヴィオラを睨みつけ、いざという時の為に他の刺客達に渡されていたナイフを取り出してヴィオラへと襲いかかる。今のヴィオラの動きを見ていて、命乞いではなく物理的な抵抗を試みた点は、蛮勇といえたが意外とこういう愚かさがヴィオラは嫌いではない。

 負けん気の強さだけが武器だった時が、ヴィオラにも確かにあったからだ。

「……でもこの状況ではオススメ出来ないわね」

 小さく彼女は呟く。

 冷静に観察する朝焼け色の瞳は、モニカの動きを完璧に把握していた。その足運びは雑だが、ウェイトが軽い所為か生来の俊敏さが際立っている。他の刺客よりも素早く近づいてくるモニカに、それでもヴィオラは慌てることはなかった。

 もしも完全に不意を突かれたとしても彼女はこの速さならば負ける気はしない。俊敏さは自分の専売特許だと思ってもらっては困るのだ。

 ブーツに隠してあった刀身の短いナイフを抜いて、ワンモーションでモニカのナイフを弾き飛ばしたヴィオラはその切っ先を少女の顎元に突きつける。

 キンッと高い音がして、モニカのナイフが床に弾けてから落ちた。


「私のオススメは、エルドラド司法に洗いざらい白状することよ」

 ヴィオラが落ち着いた様子でいうと、モニカは愛らしい顔を醜悪に歪めた。

 手も足も出なかったことは勿論、今まで冴えない侍女だと思っていたヴィオラがまるで彩度が増したかの様に美しく自信に満ち溢れた姿なのが、ひどく癪に触る。

「何よ……! あんなバケモノ、命賭けて守る意味がある!?」

 少しでもヴィオラの余裕を崩したくてモニカは矛先をレイフに変えた。

 今は呪文に彩られた金の卵の様になっている彼。その姿は確かに人間のそれには見えない。

 モニカはレイフを籠絡することも命令されていたが、命令した方は最初からあまり期待はしていなかったらしい。

 千里眼の魔術師は引き籠りで有名だし、そもそも人間の様に情緒があるかも疑わしく他者を愛したり慈しんだりすることもないかもしれない、と思われていたからだ。


 だがモニカが実際に会ったレイフは、少し気弱な普通の人間の様に見えた。だから、彼女はあの手この手で積極的にレイフを籠絡しにかかったが、何もかもが暖簾に腕押し状態だった。

 レイフに情緒がないわけではない。どちらかと言うと彼自身は情緒豊かな方なのだろう、だと言うのに容姿に絶対の自信があったモニカが受け入れられないことに、女として苛立ったのだ。


 それがどうだろう、彼の側にずっといる冴えない侍女だと思っていたヴィオラは今や内側から輝いているかの様に魅力的な女性としてモニカの目の前にいる。

 女としての敗北を痛感して、それを認めたくなくてモニカはレイフを傷つけ間接的にヴィオラのことまで貶めてやるつもりだったのだ。


「気持ち悪い……あんな姿を見て、まだあれが人間だって言えるの!? 頭おかしいんじゃない、あんた!!」



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