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 しばらくして、落ち着いたレイフはベッドの上でヴィオラにべったりと懐いていた。


 今は空気が蕩けそうに甘く、ヴィオラの方も大きな温かい獣が懐いてきている様な心地が気持ちいい。彼の真っ白な髪を撫でて、うっとりと溜息をついた。

 今は、マークと話していた内容をレイフに告げたところだった。モニカが好意で彼に近づいているのではなく、害そうとしているかもしれない、ということをまだ確定ではない段階でレイフに聞かせることは正直ヴィオラは嫌だったが、これ以上先延ばしにも出来そうになかった。


 しかしヴィオラにとって意外なことにレイフはそれに傷ついた様子は見せず、むしろヴィオラが自分を慮ってくれたことにニヤニヤと相好を崩していた。

「えへへ、僕ってばヴィオラちゃんに愛されてる……」

 いつもは青白い頬をほんのり朱に染めて、彼は

「まぁ……あんたがショック受けてないんならいいんだけど」

 よしよしと犬にでもする様に頭を乱暴に撫でてやると、レイフはその掌にキスをした。

「平気だよ。僕にはヴィオラちゃんの愛があるもの」

「単純なんだから……」

 それでも悪い気はしなくて、ヴィオラもレイフのつむじにキスを落とす。きゃあ、と少女の様に歓声を上げて彼は喜んだ。

「それに、僕を邪魔に感じてる人ってたくさんいるからね。今更それぐらいじゃ傷付かないよ」

「私も殺そうとしたしね」

「きゃっ! 僕達の記念すべき出会いの夜だね」

 そんなロマンチックなものでは断じてないのだが、あの件に関してヴィオラが引目に感じることをレイフが珍しくはっきりと禁じているので彼女は気にしないことにしている。

 レイフとしては、仕事として殺しに来ただけで自分のことを憎んでいるわけではなかったので気にならないらしい。やはり変わった男である。


 ヴィオラが労る気持ちを込めてもう一度、今度は彼の頬にキスをすると素早く動いたレイフはそのままヴィオラの唇にキスを返す。

「……ん」

「うう、ヴィオラちゃん可愛い」

 ぎゅう、と抱きしめられてヴィオラはくすくすと笑う。大きな獣に懐かれている様な心地よさだったのに、今は途端に恋人の熱い体温が恋しい。

 自分も大概単純なものだと感じるのだ。

「でも本当に教えてくれてよかったよ」

「……勿論、まだモニカ嬢が犯人側だと決まったわけじゃないわよ。他に……怪しい奴に目星がないってだけで」

「大丈夫」

 にこりと笑うレイフの顔はそれまでのへなちょこと違い、どこか精悍なものに見えてヴィオラは目を瞬く。

「モニカ嬢に絞ればいいのなら、調査の仕方も変わってくるでしょ?」

「……でも私や騎士の方でも四六時中彼女を注視しているのに、成果が出ないのよ」

 結果が捗々しくないことを認めるのは悔しいが、調査が上手く進んでいないのは事実だ。ヴィオラが唇を噛むと、レイフはその彼女の赤い唇をペロリと舐めた。

「……」

 その艶めいた仕草に、ヴィオラが赤面するとレイフはとても魅力的に微笑んだ。

「ねぇヴィオラちゃん。僕を特別扱いしないところは相変わらず最高だけど、あなたの恋人が何者なのか、忘れてない?」

「……え?」

 広いベッドにシーツの海。

 二人だけの狭い世界の様に感じていたが、そこからは無限に可能性が広がっているのだ。

 彼はそれを可能にする力を持っている。レイフの真紅の瞳が、僅かに漏れ出た魔力を帯びて冴え冴えと輝く。





「あなたの恋人は、この国で一番の魔法の使い手……千里眼の魔術師なんだよ?」





 それから完璧に身支度を整えた二人がやってきたのは、ヴィオラが滅多に立ち入らないレイフの研究部屋だ。

 あちこちに広げられた書物や、何に使うのか全く見当もつかない不思議な形の道具。その中央に床に直接刻まれた複雑な魔法陣が在った。

 ヴィオラは朝焼け色の瞳を大きく見開いて、その魔法陣をまじまじと見遣る。

「……魔法陣は必要ないんじゃなかったの?」

「普通はね。今から普通じゃないことをするから」

 魔術師ではないヴィオラは、大きな力を伴う魔法というのは身を清めたり特別な道具を用意したりするものだと思っていたが、これからレイフが行おうとしているのは過去視。

 千里眼は生来レイフに刻み込まれている魔法であり、言うなれば必要なのはレイフ自身だ。その為禊も道具も必要ないらしい。

「ただ調整にはこの魔法陣があった方が僕の負担が減るんだよね」

「負担……?」

 床に触れて、魔法陣に欠損などがないかを調べるレイフはちょっとだけ困った様に笑う。

「未来視は未来が定まることが滅多にないから難しいけど、過去視はそれはそれでまた厄介なんだよねぇ~」

「勿体ぶらずにちゃんと説明なさい」

 ヴィオラが眉を顰めて促すと、レイフは観念した様子で顔を上げて彼女の顔を見つめた。

「過去に自分を飛ばして、あまり深く潜ると帰って来れなくなることがあるんだ」

「!!」

「だから、あんまり時間が経ちすぎた過去視はしないようにしているし、大きな転機でもない一人の人間の過去って錨のない小舟の様なものだからちょっと危険なんだよね」


 ヴィオラは咄嗟にレイフの腕を掴んでいた。

 今、さらりと告げられたけれど、これからする魔法の所為でレイフを失うかもしれない、そう言われたのだ。彼女の顔は青ざめていた。

「……私が、もっとよく調査するわ。……何もかなり前まで遡って過去視をする必要は……」

「ヴィオラちゃんも他の騎士達も手を抜いてるわけじゃないことは分かってる。これだけ時間が経っても何も掴めないんだから、打てる別の手があるなら、打つべきだろう?」

 こういう時、卑怯なことにレイフは有無を言わさない笑顔を浮かべるのだ。

「でも……もし、帰って来れなくなったら」

 レイフの千里眼は万能ではないし、使い勝手のいい便利なものでもない。

 もしもお伽話の様に何でも自由に見通せる力であるならば、彼は通信機を作成しての監視システムなど構築しなかっただろうし、大勢の警備の人員だって必要ないのだ。

 馬車の車窓から見える景色を、後ほど何もかも思い出せるかと言われたら、否だろう。規格外とはいえ、レイフも人の身。その身から逸脱しては、分を超えてしまうのだ。

 反動もあれば、デメリットもある。それが人であるレイフの身に生来刻まれた千里眼の限界だった。

「……でも」

 ただ静かに微笑むレイフに、反論の言葉を探してヴィオラは繰り返した。

 ヴィオラは有効な理由はないもののこの場は止めなくてはならない、と首を振ったがレイフは逆にひどく落ち着いている。


 彼は震えるヴィオラを抱きしめて、大丈夫、と囁いた。

「大丈夫。今の僕なら大丈夫だよ」

「何を根拠に……へなちょこの癖に」

 まさかこんなところで泣くまい、とヴィオラが唇を噛み締めるとレイフはへにゃりと笑う。

「うん、千里眼の魔術師でも、バケモノでもなく、ただのへなちょこの僕を愛してくれるヴィオラちゃんがここに居るから」

「は……」

「だから、ここに必ず戻って来れるよ、僕は」

 ほろりと一粒だけ溢れた涙を、レイフの指先が優しく拭う。

「ちゃんとイイコで戻ってくるから、そしたらご褒美にまた美味しいご飯を作ってね」

 にこ、と落ち着いた様子で微笑まれて、これでは動揺している自分の方が恥ずかしいではないか。急激に自意識が戻って来たヴィオラは、キッと眦を吊り上げる。

「……帰ってこなかったら、二度と作ってあげないんだからね」

「それは嫌だなぁ」

 ふふ、と笑ったレイフに、彼女は背伸びをしてキスをする。隙間なく長い腕に抱きしめられて、ヴィオラは強気に笑って見せた。


「さっさと終わらせて、さっさと帰ってきなさい」

「うん! やっっぱりヴィオラちゃんは今日も最高だね!」

「当然」


 わざといつも通りに、ヴィオラは微笑んだ。





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