20
それとなくモニカのことを気をつけて見ていてもらうことをマークに頼んで、その日はヴィオラは塔に戻った。
あっさりと塔に入って行く彼女をモニカは悔しそうに睨んでいる気配がしたが、それは例え彼女に一切悪意がなくても難しい話なのだ。
実際に監視の塔には王城に張り巡らせた監視システムの根幹となる魔法具もあるし、他にも国の要請でレイフが作成途中の魔法具も多くあって冗談抜きに機密事項だらけ。
そしてレイフ自身は魔法具や魔法陣などは必要のない、非常に魔法の才能と強い魔力に溢れた魔術師なので一般人向けというものの加減が難しいらしく、しょっちゅう暴発させてもいる。
出来れば余人に塔に立ち入って欲しくない、というのは嘘偽りない本音なのだ。
ヴィオラは魔法の研究部屋の方には近づかないし、予め防御魔法具を持たされているので危険は少ないが、それでも気をつけてはいた。
リビングに入ると、調査をしているとばかり思っていたレイフがソファの上で大きな丸になっていた。分かりやすく不貞腐れています、というポーズにヴィオラは回れ右して出て行きたくなる。
が、そういうわけにも行くまい。
こういう時だけ驚異的な粘り強さを見せるレイフのことだ、ここで無視すればかなり後を引き摺るのだろう。渋々ソファに近づいて、ヴィオラはどすんと彼の隣に座った。
その気配に、そろそろとレイフが顔を出す。
「今日は何拗ねてんの」
「……あのナンパ騎士と、何喋ってたの。僕との通信を切ってまで」
「……いや、調査のことだけど」
「それなら通信は切る必要ないじゃない」
ぶすっと膨れっ面のレイフの顔をまじまじと見て、ヴィオラは感心する。
「それってヤキモチ? てやつ?」
意外な気持ちになって、彼女が言うとレイフはわーん! と泣き出した。何度体験しても、突然成人男性が号泣しだすことに、ヴィオラは慣れずに驚いてしまう。
レイフはわんわんと幼子のように泣き喚く。
「そうだよ! ヴィオラちゃんはすっっごく魅力的なんだから、僕みたいな魔法しか取り柄のない根暗よりも、家柄も性格も顔もいい騎士の方に惹かれちゃったどうしよう! て僕はいつも不安なの!!」
「えー……そう……」
驚きが継続しているヴィオラに泣き縋って、レイフはぎゃんぎゃん喚き続ける。
彼女の薄い腹に抱きついてきた長い腕が必死に服に爪を立てる様を、ヴィオラは何とも言えない気持ちで見つめた。
レイフの真紅の瞳からは止め処なく大粒の涙が零れ落ち、その滴がぱたぱたと石の床に水溜りを作る。
その様を、ヴィオラはじっと眺めた。
「ヴィオラちゃんはこんなにも美人さんなのはもちろん、すごく優しいし正義感も強いし、僕みたいなバケモノにも臆せず接してくれるし、世界で一番素敵な女の子なのに、ヴィオラちゃんを繋ぎ止めておける魅力が僕にないのがいつも不安なんだよぉ!!」
感情の洪水のようなレイフの言葉は、彼女の心の淀みのようなものを力技でどんどん押し出していく。
「こんなこと言って余計幻滅されたらどうしようとか、これが決定的な出来事になったらどうしようとか考えるし、ヴィオラちゃんが幸せならあのナンパ騎士との行末を祝福するのが本当の愛だと分かってはいるんだけどダメなんだもん!!」
大の男がもん、と来た。
レイフは今や自分の言葉の所為で更に悪い想像をしてしまっている様で、ヴィオラが何も言っていないにも関わらずどんどん悲壮な覚悟を固めていく。
「他の誰よりも僕が一番ヴィオラちゃんのこと好きなんだよ! 他の誰かと一緒にいる方がヴィオラちゃんが幸せだとしても! こんなに自分のことしか考えてない僕じゃダメかも入れないけど、僕はヴィオラちゃんのことが……!!」
「私も好き」
あっさりとヴィオラの口から漏れた言葉に、レイフは弾かれた様に顔を上げた。
目からは大粒の涙が溢れていて、鼻水も出ているし顔はぐちゃぐちゃ。そんな男でも、可愛いと思ってしまうヴィオラはこれが惚れた欲目というやつか、と変に納得していた。
一方、レイフは信じられないと言わんばかりに目を見開いている。彼の中では、ヴィオラに他に好きな人が出来たので、と別れ話をされている光景にまで妄想が進んでいたのだ。
「誰を?」
「あんたのことを」
「本当に?」
「疑うの?」
ムッとしてヴィオラが眉を寄せると、レイフは不安そうながら慌てて首を横に振る。
「う、疑ってるんじゃなくて、ヴィオラちゃんみたいな素敵な人と一時でも恋仲になれただけでももうこの先一生の思い出として抱えて生きていこうと思ってたのに、まだ好きでいてくれてるなんて……びっくりして」
先程長々とヴィオラへの愛を叫んでいた勢いとは一転して、レイフは迷子の子供の様にしどろもどろになっている。
ヴィオラはそんな彼の様子につい力が抜けて笑ってしまう。
可愛くて泣き虫の、ヴィオラの魔法使い。彼も同じ様なことで悩んでいるのかと思うと、似たもの同士っぷりに笑みが溢れてしまうのだ。
ヴィオラの不安に答えが齎されたわけでなかったが、それでもここまで熱烈に彼女に執着してくれる男に対して、まだ起こってもいないいつかに対して怯えることは失礼だろう。
「……さっきマークと話してた内容は後でちゃんと説明するわ」
「ヴィオラちゃん?」
涙を指先で拭ってやると、レイフは不思議そうに彼女を見つめる。その瞳の真っ直ぐさに、ヴィオラは幸福をたっぷりと詰め込まれた様な気持ちになった。
ヴィオラの中には汚いものばかりを詰め込まれている筈なのに、レイフと一緒にいると彼の愛情がどんどん注がれているかのようだ。
子供のようないとけない真っ直ぐな愛情が、どんどん、どんどんヴィオラを満たしてくれる。
「今は、それよりも私があんたのことを愛してるってこと、ちゃんと教えてあげる」
そう言って、ヴィオラはレイフの頬を両手で包むとゆっくりと唇を重ねた。




