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翌日から、ヴィオラは早速調査を開始した。
モニカが行動する周辺のメイドや侍女に扮して、あちこちで情報を集めると共に警備も兼ねる。とはいえ、王城の方で彼女につけて先日の騎士が問題なく警備の方は執り行ってくれているので、こちらはかなり任せている。
レイフの方もヴィオラを通して監視、そして千里眼を駆使しての未来視を試みていた。
しかし、犯人の方がいくつも手段を用意しているのかまるで未来が定まらず、モニカの周囲に不穏な影も見えないのだとしきりに首を捻っていた。
そのくせ、モニカが滞在している部屋に戻ると脅迫状が届いていたりするものだから、ヴィオラとレイフは随分と消耗していた。ここまで警戒していて、痕跡ひとつ掴めないことは初めてだったのだ。
「こんなことってある……?」
数日後の夜。
城の使用人用の食堂で作ってもらった弁当を二つ携えて塔に戻って来たヴィオラは、居間のソファでぐったりとしながらぶつぶつ文句を言っていた。
引き篭りのレイフは弁当の形になった料理が珍しいらしく、パッケージを捲ってみたりしてワクワクとした様子でいる。
「ヴィオラちゃん! これ食べていい? 片方僕だよね?」
「ええ、勿論食べてもいいけど……先にお茶淹れてくれない?」
ぐったりとしたまま彼女が言うと、レイフは嬉々としてお茶を淹れにキッチンに向かう。
料理の方はヴィオラが作ってくれたものを食べるのがレイフの楽しみらしいので、彼女が請け負っているがお茶は明らかにレイフが淹れた方が美味しいのだ。
と、いうことはシンプルに考えて料理もレイフが作った方が美味しいのではないだろうか、と彼女は予想しているのだが、彼はヴィオラの手作りの食事、というものに対してのみ旺盛な食欲を発揮するので、美味かどうかよりも大切なことらしい。
恋人にそう求められることは当然ヴィオラの方でも吝かではないので、出来る限りは彼女が料理する様になっていた。
しかし、今日の様な多忙な時は御免被る。かつて、時間通りに運ばれてくる食事は味気なく囚人の様だ、と忌避していたレイフの為に料理長に弁当の様に作ることが出来るか、と聞いてみてよかった。レイフは弁当の蓋を少し開けてみたり、乾燥魔法が掛けられて湯で解くタイプのスープなどに興味津々だ。
「お茶淹れる時のお湯、こっちにも残しておいて」
「これ何? 携帯食?」
「そうね、お湯を掛けるとスープになるの」
「何それ、すごい! 魔法だね!」
「…………そうね」
確か携帯スープに使われている乾燥魔法の基礎を構築したのはレイフだと聞いた気がするが、こちらに使われているのはそれを発展させてものなのだろう。何とも言えない顔をしつつ、お茶の入ったものとは別に空のカップと湯の入ったポットを運んで来た彼の前でまずヴィオラは自分の分のスープを作って見せた。
「本当にお湯を入れるだけでいいんだね! 僕もやってみる」
「楽しいからってたくさんお湯を入れちゃダメよ、味が薄くなるから」
「なるほど……」
先にヴィオラが注意すると、レイフはヴィオラの分のカップを覗き込んで湯の量を推し量りながら自分の分のスープを作った。
「面白ーい!」
きゃっきゃっとはしゃぐ大きな子供を見ている内に、ヴィオラの方も食欲がやって来た。
テーブルに弁当を置いてカトラリーを用意していると、レイフは弁当の箱に触れて首を傾げる。
「温めた方がいいかな?」
「お弁当っていうのは、冷めても美味しく食べられる様に工夫してして作ってるからこのままでいいのよ」
「なるほど、これ自身が携帯食なんだね」
そこまで実戦向きのものではなく、せいぜいがピクニックに持っていく程度を想定しているものだとヴィオラは思ったが、レイフは冷えた食事を一人で食べる、という行為が一番嫌いだ。こうして少しずつ彼に食事の楽しさを教えて上げたい。
そしてこれまで暗殺者として過ごして来たヴィオラ自身も食事に関心が薄かったものだが、彼と共に食べる様になってからかなり味覚も戻って来た気がするし、食事を楽しめる様になって来ていた。
早速弁当の箱を開けて、食べ始めたレイフは目を輝かせる。
「美味しい! ちょっと味付けが濃い、かな?」
「そうね」
「全部がひとつの箱に入ってるなんて、不思議だね。パンにはもう具材が挟んであるし」
自分でパンに具材を挟んで食べることが最近上手になって来たレイフは、中身を確かめたり付け合わせのピクルスを押し込んでみたりと初心者のくせに早速アレンジしている。
「ヴィオラちゃん、こういうの作れる?」
「簡単なものなら」
「今度作ってぇ」
甘ったれた声を出すレイフは、でれでれに蕩けていて、モニカが言う様な理知的な人物には逆立ちしたって見えない。
「いいわよ。今度ね」
ヴィオラが請け負うと、レイフは喝采を上げた。
逆に、彼がモニカの言う様な男だったとしたら、ヴィオラはレイフに惹かれていないし、こんな関係にはなっていないだろう、とヴィオラは確信を持って言える。
へなちょこででれでれの、泣き虫で優しい男。彼だから、ヴィオラは愛しているのだ。
「……ま、誰にも教えて上げないけど」
時々、いけないことだと思いつつヴィオラはレイフが引き篭りでよかった、と考えてしまう。
ヴィオラは見目は美しいし、現状レイフの仕事に非常に役に立つ人材だと自負しているが、中身は爪の先まで汚れている。たくさん人を殺して来たし、望んでいなかったとは言え仕事で男に抱かれたことだってたくさんある。
生まれがどことも親が誰とも知れないし、物心ついた頃には暗殺者として育てられていた。
汚いものだけを綺麗な皮に詰め込んだのが、ヴィオラだ。
レイフが、もしも外に出ることが出来る様になったら、陽の光の当たる場所でヴィオラを見たならば彼女の汚さにすぐに気付いて、離れて行ってしまうのだろう。
分かっているのだ。
それは、今のレイフの愛情を疑っていると言うことではなく、事実として当たり前のことなのだ。
罪深く、汚い自分が一時とはいえ愛されているのは、レイフが身を置く特殊な環境の所為だ。そうでなければ、誰もヴィオラのことを真に愛することなんて、有り得ないと分かっている。
「ヴィオラちゃん?」
食事の手が止まっている彼女を、レイフが不思議そうに見つめてくる。
年上で、地位が高くて国一番の魔術師。
ヴィオラの愛する、泣き虫。
彼女は意識して、そのレイフの目を惹く様に婉然と微笑んで見せた。そして、少し体を伸ばして小さなテーブル越しに彼の唇の端を舐める。
「ヴィヴィヴィヴィヴィオラちゃん!?」
途端青白い顔を真っ赤にして、動揺する可愛い男。彼にヴィオラは無邪気に笑ってしまった。
「ソース付いてたわよ」
「もっと付けたら、また舐めてくれる!?」
途端調子に乗った男の顔面に、彼女はナプキンを投げつけた。
この一時の甘い夢が、少しでも長く続くことを願いながら。




