17
塔の中に戻ると、まだレイフは応接室で何事かをしていた。
彼の前のテーブルにはティーカップが二つ並んでいて、客人にお茶を出す、と言うごく普通の行為をレイフが出来たことにヴィオラは改めて驚いた。
「お茶出したの」
「ああ……それはモニカ嬢が持って来たハーブティーを、彼女自身が淹れてくれたんだよ。何でも疲労回復の効果があるとかで」
「フゥン……」
それまでヴィオラとレイフだけが使っていた厨房に別の誰か、しかもレイフに気があるらしい女性が立ち行ったということがどことなく気に入らない。
片眉を器用に吊り上げたヴィオラは、次にレイフの手元に注目する。
「それは?」
「この国入ってすぐ、モニカ嬢に届いた脅迫状。ここに書かれている通り、彼女は王都に入る前の街道で野盗に襲われたそうだよ」
「襲うのに予告してくれるわけ? 親切ね」
黙って襲った方が殺しの成功率は高い。元暗殺者らしい意見に苦笑して、レイフは脅迫状に魔法を掛けたが差出人の痕跡は出なかった。
「……でも、ホーランドからモニカ嬢に付いてきた護衛やメイドはその襲撃でほとんど亡くなってしまったんだって」
「……それは、お気の毒ね」
ヴィオラは痛まし気に顔を顰める。では、モニカは同郷の者が亡くなった姿を見たのだろう、だからこそあんな風に大胆な程にレイフに取り入ろうとしているのだろうか。
命の危機を、間近に感じて。
「犯人、分からない?」
壁際の棚に置かれていたトレイを持って来て、ティーカップを下げながらヴィオラが訊ねる。
「うん……時間が経っちゃってるし、何人か人を介してるみたいだからね。おまけに城の正規の捜査機関が一通り調べた後だし」
「そう……じゃあ食事の用意をしてくるから、その間に概要纏めておいて。後で詳しく聞かせて頂戴」
トレイを持ってヴィオラが立ち上がると、レイフがあっ、と声を上げる。
「何?」
「……ヴィオラちゃん、昨日はごめんね」
先程までの魔術師としての姿ではなく、今はすっかりいつものヘナチョコの恋人に戻ってしまっている。
そんなレイフを見て、ヴィオラの方もここに来るまでに考えていた後悔を思い出した。
「別に、あんたは悪くないでしょう。私こそ、誕生日だったのに怒鳴ったりしてごめん」
ヴィオラが謝罪を口にすると、レイフはほっとした様子でへにゃりと笑った。
「そんなことは全然。ねぇ、ヴィオラちゃん、僕達これで仲直りだよね?」
空いている方の手、その指先を恐る恐る摘まれてそのいじらしさにヴィオラは唇を噛んだ。
こういう時のレイフはズルイ。
ヴィオラの愛を心底では信じていないくせに、ヴィオラがレイフを愛していることを利用するのだ。
「……仲直りも何も、別に私たち喧嘩なんてしてないじゃない」
「そっか……そうだよね」
嬉しそうに笑ったレイフは、一際強くヴィオラの指を握ってから離す。
そこで手を放すから、意気地なしなのだ。内心で彼を罵って、ヴィオラは背筋を伸ばした。
「……ご飯作るわね」
「ありがとう、その間にこっちの情報を纏めておくよ」
頷いて、彼女は応接室を出る。立ち去る前にこっそりと中を見ると、いつの通り長身の猫背がいて彼女は何とも言えない気持ちになった。
厨房に入ると、可愛らしい花柄の袋に入ったハーブティの茶葉が置かれているのが目に入った。モニカが持参したという茶葉だ。
まずカップを水場に置いてから、ヴィオラは一通りキッチンを確認する。塔に他人が入って来たのは本当に久しぶりで、何か罠を仕掛けられていないとも限らないからだ。
細かくチェックして問題なさそうだな、と判断した彼女は水場に戻る。モニカはお茶を淹れてからすぐに持って行った様で、淹れる為に使った器具や他の食器は置きっぱなしである。モニカの淹れたお茶のカップの方も、レイフは礼儀として口をつけたのだろうけれどモニカの分は減ってはいないように見える。
話が深刻なものだったので、淹れたはいいものの飲む気になれなかったのだろうか。
モニカに対して少し不躾な印象を抱いたヴィオラだったが、まだ年若い令嬢が命の危機を身近に感じて不安定になる、ということは理解出来る。
溜息をついて、他のものも纏めて洗おうと茶葉の計量スプーンや茶こしをカップと共に水場に下ろして、そこで彼女はハッと眉を顰めた。
「……何よこれ」
銀の計量スプーンには、毒を示す黒い反応物がくっきりと表れていた。




