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「いいえ、魔法具をもう一つ作るにはかなりの時間が掛かります」
レイフがそう言っても、モニカはちっともへこたれない。
「じゃああの彼女の物をわたくしに持たせてくれれば良いではないですか。わたくしは国賓ですよ?」
話を聞きながら、ヴィオラはモニカの素性を予想する。
国賓、ということはこの前小耳に挟んだ情報から想像するに、今国外から留学として来訪している他国の高位貴族だろうか。キュレル、とは確か西の小国・ホーランドにそんな名前の貴族がいた筈だ。
留学制度のことは知ってはいたが彼女の乗っている船が港に着いたという情報を得ていなかったのはヴィオラの落ち度であり、恐らくここ数日の間に登城したのだろう。
留学の件を取り仕切っているナフトン伯爵が、レイフのことを疎ましく思っている男なのでヴィオラも情報を得にくいのだが、これは言い訳にはならない。
しかしそこまでは類推出来ても、他国の貴族令嬢がレイフを訪ねてくる理由はまだわからない。
ヴィオラが推理を巡らせている間にも、レイフの説得は続いていた。
「ヴィオラの持っている魔法具は、彼女にしか使用出来ない作りになっています。そうでなければ、彼女から魔法具を奪って侵入して来ようと考える者が出てくるかもしれませんから」
「まあ……」
すると、モニカは残念そうに唇を尖らせる。
続いて、レイフは更に畳みかけた。
「そもそも今回は国王より勅命がありましたので、こちらへの出入りを一時的に許可してしましたが、本来塔には余人を入れてはならない、というのがその王の命です。以降は何かあればヴィオラに言ってください。どの道、僕はこの塔を出ないので調査は主に彼女が行います」
引きこもりにしては、頑張って説明している、とヴィオラは感心した。あとで褒めてあげないと。
そんなことを彼女が考えている間に、モニカ次のアイデアを発表していた。
「じゃあ外でお会いしましょう!」
「…………」
彼は困った表情のまま、微笑んだ。
レイフは塔の外には出ない。
外に出た途端、千里眼の力が発動してしまい爆音の騒音の中に放り出された様な状態になってしまうのだ。
特別な魔法を施したこの塔の中でのみその力は鈍化され、彼は安寧を手に入れることが出来る。この塔は彼にとって檻でありながら同時に唯一まともに生きられる安住の地でもあるのだ。
「僕はこの塔から出る事はありません」
「もう! 意地悪な方ね」
ひょっとしたら、他国の貴族相手に何が不都合な話になってしまっているのかもしれない。
それでも、他者を秘密の倉庫の様な監視の塔へしょっちゅう入れるわけにはいかないし、レイフが外に出れば彼がどんどん疲弊していってしまうだろう。
ヴィオラはだんだん心配になって来て、レイフを見遣った。
が、意外にもレイフは穏やかに微笑んでいた。相変わらず困った様な表情ではあったが、特に切羽詰まった様な雰囲気はない。
内心イライラとヴィオラが見ている中、レイフは穏やかにモニカに説いた。
「モニカ嬢。あなたは今命を狙われていて、千里眼の魔術師だなんて大層なあだ名で呼ばれている僕に、一時的に縋りたい気持ちになってしまっているだけです」
命を狙われている、という言葉にヴィオラが静かにモニカに視線を向ける。なるほど、それならば彼女がここにいることも理解出来る。
国賓として訪れている他国の貴族令嬢が、このエルドラドで命を狙われているとあっては国王も放ってはおけなかったのだろう。
「そんなこと……」
モニカは口籠ったが、確かに命を狙われているのなら未来を見通すことが出来ると噂されているレイフに、頼りたくなる気持ちもわからないでもない。
「不安な気持ちはよくわかります。でも安心してください、この城の者は皆あなたを守ることに全力を尽くすでしょうし、僕とヴィオラも同様です」
レイフはそう言うと、幾分落ち着いた様子のモニカを見遣り次いで彼女の護衛の騎士に頷いてみせた。
騎士の方も頷き返し、心得た様子でモニカの背を柔く押して退出を促した。
「モニカ様。魔術師殿もこう言っていることですし、まずは城に戻って警備の体制を再度確認しましょう」
騎士に促されて、モニカはゆっくりと席を立つ。
「ヴィオラ、見送って下さる?」
意外なことに指名を受けて驚いたものの、ヴィオラは客が出て行った後に出入り口の警戒をしておきたかった為、レイフに目配せをしてから見送りに向かった。
とはいえ、応接室は玄関脇だ。大貴族の広い屋敷ならばまだしも、この塔はそんなに広いわけではない。
すぐに玄関扉まで辿り着き、ヴィオラは建物の外に出たモニカと騎士に向かって使用人としての礼をした。
「後ほど魔術師から詳しい話を聞いて、すぐに調査に取り掛かります」
「ねぇ、レイフ様って素敵な方ね」
思い掛けない返事をされて、ヴィオラはキョトン、と目を丸くした。
あれのどこをどう見て素敵、などという言葉が出てきたのだろうか。
見目は多少整っているかもしれないが、それでも絶世の美男子というわけでもないし、泣き虫のへなちょこ、おまけにスケベだ。
根暗だし、子供みたいに無邪気に見えて人のことをちっとも信用しないし、見方によっては酷く偏屈で、いいところを探す方が難しい。
「……奇特な意見ですね」
そのいいとこナシを恋人にしている、奇特の大代表の様なヴィオラは自分を棚に上げてモニカをまじまじと見遣った。
「だってとても落ち着いているし理知的だわ、しかも千里眼だなんてすごいじゃない」
「そう……でしょうか」
ヴィオラはどうにもむず痒い。レイフを褒められ慣れていないのだ、あと落ち着いてもいないし理知的でも断じてない。
「あなたとレイフ様は恋仲なの?」
「いいえ」
ヴィオラは焦ることなく落ち着いて答えた。
これはあらかじめ決めていたことだ。ヴィオラがレイフの弱点になるのは御免なので、他者に関係を聞かれた時はNOということにしている。
「じゃあわたくしがレイフ様に恋をしても、問題ないわよね」
「私が関知する所ではありません」
ヴィオラはなるべく冷たい言い方にならない様に、気をつけて返した。
「よかった! じゃあまた来るわね」
そう言うと、あとはもう振り返ることなくモニカはご機嫌で城へと続く道を帰って行く。護衛の騎士もサッと礼を取ると、すぐに彼女を追いかけて行った。
「……命狙われてる割には、余裕ね」
ヴィオラは奇妙な気分になって眉を下げた。
恋。ヴィオラがレイフに抱く想いは、恋という甘酸っぱい言葉にしてしまって良いものなのだろうか?
言葉にするのに、もしも相応しいものがあるとするならば、それは執着というのではないだろうか。お互いに。




