15
「あ、僕、今日誕生日だった」
「………………はぁ!?」
監視の塔にて。
夕食時にぽつりとレイフにそう告げられて、ヴィオラは持っていたスプーンをバンッとテーブルに置いた。
今夜のメニューは塊肉のブラウンシチューとふかふかのパンだ。ごろっとした肉に合わせて野菜も大きめにカットしてあるが、どちらもスプーンでほろっと切れるぐらい柔らかく煮込んである。シチューに入れたものと同じ安物の赤ワインはこれでなかなか美味だったし、今夜はいい夜だ、とつい先ほどまでヴィオラはご満悦だったのに。
「ヴィオラちゃん?」
彼女の突然の変化に、こちらもシチューを味わっていたレイフ驚いて目を丸くする。
「何よそれ。そういうことはもっと早く言いなさいよ!」
ヴィオラが怒鳴ると、レイフはまた驚きつつも不思議そうに首を傾げた。何故彼女がこんなにも怒っているのか、理由が本当に分からないのだ。
「え……でも、ほら僕みたいなバケモノの誕生日なんて別にめでたくない、し……」
へらっ、と彼が笑って言うと、ヴィオラは唇を噛んだ。
「…………馬鹿!!」
絞り出すように小さく叫んだヴィオラは、彼女の方がずっと傷ついているように見えた。
翌日。
ヴィオラは一日の勤めを終えて監視の塔へと向かっていた。
昨夜はあれ以上喋るとレイフを傷つけるようなことを口走ってしまいそうで、怒りを制御するのに必死になって結局祝いの言葉も言えなかった。
だって、悔しかったのだ。ヴィオラに幸福や生きる目標をくれたのはレイフなのに、その彼が自分の誕生を何でもないことのように、むしろ忌むべきもののように考えていることが。
ヴィオラにとってレイフは誰よりも大切な人なのに、レイフにはその自覚がない。ヴィオラのことばかりを大切にして、相変わらず自分のことはバケモノだと宣うのだ。
「でも、おめでとうの一言も言わなかったのは、私が悪いわ……」
昨日は休日だったので、一日塔で二人してごろごろしていたのだ。
時間のかかる煮込み料理を作ったのもその所為で、もしレイフの誕生日だと知っていたらもっと豪華な食事にしていたのに、という後悔もあった。
つい頭に血が登って馬鹿などと罵ってしまったが、冷静になれば祝福して忌むべき日ではない、ということをきちんと説明すべきだったのだ。
「……今からでも間に合うかしら」
珍しくヴィオラは弱気になる。
レイフの自分に対する思い込みは根が深く、ヴィオラはそれを根気強く取り払うつもりで彼に付き合っているのに、ちっとも上手くいかない。
悔しくて、情けなくて。でも、一番はレイフを笑顔にしてあげてたくて、ヨシ、と気合をいれた。まず昨日のことを謝って、それから誕生日の仕切り直しをしよう。
そこまで考えて転移の陣で塔に来たヴィオラは、玄関の扉を開いたところでレイフとは明らかに違う明るい笑い声が聞こえて足を止めた。
玄関ホールの脇にある、小さな応接室。
滅多にないことだが、王城からの依頼を持ってきた使者などを持て成す為に作られた部屋だ。今そこの扉は大きく開け放たれていて、そこから明るい笑い声が響いていた。
「もう、レイフ様ったら!」
開け放した扉から顔を覗かせると、中には小さな卓と向かい合う二脚のソファ。一方にはレイフが座り、もう一方には声の主と思しき女性が座っていた。
まだ少女と呼んでも差し付けないような年の、人形のように整った顔立ちの愛らしい令嬢だ。優美なカーブを描く栗色の艶やかな髪と、陶器のような白い肌に煌めく青い瞳。
彼女の後ろには護衛の騎士が一人控えて立っていて、すぐに女性の方がヴィオラに気付く。
「あら、あなたは……?」
その声に振り向いたレイフはハッとした様子で立ち上がった。卓にはティーカップが二つ並んでいるのが見えて、ヴィオラは彼が客にお茶を出すという選択をしていることに意外な気がした。
「……私は魔術師様の部下の、ヴィオラと申します」
「そう。よろしくね、ヴィオラ。わたくしはモニカ・ホットニー、キュレル子爵家の娘よ」
余計なことをレイフが言う前に、ヴィオラは侍女服のまま使用人としての礼を取ると、女性は名乗ってくれた。
彼女の方に近づこうとしていたレイフはそれを見て立ち止まると、ギクシャクと女性の方に顔を向けた。
「モニカ嬢。……僕はこの塔から出ることはありませんから、主に事の収束には彼女が対応します」
手でヴィオラを示しながら彼が言うと、女性は残念そうに眉を下げた。が、すぐに明るい表情になって両手を重ね合わせる。
「まぁ、残念。ではレイフ様に会う為には、またここに来ればいいのね」
そう言ってニッコリ笑ったモニカに、レイフは慌てて手を翳した。
「いえ、今回は国王の命令だったのでこの部屋にお通ししましたが、基本的にこの塔には立ち入らないでください」
「あら、どうして?」
モニカは不思議そうに小首を傾げる。そんな彼女に、レイフは困った様子で丁寧に説明する。
引き籠りの人見知りには辛いことだろうけれど、事情の一切分からないヴィオラには助け船を出してやることは出来ない。仕方なく彼女は壁際に控えて、彼らの会話を眺める。
「この塔の中には研究中の危険な魔法がたくさんあるんです、塔に入る際セキュリティチェックが細かかったでしょう? あれは、外からの脅威を恐れているのではなく塔の中から危険な魔法が出て行ってしまわないようにする為の防衛なんです」
「あら、でもヴィオラはあっさり入って来たのではなくて?」
急に話を振られて、ヴィオラは静かにレイフを見た。
「彼女には全ての防衛魔法を通り抜けられる魔法具を渡しています」
「じゃあわたくしにも同じものを頂戴?」
無邪気にそう言うモニカに、レイフは辛抱強く首を横に振った。




