14
連載再開というか、ちょっと長めの小話です。
楽しんでいただけたら、とても嬉しいです。よろしくお願いします!!
ドゴンッ! とエルドラド王城の片隅で大きな音がして、ヴィオラが立つすぐ横に積み上げられていた木箱が砕け散った。
木箱をバラバラにした犯人は変装用に侍従の制服を着た男で、棍棒を手にニヤリと下卑た笑みを浮かべて美しい彼女の体を舐めるように見遣る。
「俺を追って来たのはアンタだけか?」
「……私のオススメは、降伏一択よ」
ヴィオラがそう返すと、男は棍棒を振り回して彼女に突進してきた。
壁を使って避けながら、ヴィオラは男の足さばきに注目する。振り回している棍棒の軌跡は闇雲な素人のそれで避けることは容易い。
ただ単純な力比べでは彼女の方が不利なので、捕まらないことが一番重要だった。
「どこに俺が不利な条件があるんだ? アンタを潰してから悠々と逃げれば、誰も俺が犯人だって分かりゃしないのに」
確かにこの場にいるのはヴィオラ一人だが、彼女は常に千里眼の魔術師と通信が繋がっている。もしもこの場でヴィオラが殺害されて証言が出来なくなったとしても、レイフの証言は彼の立場と役目もあって十分に証拠としての能力を有しているのだ。
「……」
彼女は、口数の多い男はみっともなくて嫌いだ。無言で足払いを掛けたが、こちらは躱される。
「悪いな、俺は女でも容赦しないんだよ!」
体勢を崩したヴィオラの頭上に、男が掲げた棍棒が渾身の力で振り下ろされた。低い姿勢を維持していた彼女はそれを見ながら、赤い唇をきゅっと強気の笑みで象る。
彼女が左手の拳を握ると、その華奢な中指に嵌った美しい細工の指輪が魔力の光を帯びていく。
体を器用に捻るようにして伸びあがらせ、ヴィオラは男がこちらを攻撃してくる勢いを利用して、そのがら空きの腹に左拳をぶち込んだ。
「がっ……!?」
ボグッ、と鈍い音がして、男が短い悲鳴を上げる。
そこで気絶したらしく、ズルリと重くなった男の体をヴィオラは床に容赦なく打ち捨てた。それから乱れた髪とスカートを直して、ふぅ、と吐息をひとつ。
「奇遇ね。私も男だからって手加減はしないの」
『ひゃー!!!! ヴィオラちゃん、カッコイイー!!』
途端、脳内に響いた声が台無しである。
戦闘中は配慮して通信を切っていたらしいレイフだが、落着したと見るやいなやすぐさま回線を繋いでやんややんやの大喝采である。
「盛り上がってないで。衛兵は?」
常に携帯している捕縛道具で男の手足を素早く縛り、ヴィオラはレイフに訊ねた。するとすぐにご機嫌な声が返ってくる。
『もうすぐ到着するよー!』
「じゃあ私は撤退するわね」
『……いつも思うけど、別にヴィオラちゃんのお手柄なんだから衛兵に引き渡すまでしてもいいんだよ?』
衛兵の足音が聞こえたので、ヴィオラは男から押収した今回の事件の決定的な証拠を誰からも見える位置に置くと、反対側へと歩き出す。
角を曲がった彼女は、もう先程戦闘していたとは思えない程落ち着いた、一見地味な侍女だ。彼女が向かう方向からもバタバタと衛兵が駆けて来るので、素知らぬ顔ですれ違う。
「……私はお金さえ手に入れば、手柄なんていらないもの。オホメノコトバじゃ腹は膨れないからね」
『フー! ヴィオラちゃんってばクール!』
「馬鹿言ってないで、指輪の出力調整ちゃんとなさい。あの分厚い男じゃなきゃ引き裂いちゃってたかもしれないじゃないの」
ヴィオラの左手の中指に嵌っている精緻な透かしの入った指輪は、レイフが特別に造った魔法具だ。彼女の魔力に反応してガントレットのような強度を発揮し、攻撃にも防御にも使える。ヴィオラが使いやすいように特化して造った所為で、汎用性はないといういつもの彼女専用仕様だ。
『えーそこはヴィオラちゃんが加減してよぅ』
ぶー、とレイフが唇を尖らせているのだろう気配が、音声だけでも伝わってきて彼女は歩きながら肩を竦める。
「私は別に引き裂いちゃっても、構わないんだけど」
わざとそう言ってみせると、レイフは盛大に嘆く。
『分かったよぉ! ヴィオラちゃんに人殺しなんてさせるわけにはいかないからねっ!!』
それを聞いてヴィオラはニヤリと赤い唇を吊り上げて笑い、誰もいないことをいいことにするりと結った髪を解いた。
彼女の髪を結っていた紐も、レイフ謹製の魔法具。それが解かれる先から、ヴィオラの長くうねる艶やかな髪が本来の髪色を取り戻していく。
くすんだ亜麻色から、上等な葡萄酒のようなハッとするボルドー色へと。
『だから早く帰ってきてよ、ハニー!』
大きなお子様の声に、ヴィオラは誰もいない廊下で嫣然と微笑む。
きらりと輝く瞳は、深い朝焼け色。その魅力的な笑みは、遠見の魔術で彼女を一心に見つめている千里眼の魔術師を虜にした。
「イイコで待ってなさいな、ダーリン」




