小話2(バレンタインSS)
「はぁぁぁっ!! わぁぁあああっ……!!!」
感極まった時の幼児のような声を出して打ち震えているレイフのことを、ヴィオラは生温い笑顔を浮かべて見ていた。
遡ること七日前。
「ヴィオラちゃん!! チョコレートください!!」
塔に入るなり勢いよく駆け寄ってきた愛犬…ではなく、恋人の発言にヴィオラは首を傾げた。
「何? リクエスト? 分かったわ、明日厨房に言って用意してもらうわね。今日は悪いけど……」
今日は無理、と言おうとしたヴィオラの前で、レイフが恐ろしい勢いでどばっ、と泣きだしたのでぎょっとした。
いい年の男がしくしく、ではなく号泣する姿は視覚的にいってアレだ。控えめに言ってホラー。
慰めようとか可哀相だとか、そもそも何故泣く? という疑問の前に、まずヴィオラは生理的な怯えに対して後ずさった。
「何で逃げるのぉぉぉぉっ!!!」
「っく……!」
数多の死線を潜り抜けてきた身でありながら、恋人が泣いている姿が怖い、とは言いたくないヴィオラである。
睨み合うことしばし。体力のないレイフの方が先に根を上げた。
「実はね……」
「い、いや唐突に説明するんじゃなく、まず居間の方へ行きましょ。お茶を淹れてあげるから」
「うう、ヴィオラちゃんが優しい……さすが僕の天使……」
まだグズグズ言う長身猫背の男の手を引いて、ヴィオラは住居スペースの居間に向かう。彼はソファに座ると、膝を抱えて丸くなってしまった。それでも長身なものだから、その丸がデカイ。
キッチンで手早く湯を沸かし茶器を持って居間に戻ると、ヴィオラは丸まっているレイフに少しズレるように命じ、その隣にストンと腰を下ろした。
テーブルに茶器を広げると、目分量で茶葉を入れてこれまた感覚で時間を計りつつ蒸らす。
「それで? 何で突然泣いたの」
持ち手のないカップに湯を少し注いで温め、別の小さな器に少しだけ茶を注ぐと香りを確かめる。そのままそれをこくんと飲み干すと、彼女は改めてカップの湯を捨てて茶を注いだ。
「……ヴィオラちゃん、今日が何の日か知ってる?」
言われて、彼女は王国の暦を答える。レイフは力なく首を振った。
悲しんではいるものの、すぐ傍に座った恋人の体温や香りに徐々に心は上向いているらしい。
「今日はね、愛する人に贈り物をする日なんだよ……」
「初耳だわ」
「特に王都での流行りは、チョコレートを贈ることらしくてね」
「ああ、それで最近城内でもやたら甘い匂いがしてたのね」
情報収集はヴィオラの仕事だ。
数年前から外国の習慣がこの国で流行っていることや、城内のあちこちでチョコレート菓子の受け渡しがなされていることは承知していたが、国の安寧を脅かす事態に発展するとも思えず深く調べていなかったのだ。
実際ヴィオラの職務的にはどうでもいい知識だったことが、今ここで明らかになった。
「なのに、僕のことを愛してるヴィオラちゃんからチョコレートがもらえないなんてー!!!!」
またおいおいと泣き出してしまった年上の男を、ヴィオラは溜息をついて見つめる。何と言ったものか考えている内に、ネガティブかつ回転が無駄に早い思考はどんどん頓珍漢な方向へと走っていく。
「ハッ! まさか、ヴィオラちゃん、もう僕のこと好きじゃない……とか? 誰か他の男を……? ううん、分かってた、ヴィオラちゃんみたいな素敵な人が僕みたいな根暗のことを一時でも好きになってくれたなんて奇跡みたいなものだって……」
暗い。そして早口。
「大丈夫、僕は弱虫だからその相手を殺したりなんて出来ないよ。ただ一生消えないおできを作る呪いを作ることに着手しちゃうかも……」
根が暗い。そして面倒くさい。
いじいじといじけ始めた男は、放っておけば一晩ぐらいはいじけているだろう。無駄なところで根気があるのだ。
ちびちびと茶を飲みながらそれを見ていたヴィオラは、カップをテーブルに置くと丸まっていじけている男の頭を抱きしめた。
「ぴゃっ!?」
変な鳴き声が聞こえたが、無視してレイフの頭を撫でる。
「そんなに楽しみにしてたって言うなら、全然気にしてなくて悪かったわよ」
わしわしと犬を褒める時のように頭を撫で続けていると、やがて彼は大人しくなった。長身はソファからはみ出てしまっているが、彼は幸福そうにヴィオラに抱きしめられている。
「ヴィヴィヴィヴィオラちゃん……!胸が当たってるんですが……!!!」
「当ててんのよ」
「そっ……ウデスカッ……!!!」
絶句したレイフは口の中で何やらごにょごにょと言っているが、音には成っていない。
彼女がよしよしと撫でて、仕上げに額に音をたててキスを落とすとレイフのいつも青白い頬がぽぉ、と色づく。
「流行りに乗らなかった程度で、勝手に私の愛を疑ってんじゃないわよ馬鹿」
「うううううううう、今日もヴィオラちゃんは最高ですー!!!!」
「当然」
ぎゅう、と大きな子供に抱きしめ返されて、ヴィオラは嫣然と微笑んだ。
・・・
と、言うわけで。
こう見えて恋人の要望に応えるのは吝かではないヴィオラは、やるなら徹底的に、ということで七日間の準備期間を希望した。
勿論レイフは即行頷き、その日からヴィオラの菓子作りの修行の日々が始まった。馴染みの厨房の料理人達に情報取集し、レシピや教えを請うと即実践。ありとあらゆるチョコレート菓子を研究した。
勿論通常業務はこなした後だったので、この七日間ヴィオラと「仲良く」出来なかったレイフはちょっとだけ準備期間を後悔した。しかし、それもこれも今日でお仕舞い。
「お待たせー」
そう言ってヴィオラが恭しく運んできたワゴンの上に掛けられた布を取り去ると、そこにはズラリと並んだチョコレート菓子。しかもお子様舌のレイフの為に苦みのあるものや酒を使ったものは省かれている上に、甘さだけでは飽きるだろうとちゃんと塩気のあるものも用意されている、という考え抜かれたラインナップだ。
そこで冒頭のレイフの語彙力のない感嘆のシーンへと繋がる。
「最高だよ、ハニー!」
「当然よ、ダーリン」
尻尾があったならば限界まで振っているであろうレイフに、バチンと音の鳴りそうなウインクを決めてヴィオラは返す。
「あああ、どれから食べよう……!」
迷う彼に、ヴィオラは指揮者のようにひらひらと指で示してみせた。
「この辺りは日持ちするから、こっちから食べるのがオススメかしら。あ、このカップのやつは食べる時上から更に温かいチョコレートを掛けるから言ってね」
「ええええ……! そんな魔法みたいな食べ物が……!」
両手を頬に当てて、レイフは感激する。まるで初めて贈り物をもらった子供のように、矯めつ眇めつチョコレートの山を眺めた。
感激しているレイフは知らない。
チョコレートを贈られた者は、お返しに贈り物をしなくてはならないこと。
そしてそれが、三倍返しが通説であるということを。
ちなみにヴィオラは最近、拳大の宝石が欲しいと考えている。




