小話1
「行かないでーーーーー!!!!」
「ええい、しつこい!!」
追いすがってくる童貞、もとい恋人を、ヴィオラは見事なフォームで投げ飛ばした。
どすん!とソファにクリーンに落とされたレイフはぐえ!と潰れた声を上げる。
時刻は朝。
そろそろ一般的な労働者は仕事を始める頃だ。
「ヴィオラちゃん行かないで!」
「馬鹿レイフ!今日は休日じゃないのよ」
べしっ!とヴィオラが結構な力で彼の額を小突くと、レイフは額を押さえて呻く。
その隙に彼女は塔を脱出した。
『ひどいヴィオラちゃん!僕のこと愛してないんだ!!昨日はあんなに可愛かったのに……』
「あら、今は可愛くないっていうの?」
『今日も今この瞬間も、ヴィオラちゃんは最高に可愛いです!!』
ぶつぶつジメジメ文句を言う声に、ぼそりと返せば全力の返事が返ってきて、ヴィオラは思わずクスリと笑う。
あれから通常業務に就いた彼女は、今日もあちこちで雑用を手伝ったりしつつ情報収集に勤しんでいた。
今は厨房の裏庭で、大量の芋の皮を剥く下働き達に混じっているところだ。
「最近砂糖が値上がりしたわよね」
「今度の王家主催の夜会、料理長が張り切ってるわ」
「新しく配属された騎士様見た子いる?」
などなど。
下働きと侮るなかれ。貴族にとって使用人は透明人間、壁に耳あり障子に目あり、どこにでも使用人はいる。
『今日は平和だねー今日ぐらい臨時休業にしてもよかったんじゃないかなー』
などと、レイフは暢気なことを言うが、彼やヴィオラが臨時休業をして、何か不測の事態が起こった場合誰よりもレイフを責めるのは、レイフ自身だ。
ヴィオラが心を鬼にして彼を跳ねのけていることに、感謝して欲しいぐらいだった。
何もヴィオラとて、勤労意欲に燃えているわけではない。
まして初めて出来た相思相愛の恋人との時間を、厭う者などいるものか。
以前は3日働いて1日休む、と言う勤務体制をとっていたが、レイフとヴィオラが恋仲になってから5日働いて2日休むという体制に変えた。
それというのも、共寝した後には互いに離れがたく、また甘露の味を覚えたばかりの思春期の猿の所為でヴィオラの身体的な負担が大きく、連休を必要とするようになったのだ。
レイフも全世界の不幸を一手に担っている程悲観主義者ではないので、休日中に起きた出来事に関しては彼なりに折り合いがつくらしい。元より基本的なトラブルは他の者が対処に当たる前提でもあることだし。
とは言いつつも、当初は3日労働1日休日のままで行こうと思っていたヴィオラだったのだが。
どうにも、
愛する人に、褥で縋られては、離れがたく。
熟考に熟考を重ねた結果、5日勤務2日休日体制に落ち着いたのだ。
レイフはかように文句を言うし彼の知らぬことだが、実のところヴィオラは非常に彼に甘い。
恋人の存在に、浮かれているのはレイフだけではないのだ。
因みに偽聖女の騒動から、通信水晶は双方向に通信が出来るように改良され、ヴィオラが切っていたとしてもレイフの方から呼びかけられるようになった。勿論、プライバシーを重んじる千里眼の魔術師謹製なので、応答したくない時はヴィオラに選択権がある。
形も改良されて、今は彼女の耳を彩るピアスが通信水晶だ。軽量化にも成功しているが、レイフが張り切ってヴィオラに似合うように作った特別製なので、衛兵などに支給している汎用型を全てピアス型にするには膨大な時間がかかり、実現していない。
しかしこれならば常にヴィオラの身に触れている為、いつでも通信可能になったのだ。
『そういえばアリス嬢、元気かなぁ』
レイフの声が僅かに沈み、ヴィオラは表情に出さないようにしつつ内心で舌打ちをする。
偽聖女の騒動で、聖女であるアリスは家族を失った。
レイフはそれをいつまでもうじうじと後悔していて、出来ることはなかっただろうか、と折に触れて悩んでいるのだ。
過去は誰にも変えられないし、自分の手の届かぬ先で不幸になった人を救えたかもしれない、と考えることは、傲慢だ。
人はその人の意思で動き、その行動によって幸福になったり、不幸になったりする。
アリスの家族の場合も、彼らはそれが幸せに繋がると思ったからこそ、そういう風に動いたのだ。
レイフは千里眼という特殊性で、そんな人達の先回りして軌道修正をしようとするが、それは本当に彼らにとって幸福なことなのだろうか?
先回りすることによって、彼らの可能性を摘み取ってしまってはいないだろうか?
例え不幸になろうとも、彼らは彼らの意思で動くことこそ、自由と呼べるのではないだろうか?
「……帰りに、聖女様のところに顔を見に行っておくわ」
小さくヴィオラが応じると、脳内にレイフの嬉しそうな声が届く。
疑問に答えは出ないし、当然レイフは同じ問いを何度も何度も、自分に問いかけているのだろう。
それでも、傲慢でも、踏みにじられても、感謝されずとも、恐れられるとしても。
折れることなく、挫けることなく、文句を言いつつも、ただひたすら人の為に己を奮い立たせる姿は、ヴィオラとしては結構イイ男なのではないだろうか、と考えてはいるのだが。
『やった~~~!!ヴィオラちゃん大好き!最高!愛してる!!』
絶対めちゃくちゃ調子に乗るので、あと3年は言わないでおこう、と決めて、ヴィオラは芋の皮剥きに戻った。




