13
彼女は塔の中に入ると、真っ直ぐにレイフの寝室に向かった。
いつもならば、あの童貞がぎゃーぎゃー言うので寝室には入らないようにしているが、今は彼と話そうと思えばヴィオラがそちらに行くしかない。
開きっぱなしの扉の表面を、形だけノックして部屋の中を覗き込むと、ベッドの上で魔導具の設計図を広げていたレイフがハッとしたように硬直していた。
「……医者に安静にしておけ、て言われたんじゃないの?」
「か、体は安静にしてるだろう?頭脳労働は、しないと僕の優秀な脳みそが錆びついてしまうよ!……ああ!ヴィオラちゃんやめて!返して!」
彼の喋る端から設計図を取り上げると、レイフはオモチャを取られた子供のように騒ぎ出す。元気だ。
「数日使わなかっただけで錆びるんなら優秀とは言えないわね。仕事再開する際に、私が油を差してあげるから安心なさい」
「え、油ってナニ?」
ぽっ、と頬を赤らめる見た目成人男性、中身思春期の童貞少年に、ヴィオラは嫣然と微笑んで拳をベッキバッキと鳴らしてみせた。
「さぁ、その時のお楽しみね」
「…………錆びない気がしてきたから、僕大人しく寝てるねぇ~……」
まだ拳を鳴らしているヴィオラに、そそくさとレイフはベッドの中に潜りこむ。
やれやれとヴィオラが腰に手を当てて溜息をつくと、上掛けの中から顔だけだしたレイフが恨みがましい視線を向けてくる。
「何」
「……ヴィオラちゃん、なんで僕が目を覚ました時に傍にいてくれなかったの?」
じろりとガラス玉のような目で見つめられて、さすがに彼女も居心地が悪い。
「……私は治療には役に立たないし、アリス様の方に事情を聞きに行ってたのよ」
「そっか…………聖女様は名誉回復、第二王子は王太子に昇格、めでたしめでたし……だねぇ」
ふにゃ、と端正な相好を崩して笑ったレイフの顔を見て、ヴィオラはムラッときた。
本当は自分が眠っている間に、アリスから何もかも取り上げることになってしまったことを、死ぬほど悔いているくせに、こんな風に笑うのだ、この男は。
だが、それがまたたまらなくレイフらしく、魅力的に見えた。
彼女は衝動的にドレスの裾を豪快に掴んで、ベッドの上に乗り上げると、驚いて身を起こしたレイフの膝を跨いてそこに座る。
「ヴィオラちゃん!?」
「ちょっと黙って」
彼の首に腕を回して、身を寄せた。刺された腹の傷は塞がってはいるのものの、中はまだ傷ついているだろうから、そこを避けてなるべく体を密着させる。
「ちょっ!ヴィオラちゃん!むむむむむ胸!当たってる!!」
「当ててんのよ」
「当ててるのかぁ~!そっかぁ~!!!???」
レイフの体にぎゅっと抱き着いて、ヴィオラは深い溜息をついた。上背はあり、意外にしっかりとした体。
僅かにヴィオラよりも体温が高く、触れあった胸からは早いリズムの鼓動を感じる。
生きてる。
生きてる、のだ。
「……生きてるわね」
「あ、これ生存確認かぁ~!!!??」
顔を真っ赤にしたレイフは、何やら上擦った声を上げている。そんなわけがあるか、とヴィオラは眉を顰め、彼の両頬に両手を添えて互いの顔を近づけた。
「……ヴィオラちゃん?」
レイフのガラス玉のような瞳に映る自分は、まるで生娘のように頼りない顔をしているな、とヴィオラは思う。
少しだけ苦く笑うと、そんな彼女の頬にレイフの指先が触れた。
「心配かけてごめんね。でもほら、僕ってあんまり死なないから……」
「でも不死身じゃないでしょ?」
すかさずヴィオラが言うと、彼は口ごもる。
「……引き籠りの臆病な童貞のくせに、私のことを庇うなんて100年早いのよ」
「童貞関係ないと思うけどなぁ~~~~???」
レイフが頬を引き攣らせると、ヴィオラは彼の唇にキスをした。
甘えるように唇を食み、薄く開いたところにノックするようにして巧みに彼の口内へと舌を侵入させる。
奥の方で驚きに縮こまっている舌に、ヴィオラは己のそれを絡めて引っ張り出すとやわく吸った。
「ちょっ、ちょっちょっちょっ……!」
「あっ」
ぐい、と肩を押して距離を取られ、ヴィオラは強制的に唇を離される。
「……何よ」
彼女は、不満そうにレイフを睨みつけた。ヴィオラの目の縁は赤く、いつの間にかドレスの胸元が大きく開いていて、白く柔らかそうなそれは、レイフには刺激が強すぎる。
「ナニヨはコッチの台詞だよ!?何事!?ヴィオラちゃん!僕にどうしろって言うの!??いくら払えばいい!!??」
パニックになったレイフは、涙目でそう叫ぶ。
キスが金と引き換えのように言われて、一瞬ムッとしたヴィオラだったが、そういえば自分が今まで散々言ってきた所為だと考えなおして、肩から力を抜いた。
「……馬鹿ねぇ、金なんていらないわ」
「え、頭でも打った?ヴィオラちゃん……」
「さすがに怒るわよ、鈍い男ね」
まだ警戒するレイフの、その口の端にもう一度キスをした。
「愛してるって言ってるのよ」
「初めて言われたけど!!???」
「…………そっか、童貞には言わなきゃわかんないのか」
パニックを再発させる彼に、ヴィオラはチッ、と舌打ちをする。
彼女が身じろぐと、柔らかい膝の感触が動くので乗っかかられたままのレイフはカチン、と凍った。
「ヴィオラちゃん、お行儀悪い……」
「今更でしょう?さっき聖女様に言われて、考えたの。あんたのことは好きだけど、ちゃんと伝えておかないと、あんたはあんた自身に執着がないから、頑丈でも私を庇ってまた死にかけちゃうかもしんないし」
レイフの脳裏に盛大にクエスチョンマークが飛び交う。
ヴィオラとアリスの会話を覗いていなかった為、ヴィオラが今何を言っているのか意味が分からない。ていうか内腿柔らかいな!?
邪念が混じる所為で、いつもなら察しがつくような会話の流れも、レイフにはまるで掴むことの出来ない水のように手から零れていく。
「つ、つまり……?」
「つまり、私の帰るとこはあんたのとこってこと。これって、あんたのことを愛してるってことなのよ」
「……そうなの!?」
レイフが目を見開いて叫ぶと、ヴィオラは頷いた。
「たぶんね。私も誰かを好きになったのは初めてだから、絶対とは言い切れないけど、私の愛はそういうことだと思う」
「うえええ……ヴィオラちゃんがカッコいい~~~」
言い切ったヴィオラを見つめて、レイフは乙女のように自分の頬を覆って奇声を上げる。
「当然。で、あんたは?」
「もっ……勿論僕もヴィオラちゃんのこと大好き!愛してる!!愛してるよ!」
ぎゅっ!と力強く抱きしめられて、ヴィオラは一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐにホッと安堵の溜息をついて彼の広い背中を抱きしめ返した。
「よかった……」
「ん?ヴィオラちゃん?ん?んんん???」
すっ、と体を離したヴィオラは、うっとりするぐらい艶っぽく微笑んで、再びレイフの唇に自分のそれを重ねた。
彼が話の展開の早さに付いていけていない内に、ちゅっちゅっ、と音をたててキスを繰り返し、ベッドに押し倒す。
「…………ヴィオラ、さん??」
目を白黒させて自分を見上げるレイフを見つめて、ヴィオラはスルリと彼の首筋辺りを撫で、たどり着いた衣服の留めに手を掛けて外していく。
「なななななにをしようとしてるの……?」
「何ってナニでしょう。大丈夫、今まで生きてきた中で一番キモチイイ思いをさせてあげるから」
「あああ、僕のヴィオラちゃんが最高にカッコイイけど、ちょっと怖いぃぃ!」
初めての体験に奮えるレイフに、宥めるように彼の額にキスを落としてからヴィオラはぺろりと自分の唇を舐めた。
「大丈夫。天井の染みでも見つめてなさい、その内私のことしか考えられなくなるから」
「!!!!!」
声にならない悲鳴をあげて、レイフは長い腕を差し出す。すると望んだ通りに、そこに楽しそうに笑うヴィオラが飛び込んできた。
「お手柔らかに、お願いシマス……」
生娘みたいなことを言って、レイフは大人しく、最高に美しくて最強にカッコイイ恋人に身を委ねた。
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朝。
今日も今日とて日は昇り、一日が始まる。
ヴィオラはパンを半分に切ってバターを塗り、燻製肉、水で洗った野菜を乗せる。
彼女の隣に立つレイフは、ヴィオラの手付きを真似して、残り半分のパンにクリームチーズを塗って、片割れの上にサンドするように重ねて乗せた。
「もう既に美味しそう!」
「布巾を被せて具材とパンを馴染ませた方が美味しいらしいわよ。もう少し置いておきましょ」
「その間どうするの?イチャイチャする?」
デレっと脂下がるレイフの額をぺちりと叩いて、ヴィオラは笑う。
今朝の彼女は、昨日の彼女よりも美しい。
きっと明日の彼女は、もっと綺麗だし、レイフはもっともっと好きになるのだろう。
「あんたはお茶を淹れて。私はサラダを作るから」
「えーヤダ!ヴィオラちゃんと一緒に何かしてたい!」
「子供か!」
「大人だもーん。ヴィオラちゃんが大人にしたんだから、知ってるでしょう?」
ニヤッ、と笑って言われて、小癪なガキめ、とヴィオラは唇を尖らせる。そこに素早くキスをして、レイフは蕩けそうに幸せな笑顔を浮かべた。
するりと彼女の細い腰に腕を回して、引き寄せる。
「ダーリン、お茶を淹れて頂戴。あんたの淹れるお茶が私は好きなの」
「……了解、ハニー」
ちぇ、と渋々離れていくレイフに、ヴィオラは笑って、彼を追いかけてキスを贈った。
お付き合いいただいてありがとうございました!
すーぐ調子に乗る童貞と、有言実行の色っぽいネーチャンの恋の話でした!楽しんでいただけたなら、とってもとっても、嬉しいです!!
わーん、レイフ卒業おめでとう~!!(笑)




