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 素晴らしい”聖女の奇跡”のおかげで、レイフは一命を取り留めた。




 医師や看護師に付き添われて医務室に運ばれていく彼を、ヴィオラは呆然と眺める。


「あなたも付き添った方がいいのでは?」

 控えめにエドワードに言われて、彼女はハッとして顔を上げた。

 周囲にいた王族や大臣達はそれぞれ、今回の事態の収束の為に動き始めていて、ただの晩餐会の参加者だと目されているヴィオラには誰も注目していない。


 慌ただしい空気の中で、アリスに婚約者として付き添うエドワードだけが、ヴィオラにも気を配ってくれたのだ。

 頼りないお坊ちゃんだと思っていたが、こういう時に優しくされると染みるものだ。エドワードに関する評価を、彼女は改める。


「ありがとうございます。……でも、私が付き添ってもあの人の回復が早まるわけではないし……私には、別にやらなくてはいけないことがあるので」

 ヴィオラがそう言うと、エドワードはちょっと困ったように笑って、そうか、と言った。




 人目に付かないように晩餐の行われていた小広間を出て、使用人用の通路に入ったヴィオラは、自分の着ているドレスを見てぎょっとする。


 赤黒い血でべっとりと汚れていて、それが全てレイフの体から失われたものだと思うと、改めて恐ろしい。

 優秀な暗殺者であった彼女には、流れた血の量が十分に致死量であることが分かったからだ。


「……でも、死んでない」


 そう声にすると、ほんの少しだけ力が沸く。


 それから目元を拭って、ヴィオラは狭い廊下を人に行き合わないように気をつけて歩き出した。まずは着替えて、それから今この城内で何が話し合われているのかを探る必要がある。


 この件だけじゃなく、通常の見回りも疎かになってしまっているので、そちらもなんとかしなければ。業腹だが、マーク達の手を借りる必要があるかもしれない。

 千里眼の魔術師が寝ているからといって、相棒のヴィオラまで目を閉じている場合ではないのだ。


 第一、自分が寝ていた所為で何か事件が起こってしまえば、防げなかったことで落ち込むのはあのヘタレ童貞なのだから。


「まったく……この分は特別ボーナス請求してやる」


 ヴィオラは自身を奮い立たせるように、わざといつも通りの悪態をついて、力強く床を蹴った。







 その後、クリストファーが聖女アリスとの婚約を破棄した件で火消しに勤しんでいた上層部が、王太子が呪われていた事実を突き止め、速やかに事態は収束を迎える。

 王家の晩餐会で暴言を吐き、弟王子に暴力を働こうとした兄王子。その同じ場で本物の聖女の奇跡を披露した聖女・アリス。


 ここまで条件が揃えば、上層部がどちらを優先するかが明白だ。王家にとって幸いなのは、王太子にはスペアがいて、しかも彼は既に聖女と婚約をしていたことだった。


 そうして第二王子エドワードが、まるで何事もなかったかのように王太子の座へと就くことが決まる。


 呪いを受けた第一王子・クリストファーは廃嫡の上、辺境の地にて蟄居。その呪いを招いたとされる魔女・ミーシャは即処刑となった。

 特にミーシャの処刑は、千里眼の魔術師の命を危機に晒した罪も加味されて、毒杯により速やかかつ秘密裡に葬られることとなった。

 連座で、ミーシャの両親である伯爵夫妻も爵位を剥奪、平民へと身分を落とされることが決まる。その為、空位となった伯爵位は聖女アリスの個人所有扱いとなった。


 しかしこれは、真の聖女であるアリスを政治的に利用されない為に身内との縁を切ったのでは?という憶測も飛び交ったが、憶測はあくまで憶測である。




 これらの処刑を含む全ての決定は、晩餐会で事件が起こり、レイフが昏睡状態にある2日の間に遂行された。

 そのことで、後に当のレイフはこれを防げなかったことを非常に、そして長年悔やむこととなる。








「アリス嬢」

 ヴィオラが呼び掛けると、一人、椅子に座ってぼう、とした様子だったアリスが顔を上げた。

「……あなた、魔術師様の」

「あの時は名乗りもせずに申し訳ありませんでした、部下のワイエスと申します。この度は、うちの上司を助けていただいてありがとうございます」


 ヴィオラが礼を述べると、アリスは微笑んで首を横に振った。

「いいえ。助けることが出来てよかったわ。結果論だけど、聖女の奇跡を皆に示すことも出来たし……これからは聖女が軽く見られることもなくなるでしょう」

 言葉の端にほんの少し皮肉を感じて、ヴィオラは目を細める。


「……先日の不敬な言動の数々、改めてお詫び申し上げます」

「あら。あなたが発破をかけてくれたおかげで奇跡を起こせたんですもの、私の方こそお礼を言わせて頂戴。……ありがとう、私を聖女でいさせてくれて」


 アリスの微笑みは、どこかほろ苦い。

「……聖女が軽んじられていることは、やはり嫌でしたか?」

 ヴィオラがそう訊ねると、アリスは思ってもないことを聞かれた、とばかりに青い瞳を丸くした。


「嫌……だとは思わなかったわ。聖女は本物だから、注目されない方が無事に務めをこなせるもの」

「本物」

「ええ。皆が形骸化していると思っていても、私達聖女自身と、いと高きところにおられる神だけは分かっていること。それで十分です」

 アリスはほんのりと微笑んだ。


 まさに清らかな聖女のようにみえるが、なかなか老獪なものをヴィオラは感じる。

 これぐらい図太くなくては、聖女は務まらないものなのかもしれない。


「では、クリストファー殿下やミーシャ嬢があなたを軽んじた件については、どう思われましたか?」

 ヴィオラが重ねて問うと、何故質問されているのかを察してアリスは今度は素の表情で驚く。

 その方が、ずっと自然で年相応の少女に見えた。

「……驚いた。あなた、私を逃がしてくれようとしているの?」

「…………」


 聖女がこの国から出て行ってしまうことは、あれほどレイフが避けようとしていた事態だ。

 だが、ヴィオラは元々故国を持たない根無し草。アリスも、そしてレイフもこの国に縛り付けられることが理解出来なかった。


 もしも、逃げたい、と本人が思っているのならば、逃がしてやりたいと考えてはいた。


 だが、この城にはあの千里眼の魔術師の敷いた監視システムがある。うかつなことを口にするのはリスキーで、ヴィオラは肯定も否定もしないことを選んだ。

 アリスにとっては、それがまさに肯定の返事になると確信して。


 黙ってこちらを見つめてくるヴィオラに、アリスの方が年下だというのに彼女は姉のように微笑んだ。

 もしくは、いかにも聖女らしく。


「……ありがとう、あなたは優しい人ね」

「…………窮屈なのが嫌いなだけですわ」

 ヴィオラも微笑んで返す。

 もう答えはもらったようなものだった。アリスは、聖女としてこの国に居続けるつもりだ。

 だから、聖女の座を取り返したかったのだろう。



 王太子の婚約者、なんて餌は最初から彼女には必要なかったのだ。何せ彼女は自分で言う通り、自分は聖女だと分かっているのだから。



「でもそうね。正直、クリストファー様とミーシャのやり方には、腹がたったわ」

「へぇ……」

「だからあの場で、エドワード様がすぐに私を庇ってくださったことはとても嬉しかった……」

 アリスが頬をピンク色に染めて言うのを見て、ヴィオラは表情に出ないように意識しながら内心ホッとしていた。

 よかった。少しは自分達が右往左往しながらしたことにも意味があったようだ。


「……では、エドワード様とのご婚約は喜ばしいことなのですね」

「ええ。今度は裏切られないようにしっかりと手綱を握っておかなくちゃ、ね」

 にっこりと笑ったアリスに、やっぱりこの聖女様、逞しいわ、とヴィオラは笑った。


「……それに、私はこの国の貴族の娘でもありますもの。この国と、民に育まれてここまで生きてきたことを忘れて、別の国になんて行かないわ」

「そういうものですか」

 いまいちピンとこなくて、ヴィオラは奇妙な顔をしてしまう。

 アリスはそれを見て、また笑った。

「そういうものよ。あなたにも帰る場所が出来れば分かるわ」





 帰る場所?

 そんな場所、知らない。





 アリスと別れて、塔への道を歩きながらヴィオラは考える。

 レイフは既に目を覚ましていて、適切な治療が施され、安静にしていることを条件に塔に戻ったのだという。

 引き籠りに外は刺激的過ぎたのだろう。



 塔の入り口にあたる巨大な樫の木で出来た扉を、ヴィオラはこれほど重いと思ったことはなかった。


 扉を開く。

 この先には、千里眼の魔術師が、いるのだ。





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